第11話 いい男の条件

 ミースの大声に酒場中の目が集まり、近くのテーブルの冒険者は孝志のLVを確認して何やらひそひそと話を始めた。

──そう言えば俺も強いは強いんだっけ。

 義昭のLVが常識外れ過ぎて忘れていたけど孝志自身のLVも常識の範囲内ではあれかなり強い。

「……やっぱり強いんだ、これ?」

「ディナ姉さんがLV78、フェミア姉さんでLV75よ。 次がセディのLV67。 強いどころじゃないわよ、まったく──お爺さんはもっと強いのよね?」

「まあ……」

「お爺さんがどれくらい強いか知らないけど君には間違いなくパーティの勧誘が殺到するよ。 戦闘ランクBなんてどこのパーティだって喉から手が出るくらい欲しい人材だからね。 まあ冒険者は基本的にパーティを組むものだし、見たところ二人とも前衛職みたいだから悪い話でもないのかな」

「いや……それはちょっと困るかな」

 あまり身バレはしたくないし義昭が戦ってるところなんか他人に見せられたものではない。 それに色んなところを旅するだろうに特定のパーティを組むのは難しいだろう。

「まあわけありだもんね。 ならちょうどいいわ」

「ちょうどいいって?」

「一つ提案するつもりで聞いたんだけどね、しばらくボクたちと一緒に行動するつもりはないかな?」

「それって一時的にパーティを組むってこと?」

「そうじゃないよ。 ボクたちはまあ明後日くらいには移動する予定だけど行き先はB、Cランクの魔物が多くてAランクも多少いる所にするつもりなんだ。 君がBランクなら力を付けるにはちょうどいい所になると思うよ? 君の実力がもっと低かったらボクたちが行く先の近くで適当な所を勧めるつもりだったんだけどね」

 Aランクパーティとは言えAランクの魔物をほいほい倒せるわけではない。 一日に何体も狩るのはいささか厳しい。 素材狩りをする時も通常はB、Cランクを何体も倒してあわよくばAランクも狙うといった感じだ。

「狩りは別行動でもアタシたちと行動してればパーティ勧誘は避けられるし、色々と教えてあげられるわよ。 悪い話じゃないでしょ?」

 確かにありがたい話だった。 変な方向に話が逸れてたけど元々ディナの誘いに乗ったのは情報がほしかったからだ。

「それで向こうでフェミア姉さんの相手をしてあげて」

「それが目的!?」

「当たり前でしょ? フェミア姉さんがやる気起きないんじゃ困るんだから。 世の中持ちつ持たれつギブアンドテイクよ」

「ミース、ナイスアイデアよ! ほんとに気が利くいい子なんだから」

 嬉しそうに立ち上がりミースの頭を撫でるフェミア。 子供扱いに憮然とするが反応すればそれだけからかわれるのを十二分に分かってるから黙って受け入れる。

「じゃあお仕事もがんばっちゃうわよ。──タカシ君、よろしくね」

 結局、断ることもできずに孝志はその提案を受け入れざるを得なかった。


 LVが知れ渡ったため、孝志はその場でギルドカードを更新することになった。 登録直後でいきなりのBランクに期待のルーキー扱いだ。

『すごいです、タカシさん! お金持ちで強くてかっこよくてタイプなんで私をお嫁さんにどうですか!? 私、結構尽くすタイプですよ、夜も! ディナさんと違ってピチピチ純真な美味しい乙女ですよ!』とは対応したセリーナだ。 この包み隠さない性格は本当にどうなんだろうか。 と言うか処女発言はどこに行ったのかと思ったが控えめな孝志はそれを口に出したりはしない。 代わりにディナに背後から軽く叩かれていた。

 遊びならともかくそんなことを孝志を元の世界に帰すつもりの義昭が許すわけもなく、やんわりと断られてショックを受けていたセリーナだが『あきらめちゃダメです! いいところを見せればきっとおじいさまも……点数稼ぎがんばれ!』と気合を入れて呟いていた辺り非常にたくましい。 いや、分かってたことだけど。

 ディナと夜の待ち合わせを決めて孝志たちはギルドを出た。 この時点で嬉しいような期待するような気持ちもありながら、孝志の中ではそれを遥かに上回り胃が痛くなるほどの緊張が溢れている。 肚を決めたと言ってもそれはそれ、これはこれ。 勇者であろうとこんなことに勇気は出ない。 と言うかそんな勇者は嫌だ。

 別れ際に義昭はディナに金貨を一枚渡していた。 せっかくだからいい宿で相手してやってくれとの言にディナは早速、王都でも高級な宿を確保しに行き、他のメンバーはギルド内の酒場でそのまま宴を楽しんでいる。 宿代に金貨を出したこともそうだし、義昭がメイヤに金貨を三枚出して半分を両替、半分は職員が仕事を終えた後の飲み代にとしたものだから気前のよさにびっくりしていたけど。

 ギルドを出た二人の目的は今夜の義昭の宿の確保、装備、食料などの購入だ。 ギルドでお勧めの店をいくつか教えてもらったので順に回っていく。

 宿は義昭が細かいことを気にしなかったので近場で空いていた宿に決めた。 道具屋と食品店にも行き、保存が利く干し肉や塩漬けの野菜、調味料といった食材に調理道具や水筒と水を購入して旅の準備は整った。

 装備はギルドの場所を教えてもらった店を訪ねた。 店主は登録を終えてきた孝志の戦闘ランクに驚いたようだ。 そのランクで装備らしいものは義昭の刀だけだったのだから当然だろう。 そのことにも義昭の刀にも興味は持ったようだが信用ランクを見て詮索をやめ、孝志に装備を見繕ってくれた。

 いくつか示された中から孝志は切れ味のよさそうなショートソードを選んだ。 赤竜レッドドラゴンと呼ばれる魔物の血を混ぜた鉄で作られた竜血剣ドラゴンブラッドソードという名のその剣は刀身が赤黒く、強度と熱耐性が高いと店主が説明してくれた。 それなりに稀少な装備で値段も結構したが戦闘ランクBとなるとパーティを組んでAランクの魔物と戦うこともあるからと勧められた逸品だ。

 防具は緑竜グリーンドラゴンの強靭な革で作られたジャケットとズボンに灰竜グレイドラゴンの硬い外皮を細かく加工して縫い込んだスケイルメイルにした。 鉄と比べて強度が高く軽量なのもさることながら、編み込んだチップの重ね方に工夫がありスケイルメイルの弱点である打撃武器に対しても多少の耐性が得られるように作られた、やはり店主自慢の逸品だった。

 これらの装備に使われてるのは亜竜種デミドラゴンといいドラゴンに似てはいるが分類としては魔物になる。 精霊に近い在り方の竜種と違い定期的に発情期を迎え繁殖する点が最も分かりやすい違いだ。 大型の魔物になるのでランクはBの上位からAの下位くらいになり高位のパーティにとってはそこそこ美味しい獲物と言える。

 値段は全部で金貨80枚。 懐は一気に寂しくなったがいい装備が買えた。

「じいちゃんはよかったの?」

 街を一通り歩き回りこの世界の雰囲気を肌で味わって宿に戻ると、孝志は装備をはずしながら義昭に尋ねる。 義昭はギルドに行った時と変わらない、簡素な服をそのまま着ているだけだ。 装備をはずしたわけじゃない。 義昭は装備を何も買わなかった。

 ステータスが高いから必要ないのは確かだけど何も装備していないのはさすがに悪目立ちしないか、と言ったものの──

「余計な気ぃ回すな。 金はお前のために使ってお前のために残しときゃいいんだよ」

 と、全く聞き入れてくれない。 義昭が自分を何よりも大事に思っているのも、その頑固さも孝志はよく知っている。 自分ががんばって強くなって、十分に装備を整えてからまた勧めてみようと決め、装備をはずして楽になると椅子に座る。

 窓の外を見ると日が沈みかけ夜の帳が落ち始めている。 とは言え王都の夜に静けさが訪れるのはまだまだ先だ。 王都だけに人も多く、酒場や娯楽を提供する店は遅くまで賑わい続ける。 様々な店の明かりに照らされた、王都に相応しい賑わいに溢れた通りの喧騒を感じていると、夜の訪れを報せるように鐘の音が響き──孝志は思わず身を固くする。

 ポケットを探り《無限の宝物庫》にあった懐中時計を取り出す。 魔力があるわけでもない普通の時計だけどこの世界ではかなりの高級品だ。 それを開けて時間を確認する。 鐘で時を知らされたばかりなのだから何の意味もない行為なのに、孝志はそうせずにいられなかった。

 一直線になって18時を示す針。 カチカチと小さな音を立てながら針は進んでいく。 その小さな音を聞きながら、胃の重さを吐き出すように大きくため息を吐く。 とりあえずは夕食をみんなで食べようと、《紅蓮虎》とは19時に待ち合わせをしている。 3時間後くらいには……そう考えるとまた胃が重くなる。

「おいおい。 この後は楽しい時間が待ってるってのに何をしけた顔してやがんだ?」

「だってさ……そりゃ必要なことなんだって納得はしたし……したいと思ったことがないって言ったら嘘になるけどさ……いきなり過ぎて緊張するよ」

 必要なことと覚悟は決めはしたものの、だからと言って緊張しないわけがない。 相手が美人なだけに嬉しい気持ちもあるが、それを遥かに上回る緊張に襲われて逃げたくなる。

「情けねぇこと言ってんな。 何も知らねぇで初めての娘っ子を相手にするよかまだ気は楽だろうよ」

「それはまぁ……」

「あんな綺麗な嬢ちゃんに教えてもらえるんだからよ、上手くやらねぇととか見栄張ろうとか考えないで言われるままにやりゃあいんだよ」

 義昭のアドバイスに孝志は再度、深いため息を吐く。 そうしたところで胃の重さは少しも薄れてはくれない。

「他の人にこれからするって思われるのが一番気になるんだけどね」

 例えばの話だが、クラスの女子に今日風俗に行く、なんて知られてたらどんな気分になるか。 それが孝志としては一番引っかかる点だ。 特にそのお相手の親しい人間に知られてるわけで、その気まずさと言ったら思春期の男子には耐え難いものがある。

「あの嬢ちゃんたちだって止めてねぇだろ。 むしろけしかけてんだ。 気にしたって何も変わらねぇぞ」

「それはそうなんだけど……」

「それともあのミースとかって可愛い嬢ちゃんまで気になってんじゃねぇだろな?」

 そんな可愛い女の子なら誰でもいいように言わないで欲しい。 むしろ可愛ければ誰でもよくて遊び感覚でするようなやつを軽蔑するくらいには潔癖さを持っているからこそ、孝志は抵抗を感じているのだから。 からかって言ってるだけなのは分かっているけど今は軽口を軽口と受け止めるのも難しい。

「じいちゃんはさ、ディナさんとミースさんに何か見えた?」

 ミースの話が出て不意に思い出したことを孝志は義昭にぶつける。 詮索を止められたけど気になってたこと──義昭なら見えていたんじゃないか。

「詮索するなって言われたろ? まあ女の過去は気にしねぇのがいい男の条件ってやつだ」

 この口ぶりから察するに何かあるのは間違いないだろう。 孝志は義昭の目を知っている。 信頼してるんじゃなくて知っている・・・・・

「ただな、詮索はしねぇで察してやって、何かあるなら手を差し伸べてやるってのもいい男の条件だぜ? 何かできると思うならそん時に詮索すりゃいい」

「そうしてやれってこと?」

「そうできるようになれってこった。 場数踏まねぇとできるようにゃならねぇんだ。 さじ加減を間違えたら相手を傷付けちまうけど、それを怖がってやろうとしなかったらいつまでも身に付かねぇ。 とにかく今は色々経験するこったな」

 結局はそれに尽きるんだろう。 元の世界ではまだ子供として扱われる年齢だ。 何をするにしても経験が足りなさ過ぎる。 失敗を恐れずにとにかくやるしかないし──義昭はそうさせようとしている。

「最初は失敗したって構わねぇ。 みっともねぇとこ晒したってな。 ガキの内はそれが許されるんだからよ、恥ずかしいとか細けぇことをぐちぐち気にすんな。 別に誰もどうだったかなんて聞きゃあしねぇよ」

 義昭は昔からこうだった。 言葉を飾ったりしない率直な物言いで正論を言う。 ディナをけしかけてる時だって、間違ったことは言ってない。 孝志のことを思って、孝志のために正しいと思う道を指し示してくれる。 ここまで押し付けられたのは初めてだけど今はそれが必要な時ということなのだろう。

 孝志は目を閉じて考え込み──意を決して目を開ける。 緊張がなくなったわけではない。 だけど胃の重さは消えた。──気恥ずかしさは残っているけどようやく本当の意味で肚が決まった。

 そんな孝志の目を見て義昭は満足げに頷く。

「それでいい。 ま、色に溺れないようには気ぃ付けろよ。 お前なら大丈夫だとは思うけど念のためな」

 義昭は信用してくれてるが孝志としてはそこはちょっと怖い。 あれだけの美人でスタイルもいいお姉さんと初体験をするんだ。 しかも話を聞いた感じどうも相当激しく教え込まれそうな感じがした。 さらに言うならフェミアも待ち構えている。 ダメ押しにしばらく行動を共にするのだから下手すれば毎日誘われかねない。

 一度しておいて断る理由を見つけるのは難しい。 女に恥をかかせるなとも言われているし何より心理的な抵抗はどんどん薄くなるだろう。 そうして何度も何度も繰り返して夢中になり過ぎないか──自信があるとは言えない。

「気を付けるよ。 そんなことになったらじいちゃんに止められるだろうけどさ」

 全てを義昭に頼りきりになるのはよくないけどまだまだ未熟な身だ。 義昭に頼らずにすむくらい成長していく意思を忘れなければいいだろう。

「まあそこは頼まれなくても止めるな。──そろそろ出るか」

「まだちょっと早くない?」

 時計を確認すると18時15分だ。 待ち合わせの酒場までは孝志の脚で15分程度。 義昭も感覚でそれは分かっているはずだ。 あまり早くに行ってディナとの逢瀬が待ち遠しくて堪らなかったみたいに思われるのは避けたい。

「女を待たせないのと女を待つ時間を楽しめるってぇのもいい男の条件だぜ?」

 いいから行くぞ、と顎をしゃくり部屋を出て行く義昭に、ミースに何か言われないかと軽く嘆息しながら孝志も後に続いた。

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