第10話 垣間見るじいちゃんの過去
孝志の童貞暴露にゆるみかかった場の空気が固まる。 にやけかけたディナも真面目な顔になり、沈鬱な面持ちになった義昭をじっと見つめる。
「どんな生き物だろうと命を奪った後ってのはその重みに心が渇く。 まあ動物だなんだ生きるために命を奪うのは人間の業だ。 そいつぁまだ背負っていける。 だけどよ……悪人だろうと何だろうと人を殺すのは話が違ぇ」
「……じいちゃん?」
語る義昭の姿には異様な重みを感じさせるものがあった。 孝志の知る義昭とは別人なのでは──そう思わせる雰囲気に孝志は言い様のない不安に駆られる。
「中には背負い切れない重みと渇きに耐えらんなくて、背負うのをやめちまうやつもいる。 そうすっとな、業で背負ってたものすら一緒に投げ出して命を奪うのを何とも思わなくなっちまう。 背負うこともできなくなるのさ」
慣れるんじゃない、壊れるというのはそういうことなのだろう。 何も言えずに孝志は黙って耳を傾ける。
「重みが増えてくことを繰り返す内に重みがかかることに対して覚悟はできるようになる。 重みが増えすぎると増えたからと言ってあまり変わらなくもなっちまう。 だけどよ、初めて重みがかかる瞬間はよっぽど覚悟しねぇ限り耐えられたもんじゃねぇんだ。 耐えられたとしたって後でずっしりくる。 心が渇いておかしくなりそうになるくらいにな」
義昭の目からは何も見えない。 さっきまで見せようとしてた時とは違う──見せることを拒絶してる。 それを孝志は感じた。
「重みはどうしたって変わりゃしねぇけど女の体ってのは渇きを癒してくれんのさ。 命を奪った分だけ命を感じたくなるのかも知んねぇな。 そばに女がいたらがむしゃらにそいつがほしくてたまらなくなっちまう」
言葉の重さに孝志は唾を飲む。 途方もなく重い中身の詰まった──実感のある言葉。 だけどそれが意味することはつまり──
「──そん時に女を知らねぇと相手に無茶しちまうかも知んねぇ。 だからよ、先に女を覚えておけ。 癒してくれる相手を傷付けるような真似ぇしねぇようにな」
「じいちゃんはさ……その……あるの?」
聞かずにいられなかった。 知りたくないとも思ったが、義昭が自分の知る祖父でなくなったかのような恐怖に言葉が口を突いて出ていた。 何を、とは具体的に言えなかったけど伝わっているはずだ。
まっすぐ見つめてくる孝志の目を義昭も真っ向から見返し、不意に義昭は固い表情を崩し笑う。
「かっ! 何を深刻になってやがんだっての。 年寄りがそれらしく言ってるだけのこった」
快活に笑い飛ばす義昭に孝志は曖昧に頷く。 義昭の目は頑なに、何も見せないようにしていた。 それに何より──義昭は否定していない。 その事実が何を意味するか、嫌でも悟るしかなかった。
「まあそういうわけだからよ、今夜はよろしく頼むぜ、嬢ちゃん」
「結構なわけありなんだな、あんたら。 それもあんたの役割ってか?」
「子供が曲がっちまわねぇように育てんのは保護者の役割だろうよ。 白けっちまってそんな気じゃなくなったか?」
「まさか」
心底嬉しそうな笑みを浮かべるとディナは孝志に抱き付く。 深刻な空気になっていたのに、肚も決めたはずなのに、思春期男子の悲しい性か押し付けられる柔らかさにまた真っ赤になってしまう。
「今のあんたの話を聞いてますますやる気が出たしタカシだって今さらウダウダ言わないだろ? まああたしにそんなに魅力がないってんなら仕方ないけどよ──どうなんだ?」
大柄なディナだけどしなだれかかるようにしてるものだから少し下から見上げるような形になる。 上目遣いで見られ──胸元が覗いてるのは置いておく──孝志は真っ赤になりながら意を決する。
「その……よろしくお、お、お願いします」
「こちらこそよろしくね」
腕に追加された柔らかさに、孝志は固まりながら横を見る。 もう一人の女性が腕に抱き付いてにんまりと笑っていた。
「やっぱそうなるか」
「当然でしょ?」
分かったように言葉を交わす二人に対して孝志は状況がさっぱり分からない。
「あ、あ、あ、あのっ! それってどういう──」
「私はね、可愛くてたくましい子が好きなの。 あなたってかなりタイプなのよねぇ──ほら、ここもカチカチ♪」
胸板に手をやりながら女性は蕩けたような表情になる。 ディナを受け入れることをようやく決意したばかりの孝志は刺激でオーバーフローしそうになるが反対側にディナがいるため離れることもできない。
「ディナを楽しませるんならお姉さんも一緒に楽しませてほしいなぁ。 それとも私は魅力ないかしら?」
「い、い、い、いや、あの……そもそもまだ名前も知らないのに──」
「あら? そう言えばまだ自己紹介もしてなかったわね」
「くるなりミースが騒いでたからな」
「ちょっと! アタシが悪いみたいに言わないで、ディナ姉さん! 元はと言えばあんなことしてたディナ姉さんが悪いんでしょ!?」
三人でエールと料理を頼んで黙々と飲み食いしていた隣の机から、諸悪の根源のように扱われたミースの抗議の声が上がる。
「別にタカシがあたしの胸を触ってたからって怒ることないだろ? それとも何だ? タカシに一目惚れでもして嫉妬したか?」
「ちょっとかっこいいからってんなことあるわけないでしょ!? 公衆道徳を守ってって言ってるんです!」
「かっこいいとは思ってんだな?」
「そんなからかわれたくらいでうろたえるほどお子さまじゃないです」
ディナの揶揄を軽くかわし、ミースは二人の美女(の胸)に挟まれて真っ赤になっている孝志を見て深くため息をつく。
「まあ何も知らないでって言うか、どう考えたってディナ姉さんが悪いのにあんたにまで文句言ったのはアタシが悪かったわ。 ごめんね」
素直に頭を下げるミースに孝志は意外の念を隠せない。 小説や漫画だとこの手のキャラは大体意地っ張りで、謝ったりできないしからかわれればすぐに反応するのが常なのに、と。
「……何か失礼なこと考えてない?」
「いや、自分の間違いを素直に認められて大人だなって思っただけだよ」
「
ディナの混ぜっ返しにミースが軽く睨むと、ディナは怖がる振りをして孝志にさらにしっかり抱き付いて孝志をまた赤面させる。 長い付き合いで分かってることだけどどこまでも余裕の態度を崩さないディナには敵わない。 ミースはまた大きくため息を吐くと孝志に向き直る。
「まあいいわ。 改めて自己紹介するわね。 アタシはディナ姉さんのパーティー《紅蓮虎》の
「あれ? ネイザスって……ディナさんの妹じゃ──」
「ああ、あたしらは家族同然に育ったけど血が繋がってるわけじゃないんだ」
「一番上のディナと、一つしか変わらない私はみんなのお姉さん役だったの。 私は同じく《紅蓮虎》の
軽くウインクをするとフェミナはここまで一言も喋っていない二人を手で指し示す。 二人とも20才を越えたかどうかくらいの、少女と呼ぶか女性と呼ぶか難しい年頃だ。
「後はそっちの二人、アリアとセディを合わせた五人が《紅蓮虎》のメンバーよ」
「えっと……アリア・フォーゼ……です。
アリアは小声で自己紹介をするとぺこりと頭を下げる。 ミースとお揃いの金髪を後ろで編んで眼鏡をかけている様に、孝志はクラスの学級委員長を思い浮かべた。 気弱なのか男が苦手なのか、孝志と目を合わせようとせずにおどおどしてるところはシスティアとはちょっと違うけど小動物的で保護欲をそそられる。──保護しようとしたら確実に逃げられるイメージではあるが。
「ボクで最後だね。 ボクはセディ・エドキア。 ディナさんと一緒に前衛を務める
セディはジョッキを掲げると二人に礼を言ってジョッキを傾ける。 青い髪を短く整えたセディはボーイッシュな外見通りにさっぱりした性格のようだ。 ディナとフェミアの美女お姉さん二人に迫られて戸惑いっぱなしの孝志としては付き合いやすそうな落ち着きを感じて好感を持てた。
「えーと……俺は草尾 孝志です。 そっちは俺の祖父で草尾 義昭。 二人で色々あって冒険者登録をしたところです」
「変わった名前ね。 どこからきたとか……
名前の響きに興味を持ちはしたけど事情を詮索するようなことはしない。 ミースも若いけど冒険者としてはそれなりの
「それじゃ自己紹介も済んだしよろしくね♪」
「よ、よろしくお願いします」
返事をしてから違和感を覚えた。 挨拶に返事をしただけ……のはずだ。 なのに何でミースはジト目で、アリアは真っ赤になって、セディは少し呆れたようでありながら理解を示すような顔をしているのか。
「理由ができたら二人相手に楽しもうとかやっぱりスケベじゃないの」
「……違う違う! そういうよろしくじゃないよ!」
ミースの非難にフェミアのそういう話から自己紹介になったことを思い出し慌てて否定する。
「えー? お姉さんは魅力ない?」
「いや……そういうわけじゃなくて……やっぱりいきなり何人もとかは……」
「あぁ、俺もさすがにそいつは止めるな」
義昭に止められフェミアは不満そうに唇を突き出し、孝志は安堵して胸を押さえる。
「何でディナはよくて私はダメなんですか?」
「そうだよね。 やっぱそんな何人もなんて──」
「そっちの嬢ちゃんは明日だな」
「何で!? てかどういうこと!?」
「抱きたい女抱いときゃいいっつったろ? 経験できるだけしときゃいいさ。 だけどよ、さすがに同時とかってぇのはなぁ……お前を変態にさせる気はねぇんだ」
「いや、一人で十分でしょ!? 初心者だよ、俺!?」
「むー……タカシ君はそんなに私が嫌?」
「だ、だから……そういう問題じゃなくてですね──」
「それにだ──」
フェミアに上目使いで悲しそうに見られたじろぐ孝志に、義昭はさらに言葉を重ねる。
「初めての相手で何度もやってっとな、勘違いで惚れたって思い込んだりもよくあるこった。 そいつは避けてぇからな」
言わんとすることは孝志も分からないでもない。 仮にこの世界で恋人ができたとしていざ戻る時にどうするか、つらい決断をしなくてはならなくなる。 それはいいが──
「じゃあ今夜はディナで明日は私ならいいってことですね?」
「おう。 何なら毎晩交代で搾り取ってやってもらってもいいぞ」
それはよくない。 全くよくない。 何がよくないのかは明確に言えないけど孝志の価値観からすると頷けないし喜べは──嬉しくないと言ったら嘘になるけど受け入れるのは難しい。 だけど義昭の反応を見るに断るのは無理そうだと、孝志も悟らざるを得なかった。
それはそれで歪んでしまいそうなことにお墨付きをもらったフェミアは嬉しそうに笑いながら孝志に抱き付き、
「話の分かるお爺様でよかったわ。 それじゃ──」
「フェミア姉さん。 そんな何日も遊んでるわけにはいかないの、分かってます?」
孝志に迫ろうとしたところでミースに窘められる。 Aランクパーティーとしてそれなりに稼いではいるが何日も遊んではいられない。 金銭的な問題もあるが、それよりもAランクパーティーともなると高難度の依頼をこなすことを強制ではないものの求められる立場でもある。 今日明日で準備して明後日くらいには依頼なり素材採取なりに行かないとならない。
「でもぉ……ディナだけ楽しむなんてずるいじゃない? 出発は明後日にすれば明日の夜は大丈夫なわけだし。 私もタカシ君と楽しまないとやる気起きないかなぁ」
「ディナ姉さんの相手した次の日にフェミア姉さんの相手なんてどう考えたって無理でしょ?」
「うっ……それはそうだけど──ディナ。 少し手加減して私の分も残しておいて──」
「お前だったらできるか?」
「でもそれじゃ次いつ会えるか分からないじゃない? ずっとやる気出ないままになっちゃうわよ?」
「あの……非常に気になる話が聞こえてるんですけど──」
女性陣の間で何やら不穏な会話が交わされていて、孝志は恐る恐る口を挟む。
「あんたは気にしないでいいのよ。 ディナ姉さんに色々教えてもらって楽しんでりゃいいの」
「気にするなって言う方が──と言うか本当にいいのかな……」
肚は決めたつもりなのにやはりどこか引っかかるものは拭えず呟く孝志に、ミースの表情は少し和らぐ。
「ま、アタシも止めたいのが本音なんだけどね。 ディナ姉さんが決めてることだし考えもあってのことだから」
「それって?」
「女には色々あるのよ。 こっちだって詮索しないんだからそっちも詮索しない」
何かをほのめかしながら詮索は止められてしまい、孝志はどうにも腑に落ちない気分になる。
「ま、あんたにはちょっと期待したいかなって思うけど」
「気になることばっか言わないでよ」
「それよりも! 私もタカシ君と楽しみたいの。 何とかならない?」
駄々っ子のようにわがままを言うフェミアに、ミースとアリアとセディは顔を見合わせる。 戦闘になった時までやる気が出ないとは言わないだろうけど危険と隣合わせの仕事でこんな気分を引きずられるのはよくない。
「タカシとお爺さんが冒険者登録した目的は聞いても大丈夫かな?」
「俺の修行で旅をするから路銀を稼ぐ手段かな。 後は知らないことが多いから情報が手に入らないかと思って」
セディからの質問にいきなり何かと思いながら別に問題はないのでそのまま答える。
「ちなみにどれくらいの魔物を狩れる?」
どれくらいの魔物──と言われてもそもそも魔物を狩ったことがないから答えようがない。 とは言え魔物を狩りに行って戦闘ランクは上げるつもりなのだから狩ったことがないとか言うのも後で不審を買うかも知れない。
「いや、魔物は狩ったことあるんだけど……ずっとじいちゃんと山奥に暮らしてて魔物の名前とか強さもよく分からないんだ」
常識も知らないことを誤魔化すために適当な話をするとミースが難しそうな顔をする。
「それじゃどれくらいの強さかも分からないじゃない。 戦闘ランクGってどっち?」
「ステータスがちょっと見せられなくて──」
「LVも隠したいとかどれだけのわけありよ……」
「LVは別にいいんだけど自己申告じゃダメみたいだしね」
孝志の言葉に五人はまじまじと孝志を見る。 何か変なことを言っただろうか?と困惑する孝志にミースが詰め寄る。
「あんた……まさか知らないの?」
「えっと……何のこと?」
ミースはタカシの様子に呆れ果てたように大きなため息を吐く。
「本当に何も知らないのね」
「どぶ掃除とか薬草採集がないのに驚いてたからな。 そう言やそれで色々話を聞かせてやるって言ったんだったか」
「だったら口説くより先にやることがあるでしょ!?」
欲望で本題を忘れていたディナを叱り付けるとミースは孝志に向き直る。
「いい? ステータスは通常だと名前とLV、称号、能力補正にスキルが表示されるけど、見せたい部分だけ見せることもできるの。 逆に通常だと出てこないステータス──称号の持つ《
孝志は言われたようにやってみる。 胸の印に意識を集中しながら名前とLVのみを表示するよう考え、
「『ステータス』」
出てきた表示には確かに名前とLVだけが表示されている。 こういうこともできるんだな、と感心してミースにお礼を言おうと思ったら信じられないものを見るような目を向けられていた。 見るとアリアとセディも同じような目をしてる。
「あの……どうかした?」
「どうかしたって……あんた、それ……LV72ってBランク相当じゃないの!」
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