第9話 《紅蓮虎》の誘惑

 突然の叫び声にその場の全員の視線がギルドの入り口に集まる。 宴会で賑わっていたギルドを静まり返らせ注目を集めるのは四人の女性たち──その先頭に立って孝志たちに指を突き付けている少女だ。 金髪をポニーテールに結い上げた勝ち気そうな少女は怒りにか羞恥にか頬を赤く染めながらプルプル震えている。

「よぉ。 お前らもきたのか?」

「きたのか?じゃないです! ディナ姉さん、何やっちゃってんですか!?」

「この二人の奢りで大宴会だな」

「そんなことは聞いてません! てか奢ってもらったお礼に生乳揉ませてんですか!?」

「おいおい、あたしはそんな安い女じゃないぞ? これはこいつが気に入ったからナンパしてただけだ」

「公衆の面前で生乳揉ませるナンパがありますか! 大体さっと依頼を見て戻ってくるって言ってたのに何でこんなことになってんですか!?」

「わりぃわりぃ。 こいつをどうやって宿に連れ込んで可愛がろうか考えてたら忘れてたよ」

「さいってーなことを悪びれもせずに言わないでください!」

 勢いのままにまくし立て肩を上下させながら少女は孝志を睨み付ける。

「で、こいつが今日のディナ姉さんの相手?」

「おうよ。 すぐ真っ赤になっちゃって可愛いんだ」

 嬉しそうに孝志に抱き付くディナに、少女は呆れたように大きく息を吐く。

「こんな図体がでかいののどこが可愛いんだか……」

処女おこさまなミースには分かんねぇだろうな。 それともお前からしたらかっこいいって感じか?」

「女の誘いにほいほい乗るようなスケベ野郎なんて論外です」

 ディナにミースと呼ばれた少女に切り捨てられ、孝志はいたたまれない様子でうなだれる。 思春期男子にとって同じ年頃の美少女からこう言われるのは精神的にかなりキツい。

「そう言ってやるなよ。 こいつはそんなんじゃねぇぞ? あたしが誘ってんのに相当渋ってたんだからな。 やっとその気にさせたのにやめるなんて言い出したらどうしてくれんだ?」

「あ、あの……妹さんも嫌がってるみたいだしやっぱりこういうことは──」

「別に構わないわよ?」

「いやいや! 身内のこういう話は止めようよ!?」

「今さらだもの。 別にディナ姉さんが気に入った相手とどろんどろんのぬるんぬるんのぐっちょんぐっちょんになろうと気にしないわよ」

「じゃあ何で怒って──」

「人前でやるなって言ってんのよ! 当たり前でしょ、バカ! あといつまでもディナ姉さんの胸を鷲掴みにしてんじゃないわよ、このスケベ!」

「あんっ」

 ディナのわざとらしいあえぎに孝志はディナの胸元に差し込んでそのままだった手を慌てて引き抜く。

「その……ごめんなさい」

「はいはい。 その辺にしましょうね。 ミースもあまりいじめてあげないの。 その子が悪いんじゃないことくらい分かってるでしょ?」

 ミースに白い目で見られいたたまれなくなりながら謝る孝志にミースの後ろから救いの手が差し延べられる。 ミースと一緒に入ってきた女性の一人だ。 胸元の開いた黒のロングドレスにマントを羽織った、年はディナと同じくらいだろうか、濃い紫の髪を背中まで伸ばした女性だ。 こちらはディナと違って話し方や振る舞いもかなり色っぽい。

「ごめんなさいね。 ミースもまだ子供だからああいうこと言っちゃうの。 男の子が大人の女に誘惑されたらそうなっちゃうのは仕方ないのにねぇ?」

 反対隣に座った彼女はどこか眠たそうな目で孝志に笑いかける。 ディナとはまた別の、オンナを体現したような艶っぽい笑みにどぎまぎしてしまう。

「いえ……言われても仕方ないですし……やっぱやめた方がいいですよね」

「あんた、ディナ姉さんに恥かかせる気?」

「いや、どうしろって言うの!?」

 受け入れたらスケベ、断れば恥をかかせるのか。 残りの二人と一緒に隣のテーブルに着いたミースの言葉に孝志は思わず絶叫する。

「さっきの言葉は撤回するわ。 あんた、ディナ姉さんに誘われて浮かれきってスケベ心丸出しにしてたやつらとは違うみたいだし。──悪かったわ」

 不機嫌そうな顔をしながら、それは別に孝志個人に対して何かがあるわけでもないのかミースはすんなり謝る。

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど──」

「あたしと気兼ねなくやれるのが嬉しいとかこっちが嬉しくなるじゃないか」

「いや、そうじゃないですよ!?」

 スケベの烙印を再度押されるのは避けたい。 慌てて否定するとディナは逃がす意思はないことを示すように孝志の首をがっちりホールドしてパーティ名さながらの笑みを向ける。

「まさか今さらやめるとか言わないよなぁ?」

「それは……ですね……」

「楽しませてくれるって頷いたよな? まさか男に二言はないよな?」

「いや、あれは頭が真っ白になって──」

「ヘタレ」

 どうしようと罵られるばかりの袋小路に孝志は頭を抱えるしかなかった。

「まあそこの嬢ちゃんの言う通りだな。 男だったらいつまでもうだうだ言ってねぇで決めてこい。 据え膳食わぬは男の恥っつうだろ?」

「じいちゃんまで……」

 楽しそうに黙って見ていた義昭にまでけしかけられて孝志はうなだれる。

「別に彼女や惚れた娘っこがいるわけじゃねぇんだ。 好みじゃねぇならしゃあねぇけど抱きたいと思った女を抱いて悪いこたぁねぇぞ。 無理矢理しようもんならぶん殴るけどよ」

 ふとシスティアのことが頭に浮かんだ。 好き──というわけではない。 だけど気になってる。 別れ際に見た・・彼女は自分に好意を持ってるように見えたからそれに引っ張られてるのもあるかも知れない。

「それは確かにそうなんだけど……ほとんど知らない相手とそういうのって──」

「おいおい、そいつぁ一目惚れってやつも否定してんじゃねぇか?」

 心臓が跳ね上がり、孝志は義昭を見る。 見透かされた──システィアのことを考えていたこともシスティアに抱いてる気持ちも。 一目惚れに近い感情を抱いてるのを見たからこその台詞だ。 その証拠に義昭の目は笑っていない。 まだ許さないとその目が語っていた。 いつもは見せないようにしているのをわざと見せている。

 孝志は考える。 あの時、義昭には何が見えていたのか──この国のことを信用できないと言って、でも完全に切り捨てたわけでもない。 敵と断定はしていなかった。 システィアに対する気持ちをまだ・・許さないとしているところからもそれは分かる。

 システィアは自分のそばにいるようなことを言っていた。 勇者をよからぬことに利用しようという目論見があったなら自分のそばにいる役割だったシスティアがそれを知らされていない可能性は低い。 信用できない何かしらの思惑は……多分あったんだろう。 だけどそれが自分の害にならないなら……そこまで考えて孝志は頭を振る。

──だったらああまで切り捨てなかった。

 害になるかも知れないけど……何か不確定要素があったのか。

 考えてみても分かりようはなさそうだ。 多分聞いても教えてはくれないだろう。 義昭は自分の目で見ないと始まらないと言った。 自分の目で見ろと言ってる。──自分の目はまだそこまで見えていないと言ってる。

 自分の目で見れるようにならないといけない。 あれもこれも、色んな意味での視野を拡げさせようとしてくれてるのだろう。 経験できることは経験して糧にしろと。

「そんだけじゃねえけどな──いいか、孝志」

 肚を決めた孝志に義昭は真面目な顔になって身を乗り出してくる。 ふざける空気じゃなくなり、ディナが抱き抱えていた孝志を離すと孝志も居住まいを正す。

「女の体ってなぁいいもんだぜ」

「何を真面目な顔でスケベジジィみたいなこと言ってんの!?」

 尊敬してる祖父からそんな話は聞きたくなかった。 あまりのショックに叫ぶ孝志に義昭は真面目な顔のまま続ける。

「経験ねぇお前にゃ分かんねぇだろうけどよ──」

「いやいや、聞きたくない! 確かに経験ないけど──」

「殺した後は心が渇くぞ」

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