第5話 じいちゃん、覚悟を決める
勇者が帰還するまでの流れについてイリアスが話した内容はこうだ。
まず最初に魔王を倒し神輝石に魔力を補充するのは大前提だけど、そもそも今すぐ魔王を倒すことはできない。
純魔五王国を隔てる神の障壁はまだ破られていない。 魔王と言えど、神が疲弊して不完全であったと言えど、神の障壁はそう容易く破れるものではないのだ。 『魔神の烙印』の力で徐々に侵食を続けていることは障壁の発光で分かるが完全に破られるまでは一年近くの時間を要する。
それまでの間、魔族が出てくることはあるものの『神の加護』を持つ者は中に入れない。 『魔神の加護』は『魔神の烙印』と同質の力のため、障壁を破ろうとする力に呼応して障壁を抜けることを可能とするが『神の加護』は障壁を破ろうとする『魔神の烙印』の力に反発するためだ。 障壁が破られるまでのおよそ一年は勇者を鍛え魔王を滅ぼす力を獲得するための準備期間にもなっている。
そして魔王を倒し神輝石に魔力を補充したとしても他の魔王が残っていては召還することはできない。 異なる世界を繋ぐのはただでさえ困難なことなのに『魔神の烙印』により魔神の干渉を大きく受けている世界では接続先を特定することができないのだ。 召喚する時は曖昧な条件で繋いでいるが送り返そうとしてそれをやると元の世界に送るはずが別の異世界に送り込むことにすらなりかねない。
まずは障壁が破られるまでの間、勇者は魔王に対抗するための力を蓄える。 そして魔王を倒し神輝石に魔力を補充したら他の魔王がそれぞれの勇者に倒されるのを待ち、全ての魔王が倒されたら召還の儀式で元の世界に帰る──こうなるわけだ。
「仮にだ、『神の加護』とやらを『神の聖刻』だったか? それにすることができなかったらどうなる?」
「その場合は魔王の侵攻を防ぎながら他国の勇者が応援にくるのを待つことになります。 過去には召喚された五人の勇者の内、二人しか『神の聖刻』に昇華できなかったこともありました」
疑問の答えを聞いて義昭は難しい顔で考え込む。
「孝志に戦わせねぇ選択肢もあるにはあるか……」
「ちょっ、じいちゃんそれは……嫌なことを他人に全部押し付けるって──」
「分かってるよ。 他の連中だってお前と同じ境遇なんだ。 それを押し付けようなんざ碌でなしのやることだな。 それに、他の連中もみんな魔王だかを滅ぼせるようにならねぇ可能性だってあるってことだろ?」
『神の聖刻』を獲得できなかった勇者は戦いに消極的だったと伝えられている。 必要だからとLVこそ上げていたものの魔王を倒すのが正義なのか信じきれなかった者。 それに記録に残っていない勇者のように王国の腐敗に嫌気が差し消えた者もいた。 そうした事例が重ならない限りは不要な心配だが可能性がないわけではない。
少なくとも孝志は義昭の話を聞いて命を奪うことの意味を考え、それでもなおやる気と使命感を持っている。 だが他の勇者がどんな人間か、どんな心境の変化が生まれることになるかは分からない。
様々な思考を巡らせ、不本意ながら義昭の肚は固まった。
「五年ぶりになるか……お前にゃもう二度と剣を握らせねぇつもりだったんだがな」
「じいちゃん──」
「命を奪うことの意味、それとどう向き合うか、俺が教えてやる。 ただしだ──」
義昭はまた刀を孝志の喉元に突き付けて宣告する。
「お前が命との向き合い方を間違えて命を奪うことに快楽を覚えるようになったら──俺は責任を取ってお前を殺して自害する。 しっかり覚悟を決めておくんだ」
義昭の目はそれが冗談でないと、孝志にはっきりと告げていた。 そして孝志もそれに怯えることなくはっきりと頷く。
孝志の反応に満足げに笑うと義昭は刀を鞘に納める。
「じゃあ決まりだな。 行くぞ」
「うん!──って……ちょっ、じいちゃん!」
スタスタと扉に向かう義昭に勢いで頷き後に続きそうになりながら、我に返った孝志が義昭を制止する。
「行くってどこに行くつもりなの? まずはシスティたちにこの世界のこととかもっと詳しく聞かないと」
「そ、そうです。 タカシ様とお祖父様にお話ししないといけないこともお渡しするものもたくさん──」
「いらねぇよ」
追いすがる孝志とシスティアの言葉を義昭は斬神の称号そのままにぶった斬る。 肩越しに振り返った義昭はシスティアに対して険のある目を向ける。
「言っておくがな、嬢ちゃん。 俺ぁあんたらをこれっぽっちも信用しちゃあいねぇんだ」
「そんな! なぜそのような──」
「信用できる理由が欠片でもあるんなら言ってみな」
ショックを受けるシスティアに義昭は容赦ない。
「てめぇ勝手に孫をおかしなことに巻き込んだ連中の何を信用しろってんだ? おまけに俺らはそれこそ何も知らねぇ。 騙して自分らの利益のために利用しようとしてるかも知れねぇよなぁ?」
「じいちゃん! それはさすがに言い過ぎだよ。 そんな決めつけて──」
「だったらお前がその嬢ちゃんなんかを信用できる理由は何なんだ? 勇者とかってのを呼ぶ連中はそんなに信用できるのか?」
義昭の正論に返す言葉もなく孝志は黙り込む。 小説でも勇者を利用しようとする召喚者がいたり敵にも敵なりの正義がある話はそれこそいくらでもある。 そしてそれが現実だろうし──今の孝志の状況もファンタジーではあるものの同時に確かな現実でもある。
「何も知らずに信じるなんてそんな軽い信用があるもんかよ。 信用なんてもんはな、時間と実績でもって積み上げるもんだ。 自分の目で見ていかねぇと始まらねぇぞ」
孝志は自分の隣にいるシスティアを見る。 外見からも態度からも自分を騙そうとしたりするような娘には思えない。 だけど彼女の何を知ってるかと言われれば何も知らないのは確かだ。 そして自分がそこまで人を見る目があるかと言えば17才の子供にそんな人生経験があるわけもない。
信じてあげたい気持ちは強いけどそれは間違いだと、義昭の言うことは正しいだろう。
「タカシ様……? タカシ様は私たちを信じてはくださらないのですか?」
孝志の様子に何かを感じ取ったか、不安げな目で見上げてくるシスティアに孝志の気持ちも揺らぎそうになる。
「おい、嬢ちゃん。 時間と実績を積んで信用できると思った相手が一流の詐欺師だってこともあるんだぜ。 それくらい信用ってのはあやふやで難しいもんだ。 それを何もなしに信じてくれなんて虫のいい話が通用するだなんて思うんじゃあねぇよ」
義昭にこんこんと説かれシスティアは悲しそうな顔をしながら黙り込む。 逆の立場になれば義昭の言うことはもっともだと思わざるを得ない。 それに義昭の孫である孝志への想いは身に沁みるほど思い知らされた。 股間に感じる冷たさに先ほどの激怒を思い出し、システィアは二重の意味で身震いする。
怒鳴り付けはしないだけ、義昭もまだ自制はしていた。 だが今は自分が育てた孫である孝志以外を信じられる状況ではないし、孝志を守るのは自分以外にあり得ない。
何も言えなくなり、それでもまだ何かを言いたそうに服の裾をつかんでいるシスティアに、孝志は胸の痛みを感じながら頭を下げる。
「ごめんね。 今は俺、じいちゃんと行くよ。 でも色々見て、システィとかこの国を信用できるってなったらさ……ちゃんと戻ってくるから」
「……分かりました。 信じていただけないのは残念ですがその時がくるのをお待ちしています。 支援の用意をしますので少々お時間を──」
「いらねぇって言ったろ」
兵士たちに準備をさせようと指示を出しかけたシスティアを義昭は先ほどと同じ言葉で制止する。
「俺ぁお前らを信用してねぇ。 そう言ってんのに支援なんざ受けるわけねぇだろ。 受け取ったら人として筋が通らねぇよ」
「ですが、資金も身分証明もなしではこの首都から出ることすら──」
資金や装備、仲間、この世界についての知識もそうだし各地の貴族たちに支援させる手筈など、勇者が旅に出るための支援策はいくらでもある。 それなしに出ていこうなどさすがに無謀にも程があるだろう。
だけど義昭はそんな心配を鼻で笑う。
「はっ! んなもん何とでもなるさ。 稼ぎ方なんかいくらでもあるし検問破りも慣れたもんだ」
「ちょっと待った、じいちゃん」
おかしな言葉を聞いた気がするがそれは一先ず置いて、孝志はシスティアを顧みずに出ていこうとする義昭を制止する。
「さすがに最低限の物はもらった方がいいよ。 ひょっとしたら身分が確かじゃないと働けもしない可能性もあるし。──ほら、巻き込まれた迷惑料ってことでさ」
小説ではトラブルに巻き込まれてる人を助けて世話になったり、冒険者になって稼いだりするのはよくある。 だけどそう都合よくトラブルが起きることも普通はないし冒険者なんて職業があるのかどうかもまだ分からない。 それどころか普通に働くことすら身分証明がなければできない可能性もある。
孝志の説得に義昭はしばし考え込み、軽く嘆息するとシスティアに向かい手を差し出す。
「今すぐ渡せる物は何かあるか?」
「……えっ?」
「大きな物をもらうつもりはねぇ。 今すぐ、嬢ちゃんが俺らに渡せる物があんならそれだけもらってく」
装飾品なり何なり、売って資金にできるものがあればそれくらいはいいだろうと義昭は妥協することにした。
そんな義昭にシスティアはなぜか嬉しそうな顔をして玉座に向かうと床に落ちていた何かを拾い義昭の元に戻る。
「こちらをお持ちください」
システィアが差し出したのは白銀のバングルだった。 かなりごついデザインで全体に紋様が刻まれ、中央には直径2cmくらいの青い石がはまっている。
「ほぉ……まあ売ればいい金にゃなりそうだな」
「あの……これは売られると困るのですが──タカシ様。 こちらを腕にはめていただけますか?」
システィアから受け取ったバングルを孝志は右腕にはめる。 するとバングルが締まり孝志の手首に密着する。
「うわっ!? 何これっ?」
「ご心配なさらず。 紛失することがないようそうして密着しますがタカシ様がはずそうと思えばゆるみます」
言われて意識するとバングルの締め付けがゆるむ。 呪いのアイテムかと一瞬心配したが冷静に考えればそんなわけはない。
「タカシ様。 その青い石に意識を集中して『ストレージ──リスト』と唱えてください」
「『ストレージ──リスト』」
孝志が唱えると『ステータス』と同様に空中に画面が浮かび上がり情報が表示される。 ずらっと並んでいるのは様々な物品の名前だ。
「こちらは勇者様にすぐお渡しするよう準備していた神器で『無限の宝物庫』と言います。 中に様々な物品を収納できる神器で勇者様の旅の助けにと神より授けられているものなのです。 同じような機能を持つ魔道具もありますが最高品質のもので小さな家くらいの量しか収められません。 ですがこの神器は無限と名付けられただけあり、実際にどれだけの物が入れられるかは分かりませんが大型の魔物を数十体収めても問題はなかったと伝え聞いています」
いわゆるアイテムボックスだな、と納得しながら孝志は内容を確認していく。 衣服や下着、外套といった身に付ける物から鉈や斧、大振りなナイフにランタンなどの夜営やサバイバルに使えそうな物、毛布や寝袋、テントもある。 その他、旅道具としてはかなり充実した物が揃っている。 武器や防具はないけど金貨も入っていた。 枚数にして100枚。 この世界の貨幣価値は分からないけど少ない金額ではないだろう。 低く見積もっても一枚が一万円にも相当しないようなことはないはずだ。
「『ストレージ』と唱えると起動し『リスト』で内容の確認ができます。 取り出したい物を意識しながら『アウト』と唱えれば入れた時のまま出てきます。 逆に収納する時は石を向けて『イン』と唱えてください」
「これってやっぱり入れられるのは物だけなのかな?」
「生物が入るかということでしたらその通りです。 ただし討伐した魔物は収められます。 それと物であっても他人の持ち物を相手の同意なしに収めることはできません」
説明を聞きながらリストを見ていく。 リストは画面外にも続いているようで意識するとスクロールしていく。 そうして新たに出てきた物の名前を見ると──
「何か大層な名前の物が色々あるんだけど──」
それまでは一般的な名称の物ばかりだったのが急に御大層な名前の物がいくつも出てきた。 先ほどの『鑑定の神石』とかいうのもある。
「それは勇者様に使っていただく神器です。 リストの名前を意識していただくと──」
「おい、そろそろいいだろ」
痺れを切らせた義昭がシスティアの説明の途中で口を挟む。
「もらうもんはもらったんだ。 それ以上の支援はいらねぇよ。──行くぞ、孝志」
「ちょっ、じいちゃん──ごめん、行くね」
振り向きもせず歩き始める義昭に、孝志はシスティアに軽く謝ると後を追う。
「誰か、お二人を城門まで案内してください。──タカシ様! 各所の門にはお二人が自由に通行できるよう連絡しておきます」
「ありがと! またね!」
二人が玉座の間から出ていくと、弛緩した空気が流れる。 義昭がいつまた激怒するか考えたら緊張せずにいられるほど肝の太い人間は一人もいなかった。
「姫様……よろしかったのでしょうか?」
「……よくはないですよ。 でも仕方ありません。 信用を得られなかったのはこちらの責任でもあります」
勇者として召喚されるのは思春期の少年から成人したての男子と決められている。 力に憧れを持ち、英雄願望を抱えがちで、成長を見込みやすく、体はそれなりに成熟している。 そして何より精神的にも人生経験の面でも未熟で扱いやすい──愚かであるということ。 総じて力と勇者という役割を与えた時に踊らせやすい人間が最も多いのがこの年代の男子だからだ。 勇者としての働きを期待しやすい、16才から20才の男を召喚するように術式は組まれていた。
父や姉、それに貴族の中にはそんな勇者を魔王討伐以外で上手く利用しようという目論みがないとは言い切れない。 義昭の疑念を穿ち過ぎとは言えない。 それにシスティア自身は魔王を倒す勇者に対して自分の『役目』を果たすことだけ考えていたけど、それだって勇者を騙すことと言えなくもない。
「この後はどうされますか?」
「下手な干渉は御祖父様の御不興を買うだけでしょう。 ですがどちらにいらしてるのかくらいは押さえねばなりません。 絶対に気付かれないように最新の注意を払って監視をお願いします。 それと各所の門に通達してタカシ様と御祖父様が自由に街を出入りできるようにしてください」
一先ずの指示を出して落ち着くとシスティアは不意に顔を赤らめる。 股間の冷たさに粗相をしたことを今更ながらに思い出させられ激しい羞恥にいたたまれなくなる。
「わ、私は部屋に戻ります。 考えないといけないこともありますし。 後はお願いします」
恥ずかしさと気持ち悪さを我慢しながらなるべく平静を装い自室へと向かうシスティアの後ろ姿に、全員が同じことを思った。──『貴女もか』と。
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