第4話 じいちゃんの逆鱗

「……何なんですか、これは?」

 呆然としたイリアスの呟きに誰も答えられない。

 過去の勇者のLVが全て記録に残っているわけではないが15人中12人まで残ってる記録によればLV200はまず越えるものの最高でLV225だった。 魔王のLVはほぼ250前後。 それがこのLV──『神の加護』『魔神の加護』も持たない竜はLVの概念がないが上位の竜は魔王並みに強いとされる。 それを上回るどころか下手をすれば龍──それも古龍にすら届きかねないのではないか。

 スキルLVも達人と呼ばれる人間でLV15に達した人間はいる。 勇者にはLV20を越えてLV30近くまで上がった者もいてLV30が限界と考えられていた。 だというのにこの数値と誰も見たことのない(極)の文字。 スキルLVの真の限界値が初めて知らしめられたことになる。

 これだけでもとんでもないが何より問題なのはその称号だ。

──『神』の称号を得た人間など聞いたこともない!

 その場にいる人間全員、心の中で絶叫せざるを得なかった。

 称号は習熟度を表すとともに特異な力を持つことの証でもある。 『剣聖』の称号を得た勇者には湖を割り湖底に潜む大型の魔物を倒したという逸話もある。 それが神の称号──それも剣など特定の武器に依らずただ『斬る』という行為、事象に対して『神』の称号が付くとなるとどれほどの力を秘めているのか想像も付かない。

「で、どうすんだ? まだやるってのか?」

 義昭に凄まれ兵士たちは武器を構えながらも及び腰になる。 当然だ。 相手は魔王を遥かに上回る化け物。 これだけのステータス差があっては人間の限界と言われるLV100ですらいくら数を揃えようと敵うわけがない。 魔王ですら何人いようと僅かなダメージを与えることすら叶わないのでは、そう思わせるほどだ。

「安心しろよ。 そっちが大人しく俺と孫を帰してくれんならやりあうこたぁねぇんだからよ」

 周りの兵士たちが怖じ気づいているのを尻目に義昭はへたり込んだままの孝志に近寄り、寄り添うシスティアとイリアスを見下ろす。

「さ、帰るぞ、孝志。 嬢ちゃんたちもさっさとやってくれ」

「そ、その……申し訳ありません。 今はまだお二人を元の世界に送ることはできないのです……」

「……どういうことだ?」

 怯えながら小声で弁解するシスティアに義昭は眉を吊り上げる。

「お、落ち着いて、じいちゃん。 帰さないって言ってるんじゃないんだよ。 こういうのは条件があるもんで──」

「勇者様の仰る通りです。 召喚の儀にも勇者様を送り返す召還の儀にも膨大な魔力を必要とするのですが魔王の出現に備えて神輝石に溜め込んでいた魔力はすでに使いきってしまっています。 神輝石に必要な魔力を溜め込むには通常だと何十年もの歳月が必要に──ひっ!」

 唐突に膨れ上がった義昭の怒気にシスティアが短い悲鳴を漏らす。 凶悪なまでの威圧感に下半身の力が緩むのを堪える余裕もなかった。 イリアスも同じで顔を蒼白にしながら孝志にしがみつく。 この後、二人は羞恥に身悶えながら下着を替えに行くことになるが今はそれに気付くどころではない。

「何十年だぁ? とどのつまり何だ、てめぇらは帰すこともできねぇのに可愛い孫をてめぇ勝手に呼んで戦わせようとしてたってぇことか? ふざけんじゃねぇぞっ!」

 壁が震えるほどの怒声にその場の全員が竦み上がる。 義昭の怒りの対象でない孝志ですら震え上がり呼吸が苦しくなる。

「ちょっ、お、おち、落ち着いて、じいちゃん!」

「先の短い年寄りはまだいいけどよぉ、あっちでの生活も未来もある孫にこんなわけ分からねぇとこでずっと暮らせってか? 他人様の人生を何だと思ってやがるんだ、てめぇら! ああっ!?」

 義昭の怒号に周りの兵士もシスティアたちの仲間入りを果たす。 しかしこの件については誰一人笑う者はいないだろう。 怒り狂う古龍の目の前にいるのと何も変わらないのだから。

 孝志は慌てて立ち上がると義昭の肩を押さえ付ける。 周りから見ればまさに勇者と思わせる行動に尊敬の目を向けられるが孝志にもそれに気付く余裕などない。 ただ自分にしがみついて震えるシスティアを守りたいと、年頃の男子らしい義務感から体が動いただけだ。

「だから落ち着いてって! まだ話は終わってないんだから──システィ! ちゃんと続きを聞かせて!」

「は、はい!」

 孝志に押さえられても怒りは収まらない様子の義昭に怯えながら、システィアは何とか呼吸を落ち着かせて口を開く。

「い、今は魔力が尽きてしまった神輝石ですが召還のための魔力を充填する方法があります。 それがその……『神の加護』と同様に純魔五王国の魔族や魔物に与えられた『魔神の加護』──その中でも特別な魔王にのみ与えられる魔神の代行者たる力の証、『魔神の烙印』を砕くことなのです」

「それは……『魔神の烙印』を砕くことで膨大な魔力に変えられる──みたいな解釈でいいのかな?」

「そ、そう思っていただいて構いません」

「ほら! ちゃんと帰り方はあるんだから──」

「チッ!」

 不機嫌そうな義昭の舌打ちに周囲の温度が下がる。

「結局は魔王とやらを倒せってか? 気に入らねぇ──が、しゃあねぇか」

「じ、じいちゃん?」

 不機嫌そうに頭をかきむしる義昭だが仕方ないとの呟きを孝志はしっかり耳にしていた。 それが意味するところを勘違い・・・しながら孝志は期待を膨らませる。

「そうしなきゃ孝志を帰してやれねぇってんならよ、やるしかねぇやな」

「じいちゃん!」

 孝志の歓声とともに周りからも安堵と喜びの声が上がる。 この恐ろしい老人の怒りが収まり、勇者が保護者に止められるという非常識な事態を回避できたのだと。

「ありがとう、じいちゃん! 俺さ、ゲームみたいに軽く考えて命を奪うってことを深く考えてなかったよ。 でもじいちゃんのおかげで覚悟はまだだけど理解はできた。 つらいこともあるだろうけど……がんばるから!」

「私もタカシ様のお側でお力になります!」

「王国軍としても勇者様のバックアップは最大限させていただきます。 早速今後の計画を──」

「何言ってんだ、お前ら?」

 心底バカにしたような口調の義昭に喜びに沸き立つ全員が静まり返る。

「魔王とやらは俺が殺してくる。 お前らは孝志を保護してくれてりゃいい」

「…………え?」

 呆然とする孝志の肩を義昭は優しく叩く。 その顔から先程までの怒りは鳴りを潜め、孫を大切に思う老人の顔になっていた。

「お前を守るのが俺の役目だぁ。 命を奪うなんてこと、手を染めなくて済むんならそれに越したこたぁねぇんだよ」

「だ……そんなのダメだよ! そんなじいちゃん一人に押し付けるなんて──」

「お前よか大分強ぇのは見たろ。 それにな、戦後生まれの肚の据わり方を甘く見んなよ」

「でもじいちゃんがいくら強くたって一人でなんて……」

 食い下がる孝志をおいて義昭はイリアスに目を向ける。

「そっちの嬢ちゃん。 さっきのお前さんの反応からすると俺の……ステータスっつったか、そいつぁ相当なもんなんだろ? 魔王とかってのと比べてどうなんだよ?」

「それは──率直に言えば魔王軍相手に一人でも十分すぎるかと……」

「だとよ。 お前が心配するこたぁねぇよ。 俺に任せて──

「お待ちください! 確かに祖父君お一人でも魔王には勝てますが倒すことはできないのです。」

 イリアスの言葉に義昭と孝志は怪訝そうな顔になる。

「勝てるのに倒すことはできない、だと?」

「その……『魔神の烙印』を砕かない限り、魔王は滅びず何度でも甦るのです。 そして『魔神の烙印』を砕けるのは『神の加護』を『神の聖刻』へと昇華させた真の勇者のみ──勇者様に力を付けていただかねば魔王を倒すことも、お二人が元の世界に戻ることも叶わないのです!」

 称号はそれを得た者に特異な力をもたらす。 義昭が刀でイリアスの魔法を斬り裂いたのも斬神の称号により与えられた力だ。 そして勇者の称号にも様々な力があり成長するに従い新たな力を得ることにもなる。 その内の一つで最も重要なのが『魔神の烙印』を打ち砕き魔王を滅ぼす力──いくら強くても魔王を倒すのは勇者にしかできないことなのだ。 神の称号を持つ義昭ならば『魔神の烙印』を斬り捨てられる可能性もあるがそれは人の身では窺い知れぬことだ。

 イリアスはまた義昭の怒りを買うのではないかと心底震え上がりながら、顔を伏せて義昭の反応を待つ。

「……他には?」

 暫しの沈黙の後、怒りは控えめなものの不機嫌そうな義昭の短い言葉にイリアスは恐る恐る顔を上げる。

「次から次へと条件が出てきて面倒だ。 孫を帰すためにどうすりゃいいのか──他にもあんなら全部教えろ」

「わ、分かりました」

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