第3話 怒りのじいちゃん

 義昭の眼光に射竦められ、孝志は何も言えなくなる。 今まで見たことのない義昭の顔──中学の事件の時もここまでの怒りは見せなかった。

 中学の時、剣道部で横柄な先輩に我慢できずに勝負を挑んで負かしたことがあった。 その時に義昭以外と初めて剣を交え自分が強かったんだと分かった孝志はその興奮から勢いに任せて相手を侮辱した。 してしまった。 元々素行の悪い先輩がその屈辱に黙っているわけはなかった。

 報復として先輩が不良連中を集めて10人で襲撃してきて──孝志はそれを全て撃退した。 義昭の教えには多対一での戦い方まであったからこそ何とかなったがいきなりの襲撃に慌てていて全員に骨折以上の大ケガを負わせることになった。

 警察沙汰にこそなったが多数での襲撃、しかも全員が得物を持ち刃物を持ってる奴もいたことで辛うじて正当防衛にはなったものの義昭の怒りは凄まじかった。

 怪我をさせたことにではない。 発端となった先輩への侮辱に対してだ。 心を鍛えるために始めたこと──そして実際にいじめから抜け出せた。 そんな孝志が心の未熟さから引き起こしたことに鬼のように怒った。

『もうお前には必要ない』

 いじめから抜け出すという目的は達していたからか、心の未熟さからこんな事態を引き起こした人間に力は与えられないと思ったのか、義昭はその胸の内は明かさなかった。 以降、孝志はそれまでの日課であった鍛練を受けられなくなった。

 今の義昭はその時よりも激しく怒っている。 それが孝志には感じられた。

「いいか? 戦いに力のあるなしなんて関係ねぇんだよ。 力のないやつにだって戦ってるやつぁいるんだ」

「だ、だけど、力がなかったら死ぬこともあるし、じいちゃんだってそれを──」

 言いかけた孝志が悲鳴も上げられずに言葉を飲み込む。 孝志の喉元にいつの間にか──その場の誰にも見えない動きで抜き放たれた日本刀が突き付けられていた。

「じ……じいちゃん?」

 切っ先から伝わる気迫に孝志は腰が抜けそうなのを必死にこらえる。 冷や汗が垂れてくるのを拭う余裕もなかった。

「孝志……お前は何も分かっちゃいねぇ。 分かってねぇからちゃんと覚悟もできねぇんだよ」

「覚悟って……俺だって死にたくはないよ! だけど困ってる人がいるんだ! だからがんばって強くなって戦う覚悟くらい──」

「殺せんのか?」

 義昭の静かな呟きに背筋に冷たいものを感じ孝志は黙り込む。 じっとこちらを見るその目の冷たさに、よく知っているはずの祖父が全く知らない何かに変わったようなそんな曖昧な恐怖を覚える。

「その辺の犬猫だって殺したこともない──殺すことなんかできねぇだろ? それが魔族だなんだってよく分かんねぇけど、俺らみたいに話もできるような奴らをよ……そんなもんをお前は殺せんのか?」

「それは──」

 確かに孝志は命を奪ったことはない。 まともな日本人なら生き物を殺すなんてあっても虫くらいなものだろう。 哺乳類は当然、鳥類や爬虫類でも命を奪うのは忌避感を覚えさせられるものだ。 孝志もできないのが当たり前だと思っている。 虫でさえ執拗に殺すような奴は異常者以外の何者でもない。

 だけど──孝志は反駁する。

「でも、相手は放っておいたら多くの人間を殺すんだよ。 それこそ国を滅ぼすくらいに──そんな奴らだったら!」

「殺せるってぇのか?」

「……躊躇いはあるし簡単にできるとは思ってない。 だけどできると思うし……慣れていけると思う。 人を助けるためなんだか──ぐぅっ!」

「タカシ様!」

 いきなりの痛みとともに吹き飛ばされる。 システィアが心配そうに寄り添う中、目がチカチカするほどの衝撃に頬を押さえながら体を起こして見ると、日本刀を肩に担ぐようにした義昭が拳を握って孝志を見下ろしていた。 その目は静かな怒りとともにどこか哀しみを湛えているように孝志には見えた。

「じいちゃん……」

「いいか、孝志。 命を奪うなんてぇのはな、どうしたって慣れるもんじゃねぇんだ。 何も感じなくなるようならそいつぁな……壊れていってるんだよ」

 何でそんな知ったように言うのか──それを問いただす前にイリアスの一声で周りの兵士が一斉に動き義昭と孝志を取り囲む。

「祖父君。 勇者様のお身内である貴方に危害を加える気はありません。 大人しく彼らについて行ってはいただけませんか?

 勇者様が戦われてる間、貴方の不自由ない生活は保証しますし勇者様には我々が最大限の支援をします。 精神面でも十分にケアさせていただきます。──我々には勇者様のご助力が必要なのです。 どうかご理解を願います」

 イリアスの言葉に兵士たちが身構える。 危害を加えないと言った以上、武器は構えていない。 相手は武器を持っているし勇者召喚に巻き込まれて『神の加護』を強く受けている。 とは言え老人だ。 LVも50を越えることはない。 ならばLV50の兵士が五人いれば問題なく抑えられるはず。 大きく包囲する兵士の輪の中から五人、LV50台の兵士と一人だけLV60を越えた中隊長格の兵士が出てきて義昭を取り囲む。

「その剣を渡して大人しくきていただけますかな?」

 中隊長格の男が刺激しないよう穏やかに語りかける。 下手に抵抗されて怪我をさせるようなことがあっては勇者に対する心証は最悪になるだろう。 それは避けたい。

 義昭は男の態度に何やら考え込むとつまらなそうに頭を掻き、逆手に持ち変えた刀を床に突き立てる。

 素直に武器を放棄してくれたことに安堵しながら、兵士たちは身構えを解き義昭に近付こうとする。

 しかし彼らは気付くべきだった。 硬質の石床に湾曲した日本刀を突き立てるという離れ業と、何より勇者でありLV72の孝志がで殴られダメージを受けたという事実が意味することに。

「ご理解いただき感謝いたします。 勇者様の御祖父とあれば国賓級の待遇をお約束──がはっ!?」

 無防備に近寄った男がパァンッ!と何かが弾けるような音とともに吹き飛ぶ。 5mも吹き飛ばされた男の姿に義昭を囲んでいた他の兵士が慌てながら身構えるがそこに同じ運命が襲う。 四つの音が重なって一つの音に聞こえるほどの刹那に同じように四人が吹き飛ぶ。

「なっ!?」

「はっ! 思いっ切り手加減したけど思ったよかぁ威力があったな」

 狼狽して声を上げる兵士たちの前で義昭は手にしたものを軽く投げ上げ見せつける。 それはいつの間に手にしていたのか、召喚時に一緒にこっちにきていた碁石だった。

 兵士を吹き飛ばしたのは義昭が手にしたこの小さく軽い碁石だ。 義昭が投げた碁石が鎧にぶつかり、強度で劣る碁石は鎧を貫通することなく砕け散った。 しかしその運動エネルギーは兵士を吹き飛ばし昏倒させるだけの威力を秘めていた。 鎧自体も大きく歪んでいてその威力が伺える。

 それを理解できない兵士たちの前で義昭は碁石を指につがえると兵士たちの後ろの壁に向けて弾く。 すると轟音とともに壁が爆散し大穴が開く。

 いきなりの事態に騒ぎになり、兵士たちが王と第一王女を避難させる。 そして残りの兵士たちは武器を構えてこちらを取り囲み、システィアとイリアスは孝志のそばがむしろ安全と踏んだか孝志に寄り添っている。

「じいちゃん……何だよ、これ!?」

「ああ、こりゃ力加減を間違えたらヤバイな。」

 軽く言いながら義昭は兵士たちの前の床に石を弾く。

「うおおおおおおっ!」

 床が派手に砕け散り、衝撃波で数人の兵士が吹き飛ぶ。 その様をじっくり眺めると義昭は自分の手をしげしげと眺める。

「これでもまだ強いか。 面倒なこった」

『魔を以て風の理を従えん 龍のごとく巻き上がれ『風龍昇天』!』

 不思議な響きの言葉とともに考え込んでいた義昭の周りに猛烈な風が発生すると竜巻のように巻き上がり義昭を閉じ込める。

「イリアスさん! これは──」

「貴方の祖父君を傷付けたくはありませんがこの事態を放ってはおけません。 なるべく傷付けない手段を選んだつもりではあります」

 イリアスが行使したのは風系の第六階位魔法『風龍昇天』──小規模な竜巻で対象を攻撃する魔法だ。 暴風により対象を吹き飛ばす魔法だがこのように竜巻に閉じ込めることもできる。 そして暴風により呼吸を阻害し相手の意識を奪うのだ。

 義昭を傷付けないよう、というのは嘘ではないが同時に義昭に抵抗の素振りが見えたなら攻撃もやむを得ないとも考えて選んだ魔法だ。

 義昭は竜巻の中で慌てた様子もなくキョロキョロと周りを見ながら何か呟いている。 猛烈な風のせいで声は遮断されているが苦しそうな様子や焦った様子は見られない。

「効いてない──!」

 勇者である孝志相手でもさっき見たステータスからすればこうも影響を受けないことはないはずだ。 それなのに、勇者召喚に巻き込まれただけの老人相手にこんなことはあり得ない。

「姫様! 『鑑定の神石』をお願いします!」

 純魔五王国に対峙する各国の王族には勇者を補佐する神器がいくつか授けられている。 王家の血族と勇者にしか使用できないそれは『勇者召喚の儀』と合わせて王家が失われることを世界の危機と位置付けることで王家を保護するものとなっている。

 『鑑定の神石』もその一つで『神の加護』を──純魔五王国に属するものであれば『魔神の加護』──強制的に開示し相手の強さを測れる神器だ。

 システィアは首から下げたペンダントを握り締めると義昭に意識を集中する。

「彼の者の加護を今、我らが目に示したまえ──『ステータス』」

 システィアが唱えるのと同時だった。 床に突き立てた刀を抜いた義昭が自分を囲む竜巻へと振るうと、周りに暴風が撒き散らされ竜巻がかき消える。

「くっ!」

 自分の魔法がかき消されたことに衝撃を受けながら、イリアスは腕をかざして風から身を守る。 周りの人間も皆、風の勢いに前を向くことができずに各々身を守り風をやり過ごす。

 風が荒れ狂ったのはほんの数秒──嵐が通り過ぎ顔を上げたその場の人間は凍り付くこととなった。 一様に驚愕を顔に貼り付かせ、義昭のその信じられないステータスを見上げていた。


名前 草尾 義昭

称号 斬神

LV 421

HP 485621

MP 253867

攻撃力 785369

防御力 685714

体力 8456%

筋力 7935%

敏捷 10638%

智力 6821%

精神力 24382%


スキル:『武器術 LV38』『体術 LV35』『投擲術 LV30』『思考加速 LV30』『危険感知 LV48』『苦痛無視  LV40』『攻撃予測 LV42』『心眼 LV50(極)』『HP高速回復 LV50(極)』『毒物耐性 LV39』


経験値 7853486

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