双子とみたらし団子

燈夜(燈耶)

団子

 午睡とは良いものだ。

 特に、邪魔が入らなければ。


永利ながと……」


 ん?


永利ながと!」


 だれか、俺の名前を呼んでいる……いや、せっかく気持ちよく寝ているのだから、揺らすなって。


「こら永利ながと! もう授業終わったし! あんた早く英語のノート返しなさいよ!」


 目を開けてまず目の前に飛び込んできたのは碧髪のショートボブ。


「ちょっと待て、まだ写してない」


 目をこすりながら、俺。


「ぐずぐずしてると、またみたらし団子の刑にするわよ!?」

「おー、柚希ゆずき姉、みたらし団子は良いぞ良いぞ」


 元気で粗暴な声に続き、悟りでも開いたかのようなのんびりした声が続く。ちなみにこちらもショートボブの碧髪。


「お前ら、本当にみたらし団子好きだな」

「神が与えし至宝たる甘露!」


 悟りちゃんこと妹御がくわっと目を見開いた。


「美味しいんだから別にいいじゃない。あんたも食べるし」


 元気っ娘、柚希はぼそっと言った。


「いや、お前らがそれで満足なのなら、俺もそれで満足なんだが……」


 俺は二人纏めて相手にする。

 こいつらは俺と同学年の双子だ。

 ついでに家は隣だ。


「ここに嘘つきがいるぞ、柚希ゆずき姉」

「嘘つきはどうお仕置きしようか、柚菜ゆずな


 姉の柚希とは同じクラス。妹の柚菜は隣のクラスだ。

 こうして教室内に入ってきているところからすると、本当に授業もホームルームも終わってしまったらしい。

 しかしこいつら、先ほどから聞き捨てならない物騒な会話をしているぞ?


「みたらし団子作成の刑が良かろうかと」

「みたらし団子か。完成品を買うのならともかく、これは作るのが大変ね」

「ちょ、お前ら!?」


 団子を作れ!?


「決定! 永利ながとは明日、あたしたちに自作のみたらし団子を食べさせること! ただし、変なもの混ぜるの禁止!」

「勝手に決めるな!?」


 柚希が宣言するが、俺は聞いてない。

 なにを勝手に決めてるんだ、この姉妹は。


「あんたが早く英語のノートを返さないからでしょうが!」

「こうして今日も世界は柚希姉の思い通りに動くのであった。クックック」

「明日が楽しみね、柚菜」

「おう、柚希姉」


 もう、決まってしまった事らしい。

 俺の意見はいつもながらに無視されて。


「三色団子も美味いぞ? 柚希姉?」

「私はみたらしが良いわ」


 などと、俺の反対意見が通る様子は全くない。

 果ては、帰りに近所のスーパーに寄らされて、団子粉を買うのに付き合ってくる始末。

 監視されてる? 俺!?


 ──*──


 母さんが、なにか恐ろしいものでも見たような目をして台所に立つ俺を見ていた。


「永利、あんた何してるの」

「団子作ってるんだ」

「団子?」

「……いや、作らされてるんだ……」


 ボールに団子粉(白玉粉と上新粉を4:1の割合だ!)を入れ、水を入れ、混ぜる。混ぜる。混ぜる。

 粉っぽさがなくなるまで混ぜる、混ぜる、混ぜる!


 俺は嫌々やっているはずなのに。

 なぜか鼻歌混じりで進めてしまう。

 俺、もしかして家事に向いているのかな……。


 そして、適当な大きさに丸める、丸める、丸める!


「良しできた!」

「あんた永利、雪が降るから大概にしておきなさいよ?」


 酷い言われようである。

 母さんからの信頼度もゼロ。


 俺は沸騰したお湯に丸めた団子を入れた。一、二分待つと、浮いてくるのでそれを掬う。

 そして、氷水の中に入れてしめる!


「どうせなら焦げ目が欲しいな……」


 ここで、俺が欲を出したのがいけなかったのかもしれない。

 なぜなら俺は、ここで大ポカをやらかすからである。


 団子を竹串に刺して、ガスコンロで焙る……良い具合に焼けろ……焼けろ……。


 ──*──


 気が付くと、団子がだらりと垂れ下がり、竹串に火がついていた!


「火が、火が! どうしよう!? って、消せばいいのか!」

「永利!? あんたちょっと何してるのよ!」


 と、俺と母さんと二人でドタバタがあったとか無かったとか。


「火を消して!」


 ガスを消し、上着で燃え上がった竹串の炎を消して……。

 とかなどとやっていると、勝手知ったるお隣さんたる柚菜がやって来る。


「永利! 手伝いに来てやったぞ団子作り! って焦げ臭!? って何してるの! 消火器!」

「いらねぇよ!」


 柚菜の助けを、俺は蹴った。


 ──*──


『永利の家が火事だったの!? 大丈夫なの永利!? ご家族は!?』


 柚菜の報告が飛んだのであろう。

 さっそく柚希から電話で連絡が来た。


「ボヤで済んだ」

『……良かった』


 心から安心したような柚希の返事。


「柚希姉。この程度で慌てるとは、柚希姉もまだまだよのう。でも、あの時は私も『大変! 永利が死んじゃう! どうしよう、どうしよう!?』って、素で慌てた」

「嘘吐け、柚菜」


 珍しく、柚菜がそんなことを言うので俺もつい口が滑ってしまった。


「こんなことで嘘なんか吐くか! 永利のバカ! 帰る!」


 怒らせた。

 あの柚菜が怒るなんて……俺は、急いで引き留めた。


「ごめん柚菜、柚希を呼んでくれ。団子が出来た。散々だったけど」

「うるさい、帰る!」


 ああ、柚菜。ごめん。


 ──*──


 俺はあんなことがあった次の日、不安で胸が張り裂けそうだった。

 口を利いてくれなかったらどうしよう。

 それはある。

 現に、朝迎えに行ったら「すでに出ました」の返事。

 スマホに連絡しても返事がない。二人共である。

 完全に怒らせてしまったかと思うと、俺は……いや、この程度でめげちゃダメだ。

 たとえあの二人が敵になっても……いや、そんなの嫌だ。


 とはいえ。

 その時は、自然とやって来る。

 その時とは、対決の時だ。


 朝の教室。

 あいつ、柚希と目が合った。

 開口一番、


「柚菜を怒らせたそうじゃない」

「どうしてお前も連絡くれないんだよ!」

「だって柚菜も見てるもん」


 言って柚希が目を伏せた。


「……そりゃそうか」

「それで? どうして火事になったりしたわけ?」


 一緒に沈んだ俺に、柚希が理由を聞いてくる。


「団子をコンロで焙っていたら、ちょっとテレビに見とれちゃって……俺のミス。心配かけてごめん」

「良かった。とりあえず何事も無かったようで」

「でも、柚菜を怒らせたのは永利、あんたの痛恨のミス! 許さないんだから!」

「ごめん」


 俺は謝ったが、


「それは本人に言って」


 と返された。


 ──*──


 放課後。


「お前たちに報告がある!」


 俺は柚希と、いまだ目も合わせない柚菜に対して宣言した。


「なによ」

「詰まらないことだったら許さないぞ、永利」


 柚菜が初めて目を合わせてくれた。昨日ぶりである。


「大丈夫だ柚菜。お前を落胆させない自信のある報告だ。だから安心して聞いて欲しい」


 俺は柚菜に向けて宣言した。

 当然、自信満々にだ。

 すると、どうだ。

 柚菜の奴は、細い声を──出した。


「本当は口も利きたくなかった。だけど、許す。永利だから」

「ごめんなさい。そして、ありがとう」


 謝罪。そして、感謝。

 俺は、柚菜に対して真摯に向き合えただろうか。

 わからない。

 だけど、柚菜はそれ以上は言ってこなかった。


「うん。それで、報告とは?」


 柚菜が促す。


「みたらし団子が出来たのだ! さあ、家に食いに来るが良い、俺の力作を! 俺の血と汗と涙の結晶を! 火事を生き延びた、奇跡の味を!」

「永利、良くあんた失敗をしでかした後、そのテンションで引っ張れるわね」

「悪かったな、柚希」


 柚希が笑う。


「おお、永利よ……そなたは真の勇者であった」

「エンディング入ってるんじゃねーぞ、柚菜!」


 柚菜がいつもの調子に戻っていた。

 良かった。口をきいてくれなかったらどうしようと思った。


「粉っぽかったらどうしよう」

「「あるある」」


 唱和。


「味付け微妙だったらどうしよう」

「「あるある」」


 またも唱和。


「お前らな……」

「すまぬ。だが、昨日の意趣返しだ。この程度で許すが良い」

「柚菜、いい加減に永利を許してあげようよ!」

「旨かったらな!」


 柚希が言って柚菜が笑う。

 柚菜の意地悪は、もうここまでだろう。……と、思いたい!


 三人で家路を辿る。

 いつものように。いつものごとく。バカ話をしながら。


 ──さて。


 二人が俺のみたらし団子を食べて、笑ってくれたかどうかは……秘密だ。

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双子とみたらし団子 燈夜(燈耶) @Toya_4649

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