最終章。

俺とアイツの関係。

あの日から、アイツとの距離が近くなった気がする。


いつも側にいるとかそういう距離ではなく、少し遠くにいても目に入ってしまう。


今までは近くを通りかかったとしても、全く存在すら感じなかったというのに……。



「巧、仕事終わりに晩飯行く?」


「……行っても良いけど」


「巧君が素直で可愛い」


「おい、何が巧君だよ」


「アオハルって良いねぇ」



……アオハル?



あぁ、確かCMで見たやつか。


ちゃんと青春って言えよ、若者言葉なんて使うな。



「俺達はそんな年齢じゃないだろ」


「アオハルに年齢は関係ないって。俺らはいつでも10代だよ」


「お前と一緒にするな」


「はいはい。こんな調子じゃ彼女も大変だな」


「……」



彼女……鈴木綾の事を指しているが、正確には彼女ではない。


ただの代名詞で使っただけだ。


それなのに、何故かドキッとしてしまう事が多くなった。


これは何かの病かと先日まで真剣に悩んでいたくらいだ。


その悩みを花岡に打ち明けた時、一瞬の沈黙の後に腹が痛くなるくらい大爆笑されてしまった。


暫くぶりに味わった事なんだから、感覚を忘れていても仕方がないだろ。



「花岡、悪いが夕飯キャンセルだ。お前一人で行ってくれ。トラブルが発生したらしい」


「はぁ……残念だな。せっかく彼女が待っているのに」



俺も残念だよ。


暫くぶりにあの暖簾をくぐれると思ったのに。


帰ろうとロッカーで着替えていたら、連絡が入ってきてしまったんだよ。


客先で問題が起きてしまったなら、何時だろうが担当の俺が知らぬふりは出来ないからな。



「おい、俺をからかっている時間はない。部長に了解もらったから、すぐに出掛ける」


「……かなり大変なやつか。了解、彼女には伝えておく」


「後は頼む」


「淋しくなったら、電話する」


「仕事の邪魔はするな」


「じゃ、メールにしよう。顔が見たくなったら、テレビ電話しちゃお」


「やめろ」


「嫌だ」



出張用のバッグに荷物を詰めていたら、花岡は弁当を差し出してきた。


出来立ての弁当で、温かい。


ふざけていても、しっかりフォローをしてくれるし気配りも出来る。


とても頼りになる奴だ。



「サンキュー」


「俺に惚れるなよ」


「……ゴメン、惚れるかも」


「嘘!?俺、嬉しいかもっ」


「良かったな、両想いだ」


「キャー、巧君!」


「じゃ、行ってくる」


「頑張れよ」



このやり取り、他人が聞いたら危ない奴等だと思うだろうな。


でも、これは俺達なりの儀式。


問題を無事に解決して、早く帰れるようにと。


新人だった俺が担当した案件に大問題が起きた時、緊張していた俺に花岡がリラックスするようにと仕掛けてきた事だった。


そのお陰で、冷静に対応して解決できたんだよな。


まぁ、初めは何をするんだと怒ったけど。


俺も花岡に仕掛けたりで、互いに助け合って来たんだよな。



もう時間だ。


早く終わらせてあの店に……アイツに会いに行くんだ。



***



「ふぅ……さすがに疲れたな」



思ったよりトラブルが酷くて終わりが見えないかと思ったが、翌日には光が見えて解決して一泊で帰る事が出来た。


これも俺の頑張りと祈りが天に通じ、願いを叶えてくれたお陰か。


まずは会社に戻って報告しつつ、帰りがけに作った報告書を出してしまえば解放される。


そして今までは家に帰ると即シャワーを浴び、ベッドに倒れ込んでしまっていた。


だが今は、早く会って癒されたいと思ってしまう。


そんな事を思うことは無かった。


アイツの存在は本当に偉大だな……。



やっと会えると思って店の暖簾をくぐり、ドアを開けた所で満面の笑顔で出迎える奴がいた。



「おっ、巧君~!お帰りっ」


「……おい、なんで花岡がいるんだよ」


「夕飯だから?」


「木村さん、出張お疲れ様でした」


「あぁ……」



花岡の事だから、俺が真っ直ぐここに来ると読んで先回りしたのか。


未だに俺が気持ちを告白出来ないからって、反応を楽しむ為に来たに違いない。


相変わらず凄いというか、余計なことをしてくれる奴だ……。



「あら、いらっしゃい」


「あ、はい。お邪魔します……。これ、出張の土産です」


「まぁ、お気遣いありがとう。お父さん、お土産もらいましたよ」


「おぉ、わざわざありがとな。兄ちゃん、サービスするからしっかり食べてけよ」


「はい、ありがとうございます」



前回来たときは鈴木の実家だとは知らず、手ぶらで訪ねてしまった。


だが、今回はしっかりリサーチをして厳選したものを持参した。


甘すぎないもので、鈴木も食べそうな菓子を。


まぁリサーチと言っても、花岡が仕入れた情報がほとんどなんだけどな。



「ほら、お前にも。酒のつまみになるやつを選んだからな」


「おっ、巧君ってば俺の好みをわかってるねぇ。やっぱり持つべきものは気心知れた親友だな」


「はいはい、わかったからハグは遠慮するぞ」


「えー、それは残念」



俺から渡された土産を見ると、好物だったようで目を輝かせていた。


しかし嬉しいのはわかるが、俺に向かって飛び付いて来ようとするのをすかさず阻止。


周囲にいるお客が勘違いするし、迷惑だろ。



「鈴木のは……さっき渡した菓子で。多めに入ってるから食べられるだろ」


「ありがとうございます、味わって食べますね。あっ、木村さん何を食べますか?」


「俺は醤油ラーメンと半チャーハンで」


「了解です」



鈴木は俺の注文を父親に伝えると、出来た料理を客に届けていた。


店のエプロンを身に付けた鈴木は、てきぱきと動き回っている。


日中仕事をしていて疲れているというのに、それを見せずに笑顔で接客している。


俺には真似できない。


凄い奴だなと感心してしまった。



「巧、彼女可愛いだろ?その様子を見ると、ますます惚れたな」


「可愛いとかはわからないが……目が離せない」


「全く、俺というものがありながら困ったものだな」


「……は?」


「夢中になりすぎだ。過去の巧に言ってやりたいよ、彼女には優しくしてやれって」


「……同感だな」



俺は鈴木に告白された記憶がない。


それだけ印象が薄かった。


いや、俺に向かってきた全ての女達の顔を覚える努力をしなかった。


それをすることは苦手だったし、必要がなかったからだ。


花岡の話だと、鈴木が緊張しつつ思いを込めて俺に告白して来たのに冷たくあしらったとか。


これを何人の女にしてきたのか、麻痺していて覚えてもいない。


今さらだけど、酷い男だよな……俺。



「でも、今は人間らしくなったと思うよ。それは巧に本気で好きな相手が出来たって事だよ」


「そうなのか?」


「多分ね。俺にはそう見えるけど」


「……そうだといいけど」


「本気なんだな?」


「あぁ、そうらしい。花岡に言われるまで自覚していなかったけどな」



俺は鈴木が好きなんだ。


花岡のお陰で、自分の気持ちにようやく気付いた。


鈴木は俺を好きだと言ってくれた。


でもそれは過去の事だよと言われたら?


告白する事がどんなに大変か……その立場になって知るとは、最悪だな俺。



「ごちそうさまでした」

「美味しかった」


「ありがとうございました」


「また来る」


「はい、お待ちしています」


「じゃ、おやすみ~」


「おやすみなさい」



鈴木は笑顔で見送ってくれた。


俺と花岡を……だが。


振り返るのを我慢していると、片思いを楽しめと花岡は笑った。

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