男の影。

「鈴木、お前……男でも出来たのか?」


「……男?」



 同期会の飲みの席で、アイツの隣に座った総務部の主任である加藤健が妙な話題を投下していた。



 俺はあの日から全くアイツの姿を見ることはなかった。


 それを特に気にしていなかったのだが、花岡が変な気を回してこの同期会をセッティングしてきたのだ。



 半強制で参加した会をそろそろと退出しようと立ち上がったのだが、話題に上がったアイツの名前に反応した俺の足は止まり、再び自分のいた席に戻るはめになってしまった。



「加藤主任、それセクハラですよ。同期でも上司的発言なら許されません」


「……峯岸、お前は鈴木の保護者かよ」


「いいえ、私は綾のナイトです。主任、謝るなら今のうちですよ?」


「あー、そうですか。鈴木、悪かった。さっきのは聞かなかったことにしてくれ」


「わかりました。聞かなかったことにしてあげますよー」


「加藤君、良かったねー。優しい綾は許してくれるって」


「……ありがとう。って、さっきまで俺を上司扱いしていたくせに、同期目線に急降下か」


「だって、同期会だもん」


「確かに……」



 アイツ等は同じ総務部だからか、仲が良いみたいだ。


 加藤は同期の中で一番早く結婚し、昇進も早いし、人柄も良いと聞く。


 もし、俺が好きな女に願い事を1つ叶えると言ったとしたら、人柄だけは修正不可能だからそれ以外なと答える自信がある。


 俺の容姿以外に好かれる所はないと、誰もが知っているしな。



「加藤主任、今日は遅くなっても平気だったんですか?門限厳しいって聞いたことがありますけど」


「あぁ……同期会って言ったら遅くなってもいいって。メンバーも知ってるし、木村も花岡もいるし安心だってさ」


「確か、うちで現場の作業員をしてたんだっけ?年齢は1つ下で、加藤君が迫ってプロポーズしたって噂されてたよね」



……それは間違いだ。


加藤の配偶者である鈴華は、俺にフラれたその腹いせに同期の中から加藤を狙った。


出世頭で顔は良く性格も優しい、俺みたいに放置しないし冷たい態度をとったりしない。


猛烈アタックを受けた加藤も鈴華の事が気になっていたらしく、付き合って1ヶ月ですぐにプロポーズした。


これを知っているのは、俺と花岡だけ。


お互いに顔を見合わせ苦笑いし、黙って目の前の酒を飲み干した。



「鈴華って、愛嬌があって可愛いくってさ。お帰りなさいって笑顔で出迎えてくれるし。俺、今でも新婚気分だよ」


「うわぁ、加藤君がデレデレ。これってレアすぎるね」


「あー、加藤のそんな顔見たくない。ノロケは良いから。これ以上聞くと口から砂吐きそう……」


「そんな事言うなって。お前達も旦那が出来たら俺の気持ちがわかる筈だ」


「いや、結婚しても加藤君の気持ちはわからないと思う。だって私は女だし。その前に彼氏いないし、結婚出来るかどうかも謎だから」


「峯岸、お前は鈴華と違って色気は無いか。男っぽいし、同じようには出来ないだろうな。選ぶなら俺みたいな家事が出来る料理男子がいいな」


「………」



酒が入ってきたせいか、遠慮のない会話が続いている。


相変わらず俺と花岡は目で会話を継続中。


今の話題は、かなりまずいと目で訴えている。


峯岸を見てみると、加藤に対して怒っているが少し泣きそうな顔もしている。


何か地雷でも踏んだようだ。



……もしかして、峯岸は加藤を?


花岡は何も言うなと首を横に振り、峯岸をこの場から店の外に連れ出した。



「峯岸と花岡は何処に行ったんだ?」


「あ、可奈は飲みすぎちゃったのかな。花岡さんが連れていってくれから大丈夫だと思う……」


「そうか?そうは見えなかったけど」


「加藤、お前も飲みすぎているだろ。俺が会計してくるから、お開きにするぞ」


「あ、うん。ありがとう」



気配りが出来て人に優しいみたいだが、自分に想いを寄せる女がいる事も気づいてやれよ。


さっきの言葉、峯岸にはキツイだろうが。


会計をしつつ店の外を見てみると、しっかり花岡がフォローしたらしく峯岸は大丈夫なようだ。


こんな面倒が起きるから、社内恋愛は厄介なんだ。


全てが両想いになる訳ではないし、交際を拒絶したら非難を浴びる。


少しだけ加藤に同情しつつ、これだけはどうにもならないよなと心の中で溜め息を吐くと、もう帰るぞと花岡と峯岸を呼びに行く俺だった。

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