俺から離れたアイツ。
ラーメン屋で食事をしてから、アイツの姿を見ることはなかった。
姿が見えないと心配だろ?と花岡は言っていたが、俺は安心して過ごせると思った。
視界に入ると集中出来ないし、またイベント毎に俺に何かしら持ってくる事もなくなるからな。
それが数日、数週間と続いた。
欠勤しているという話は聞かないし、他部署でフロアは違っても同じ建物内にいるのに姿を見ないなんて、さすがの俺でも変だと思うようになった。
「全く見かけなくなったし、巧は鈴木さんに嫌われたのかもな」
「花岡は連絡取ってるんだろ?好かれてるみたいで良かったな」
「俺って頼りになるらしいからな」
「あー、はいはい」
アイツ……姿を見せないが、花岡とちょくちょく連絡を取っているらしい。
同期会の連絡だけかと思ったが、他にも色々とあるらしく外で二人が歩いているのを見掛けたという話も聞く。
いつもこんな流れになる。
俺が冷たく突き放した女は、優しい花岡に惹かれていく。
嫌な女達を花岡がどうこうしても別に気にはならないが、今回は何故か胸の奥が痛んでいた……。
***
「あの……木村巧さんですか?」
「……お前は誰だ」
月が変わって最初の金曜日、仕事が終わり会社を出たところで見知らぬ女に呼び止められた。
「ご本人に間違いないですよね?」
「だから、お前は誰だ」
何度も尋ねるが、名乗り出ない。
名乗らない奴に応える義理はないと思い、俺はその女を無視して従業員用駐車場へと歩みを進めた。
しかし、女は後を追ってくる。
面倒なものが嫌いな俺は、振り払うように速度を早める。
女は俺の速度について行くのが困難になったのか、大声を上げて俺に用件を告げてきた。
「待ってください!これを、受け取ってください」
そんな事を言われても、俺は受け取るという義務はない。
一部の優しい人間ならば受け取るかもしれないが、名乗りもしない怪しい女からのものは全力で拒否。
俺は無言でその場を立ち去った。
週明けの月曜の朝、出勤してきた俺の目の前に再び怪しい女が現れ、俺の手の中に何かを握らせた。
「これどうぞ。私は頼まれただけですから」
そう言うと、女は会社の建物の中へと入っていった。
怪しい女は、どうやら同じ会社で働く従業員だったらしい。
花岡なら女の名前を覚えているだろうが、俺は興味のないものを知ろうともしない。
それで仕事に支障が出る訳でもないから、未だに知らない者の方が多いだろうな。
呆れた行動に溜め息を吐き、俺に近付いてきた怪しい女に渡されたものを見ると、それは4つに折り畳んだ紙だった。
その紙を開いてみると、「私は今でも貴女が好きです」と黒い太字のペンで書かれていた。
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