俺とアイツの距離。
アイツはただの同期。
「花岡さん、次の同期会いつにしますか?」
「そうだなぁ……近いうちにしたいよね。後で一斉送信しておくよ」
「了解しました」
営業の外回りから帰ってきた時、廊下で花岡とアイツが楽しそうに話していた。
会話の内容が少しだけ気にはなったが、俺は見ないフリを装い、事務所へ入っていった。
「部長、只今戻りました」
「おぉ、お疲れ。どうだった?」
「問題なく終わりました」
「そうか。俺は社長に呼ばれてるから、戻ったら詳しく聞くからな」
「はい」
部長が社長室って……何かあったのだろうか。
見た感じ深刻そうではなかったから、悪い話ではないと思うが。
慌ただしくされると、何かが起こったんじゃないかと構えてしまう癖がある。
まぁ、心配しても仕方がないしな。
とりあえず、俺は自分の仕事をやるか。
「巧、帰っていたんだな。おかえり」
「あぁ……ただいま」
花岡が事務所に戻ってきた。
足取りも軽く、楽しそうだ。
俺を見付けたらしく、まっしぐらにこっちに向かって歩いてきた。
「どうした、元気ないな。ダメだったのか?」
「いや、問題なく終わった」
「そうか、良かった。じゃ、何かあったのか?」
「……別に何もない」
花岡はこういう事には敏感だ。
俺は言われないと気付かない。
俺は普段通りに話していた。
でも花岡に言わせると、いつもの俺と何か違っていたらしい。
「巧、無理には聞かないけど溜め込むなよ。俺ならいつでも聞く準備をしてるから」
「だから、何もないって」
「怒ってる」
「怒ってない」
「…………わかった。それなら、帰りメシ付き合えよ」
「あぁ」
何がわかったんだか。
これ以上話しても喧嘩になるだけだと判断した俺達は、話を終えて仕事に戻った。
***
「少し遅くなったか……」
花岡が待ち合わせに指定したラーメン屋『すずたけ』に着いた。
外観を見ると年期が入っていて、いかにも昔から営業している店って感じが出ている。
ここの店の前を何度か通った事はあったが、入るのは初めてだ。
ガラガラガラ……。
暖簾をくぐりガラス戸を開けると、忘れていた食欲を思い出させるスープの良い匂いで腹の音がぐぅと鳴った。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「あぁ……遅くなった」
店の奥にある座敷から俺を見て手を降る花岡。
その隣には、アイツがいた。
「俺が鈴木さんを誘ったんだ。一緒に良いだろ?」
「……別に構わない」
「良かった……」
ここで俺が同席するのは嫌だと言ったら、どんな反応をしただろうか。
でもそんな事を言えないくらい、アイツはとびきりの笑顔を見せていた。
席に座ると花岡はサッとメニューを俺の前に広げる。俺だけに見せずにアイツにも選ばせればいいだろうに。
「お前は?」
「もう注文してあるよ。鈴木さんもね」
「あ、そ」
レディファースト精神の花岡にしては珍しい行動をすると思ったら、そういう訳だったか。
俺がメニューへと視線を向けている時、花岡とアイツは和やかムードで会話を弾ませている。
これでは俺が二人のデートを邪魔をしているような感じだ。
俺は二人の空気を払うかのようにコホンと咳払いをすると、店員さんに向けて声を放った。
「……すみません、中華そばとミニ炒飯下さい」
「は~い。お父さん、5番のお客さんに中華そばとミニ炒飯ね。お兄さん、順番で作るのでお待ちください」
「はい」
「意外と食べるんですね」
「そうだな、巧にしては珍しい」
「……いつもこんなもんだ」
「そうか?」
「そうだよ……」
「じゃ、そういう事にしておいてやる」
「…………?」
こういう時の花岡がする鋭い指摘は返事に困る。
今の雰囲気で無性に食べたい気分になったと言ってしまったら、変に勘ぐってくるだろうし。
変な返しをするなよと花岡を睨んでやったが、クスッと笑うだけ。絶対に妙な妄想をしているだろう。
ただ鈍感なアイツは俺達のやり取りを変に思わなかっただけ救いだな。
俺と花岡が無言の会話をしている間に、注文したものがテーブルに運ばれてきた。
中華そばが三つとミニ炒飯が一つに餃子が大皿に12個。
「おまたせしてしまってごめんなさいね。餃子……多めにしておいたから」
「お母様、ありがとうございます」
……お母様?
「手伝わなくて平気?」
「こっちはお父さんとやってるから、大丈夫よ。綾はお客様の相手していなさい。こんなイケメンが来るなんて凄い事よ?次はおしゃれしておくからね」
「そう言われたら、俺達また来ちゃいますよ」
「いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
……なんなんだこのやりとりは。
花岡は随分と親しそうだが。
それに、店を手伝うとか名前で呼ぶとか……。
おい、おい……待てよ、ここはアイツの実家なのか!?
普通、何かしらの手土産持参で来るべきだろ?
あ、いや……誤解を招くと困るから説明するが、特別な感情を持っているからではなく、同期として……礼儀は必要かと思っただけで。
それにしても、花岡は何故先に知らせなかったんだ?
再び花岡を睨んでやったが、俺から目線を外して知らん顔をしてきた。
アイツの実家だと知りませんでしたなんて、この流れで言えず、俺はただ黙って会話を聞いている事しか出来なかった。
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