花岡優真の女性問題。
「今夜は空いてるよね?」
「……いや、先約があるけど」
「いつも先約があるって言ってるけど、本当なの?私が嫌いだから断る口実に使っているだけなんじゃない?私と付き合ってるんだよね?」
「……いや、付き合ってないけど。付き合ってるなんて言ったっけ?」
「それ、酷くない!?頼まれても付き合ってあげないし。こっちから願い下げだから」
……ピシャッ。
水をかけられた。
この時期に水なんて、風邪ひいたらどうしてくれるんだよ。
これだから意識過剰な女って、扱いに困るんだよな。
***
「もしもし、先輩……俺、水かけられて風邪ひきそうです」
「優真、恩に着る。クリーニング代と諸々請求して良いから」
「手間がかかった分、上乗せしますからね」
「あぁ、構わないよ」
「ヨロシクです」
さっきのは、俺の彼女ではない。
先輩の女が別れ話を持ち出しても諦めず、ストーカー並みに付きまといが酷くて、どうにかして諦めるよう仕向けて欲しいと頼まれた。
勿論、好き好んでやっている事ではない。
副業みたいなものだ。
副業といえど、こういう類いの案件を何件も受ける訳ではない。
男女間の揉め事とか、恋愛の橋渡し、離婚問題とか。
俺まで恨まれて刺されたら困るレベルのものは断っている。
しっかりと審査してから決めるのが俺流のやり方だ。
***
「聞いたか?あの花岡、女にこっぴどく振られたらしい」
「マジで!?」
「あぁ、現場を見たやつがいるって」
「やっぱり、顔より性格で選ばないと女は苦労するな」
「だな」
……おい、どの面下げてモノを言っているんだ。
お前達こそ女に貢いだ挙げ句、捨てられただろ。
これだからモテない男のひがみは困る……。
「へぇ、俺も見たかったな」
「き、木村!?」
「何だ、俺が聞いちゃダメだったか?」
「いや……」
「俺、そろそろ戻るわ」
「お、俺も」
「何だよ、皆で戻ることないだろ。最後まで聞かせろって」
俺の噂を聞くのも胸くそ悪いが、花岡の噂も酷すぎて聞いている途中でイラついてしまった。
だからいつもは取らない行動をしてしまった訳だが……。
あの花岡が女にフラレるなんて事があるのか?
さっきの奴等ならあり得る話だが。
ただのモテない男のでっち上げだろうな。
***
「花岡さん、先日はありがとうございました。良かったら、これ……食べてください」
「俺、お礼言われるような事はしてないよ?」
「花岡さんに自覚はなくても、私は助かりました。それ、焼き立てのたい焼きです。木村さんの分も入ってますからどうぞ」
「お、ありがとう。巧、喜ぶよ」
「では、失礼しました」
花岡がアイツと笑顔で会話している。
しかも何かをもらったようだ。
俺以外の奴等が、興味本意でわざわざ通りすがりを装い、見物までしている。
これで変な噂をされなければ良いが……。
「おっ、巧。良いところに来たな。鈴木さんからお礼にってたい焼きもらったんだ。お前の分もあるから、熱いうちに食べよう」
「あぁ、さんきゅ」
アイツはわざわざこの為に来たのか。
俺等に関わると噂の的になることを知らないのか?
それとも知っていて、あえて自分の身を危険にさらしたのか。
「たい焼きなんて久しぶりだよ。おっ、これ……巧が好きなつぶ餡だな」
「……旨いな」
「お前の好みまでリサーチ済みだったとは。本当に好かれてるな」
「……偶然だろ」
「そうか?」
「そうだよ」
俺が行くたい焼き屋は、大抵つぶ餡だし。
たまにカスタードとか変わり種のやつも食べたりするけど。
薄い皮のヤツもすてがたいな。
焼き立てのパリパリ皮と熱々の餡が、またたまらなく旨いんだ。
一時期、白いモチモチ皮とかクロワッサン生地のたい焼きもあったが、やはり王道の昔ながらのやつが俺は好きだ。
「こういう時は、渋い緑茶が良いな」
「俺は牛乳でも良い」
「社内にはホットミルクの自販機すら無いからな。どうしても飲みたかったら、休憩室に行ってもらってこい」
「そこまでじゃない」
「はいはい、巧は素直じゃないんだから。今度たい焼きがある時は、先に牛乳を用意しておくよ」
「……緑茶買ってくる」
「巧、愛してるよ」
全く、人が何かしてやるといつもこうだ。
だから、社内の連中が俺と花岡が怪しい関係だとか勘違いするんだろう。
妄想ばかりしていないで、真面目に仕事をしろっての。
俺は自販機で緑茶を二人分買うと、周囲の変な視線を蹴散らしつつ、俺の帰りを待っている花岡の元へと急いだのだった。
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