二人きりの夜。
カタ……。
「……ん」
花岡が帰ったのをしっかりと確認し、ソファで寝ていたが物音がした気がして目が覚めてしまった。
あの女が起きたのだろうか。
ゆっくりと体を起こすと部屋の明かりをつけ、俺の部屋へと歩みを進めた。
「……おい、何をしている」
俺の部屋へ入ろうとしたが、何故か中へ入れない。
部屋にカギをつけた覚えはないし、あの女がドアノブを掴んで侵入を阻止しているようだ。
「あの……ここは何処ですか?」
「ここは俺の家で、お前がいるのは俺の部屋」
「服、私の服が無いです」
「それはお前のせいだ」
ドア越しだが、昨夜の出来事を事細かに話した。
勿論、俺の上着に吐いたことも。
女は自分の服も汚してしまったので、仕方なく着替えさせたから勘違いするなとも伝えた。
「え……」
やっと状況を把握したのか。
引いてもびくともしなかったドアは、静かに開かれていった。
部屋に入ると、女は床にへたり込んで放心状態。
俺が無理やり家に連れ込んだとか、いかがわしい行為をしたとか、ありもしない想像を巡らせて勘違いしていたようだ。
「俺に何かされたと思っただろ。お前みたいな女は相手にしないから安心しろ」
「あはは……ですよねぇ」
「わかったら、寝ておけ。着ていた服は洗っておいたから、朝には乾くだろ」
「ありがとうございます……」
こういう時、乾燥機を買っておけば良かったと思ってしまう。
洗ってすぐに乾燥機に突っ込めば、朝まで部屋で寝かせる事もなく、俺の寝床も奪われずに済んだのにな……。
「わかったらベッドに戻れ」
「でも、そうすると木村さんの寝る場所が無くなるので、私がそのソファで寝ます」
一応、この女は申し訳無いと思う心があるようだ。
だが、俺がベッドを使うと問題が2つ発生する。
シーツを交換し直さなくてはならない事、俺の大きめなトレーナーを着た女をソファに寝かせたら、無断侵入してきた花岡が欲情し、女が襲われる可能性がある事だ。
「ソファは俺が使うからダメだ。家の主が使えと言ったんだから、黙って従え」
「……はい。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「あぁ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
女にはあぁ言ったが、ソファでゆっくり寝れる筈もなく、目が冴えてしまう。
いつもの週末より疲労感が半端ない。
こうなると予想していたから、俺の家には連れてきたくなかったんだ。
それなのに花岡は俺の家が適切だと断言して、精神的ダメージを受けた俺が反論できないうちに実行してしまったんだ。
その花岡は、帰ってからしつこく状況を通信アプリで聞いてくる。
返事をせずに放置していたら、電話までかけてくる。
そんなに気になるなら、お前が連れて帰れば良かっただろうと、ソファに置いてある癒し系クッションを抱き、大きな溜め息を吐いた。
カチ、カチ、カチ……。
普段は気にならない音が鮮明に聞こえる。
「こんなに時計の音が煩かったか?」
眠れない苛立ちから、壁にかかった時計を睨んでしまう。
時計には罪はない。
ただ役割を果たしているだけなのだ。
「……これもあの女のせいだ」
本来恨むべき者を思い出し、ドア越しに恨み言を吐いた。
寝てしまえばあっという間に朝になる。
だが、今夜は眠れそうにない。
眠るのを諦めた俺は、DVDを棚から何本か取り出した。
DVD専用棚には、洋画や邦画の古いものや最近のものまでジャンル問わず数十本入っている。
そして、いつの間にか花岡が混入させた大人の男性向けDVDも何本かあったりする。
勿論、未開封だが。
花岡が選んだものは、パッケージを見ただけだが、コスプレとか奥様とか……そういうプレイの内容が凄いと書いてあった。
第一、俺の趣味ではないものを入れて何をさせたいのか……。
全く、困った奴だよ。
「さてと、これにするか……」
選んだのは、海外映画『ネバーエンディングストーリー』だ。
とあるウェブサイトによると、1984年に公開され、日本では1985年に公開されたらしい。
母親がこの映画を好きでDVDを購入し、何度も観ていたらしい。
その影響か、子供の頃は俺も一緒になって楽しんでいた思い出がある。
大人になって観るとまた違った感じ方が出来た。
CGを使っていない当時の技術に驚き、曲中に流れる歌も好きなので別の視点でも楽しめる。
俺が選ぶ童心にかえる事が出来る作品の1つだ。
今の時間は真夜中、もうあの女は寝ているだろう。
このマンションは防音がしっかり施されてはいるので近所迷惑にはならないが、万が一あの女を起こしてしまうと俺が大変なので、ヘッドフォンをしてDVD観賞を始めた。
これなら好きな音量で楽しむことが出来る。
ゆったりソファに寄り掛かり、のんびりとした時間を過ごす。
そして物語が中盤に差し掛かった頃、背後から肩を叩かれた気がした。
だが、この部屋には誰もいない筈なので、気のせいだと思い、続きを見始めた。
「この映画って面白いですよね」
「ぶおぁ!?」
ヘッドフォンを外され、突然耳元で話し掛けられた俺は、驚きのあまりソファから転がり落ちてしまった。
「す、すみません、大丈夫ですか!?」
「お前……、突然現れるな!」
「何度か話し掛けたんですけど、聞こえなかったみたいなので……ごめんなさい」
「ったく、他にもやり方があるだろ。いてぇ……」
思いっきり腰を打ち付けてしまったが、ずっと痛がっているのも格好が悪い。
しかし、もう痛くないと言うのも面白くないので、少し困らせてやろうと思った。
いつまでも立ち上がらずにいた俺に、女は対応に困っているのか、かなり動揺している。
傍から見ると、嫌な男だと思う。……が、俺は睡眠を邪魔されていて不機嫌だった為、そんな事を気にする余裕など無かった。
「……動けますか?」
心配そうに様子を見ていた女は、俺に手を差し出してきた。
ただ困らせようと大袈裟にしただけなのに、本気で心配しているのか。
多分これ以上過剰な反応をしてしまったら、救急車まで呼びそうだな。
「大丈夫だ。それより、こんな時間にどうした」
「喉が渇いたので、水でも飲もうかと」
「そうか。それならそこで座って待ってろ」
「あの……教えてくれれば自分でやります」
「いや、俺がやるから」
勝手にモノを動かされては困るので、あの女にじっとしているように言った。
しかし、こんな夜中にあんな姿で男の前に出てくるなんて、無謀すぎるだろ。
俺に言われた通り、女はソファに大人しく座っている。
だが、膝を抱えて座っている姿が……問題だ。
いくら俺のトレーナーが女には長めの丈だとはいえ、あの格好はアングルによっては危険。
俺を誘っているのか?
……いいや、そんなタイプの女には見えない。
度胸があるのか、鈍感なのか、それとも……俺を男として意識していないのか。
いくら色気がない女でも、花岡がいたら間違いなく速攻で押し倒されているぞ。
「おい、こんな時間だし水より温かいもの飲むか?インスタントで良ければ、ココア、コーヒー、ゴボウスープがあるが」
「ゴボウスープ?」
「あぁ。旅行に行った時に機内販売で買ったやつだ。けっこう旨い」
「じゃ、そのゴボウスープ飲んでみたいです」
「了解」
俺があの女と普通に話している。
寝不足で変なテンションになっているようだ。
ふと考えてみると、同じ空間に長時間いる事も不思議だ。
過去の彼女と呼ばれていた女だって、俺の部屋には呼んだ事もないのに。
シュンシュンと薬鑵の湯気が音を立てるまで、ぼーっとそんな事を考えていた俺。
そんな俺にフッと笑い、各々のカップにお湯を注いだ。
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