初めての夜は長い。
「お姉さん、これから俺達と何処か行かない?」
「行きません。私は部屋に戻るんだから」
「それじゃ、俺達の部屋まで行こうよ」
「嫌です」
「いいじゃん、俺達と一緒の方が楽しいよ」
「楽しくないです」
「それは残念だな。それなら、俺達が部屋まで連れていってあげる」
「ありがとう」
さっきの女をやっと見つけたと思ったら、酔っ払いの男2人に絡まれている。
会話から推測すると、あの女をうまく騙して男達の部屋に連れ込むようだ。
このまま見過ごすと花岡に恨まれそうだ。
仕方ない、俺が動くしかないか……。
「おい、部屋はそっちじゃないぞ」
「あっ、木村さん」
「何だお前、関係ない奴は引っ込んでろ」
「関係ない奴じゃない。その女は俺の知り合いだ」
「知り合い?そんなの嘘だろ」
嘘などついて俺に何の得があるんだよ。
会社の同期なんだから、知り合いで間違いないだろうが。
知らない奴等にいちいち説明するのも面倒だし、ここは強行手段に出るしかないか……。
「帰るぞ」
「はい」
「おい、待て」
「逃がすな」
俺はズカズカと男達の間に割り込み、女の腕を掴むとその場を脱け出した。
女は俺の行動に一瞬驚いていたが、嬉しそうにしている。
男達は俺に女を連れていかれたのが悔しいのか、怒りながら追ってきた。
そんな危機的状況の中、女はにやけた顔で走っている。
その光景を見て、一瞬助けなければ良かったと後悔しそうになったが、そこは思い止まって女と共に逃げ続けた。
それを見て興ざめしたのか、それとも疲れ果てたのか、男達は追って来なくなった。
「もう追っ手は来ないし、大丈夫みたいだ。店に戻るぞ」
「うっ……きもちわるい」
「おい、大丈夫か?」
「ダメです……」
「待て、ここで吐くな。もう少し我慢しろ」
逃げ続けたせいでカラオケ店からかなり離れた所まで来てしまっていた俺は、何処か休める所がないか周囲を見回した。
今俺達がいるのは、華街の奥まった場所。
そういう場合、決まって多いのが……大人の宿泊所。
俺達をチラ見しつつ、その場所へと吸い込まれるように入っていく二人連れ。
「ここで長居するのはまずいよな……」
「木村さん……もうダメ」
「おいっ、あ"ぁ……」
***
「ったく、何で俺がこんな目に……」
「いい経験になったな」
「楽しそうに言うな、これもお前のせいだろ」
「さぁね」
あの女が粗相をした為、俺の上着が悲惨な状況になってしまった。
このままタクシーに乗る事も出来ず、花岡に救援を求めた俺。
連絡を受けて駆け付けた花岡は、俺の状況を見て爆笑。
その行動に怒る俺を見つつ、花岡はゴメンと言って再び笑った。
今、俺に被害を与えた女は、何事もなかったようにベッドで爆睡している。
ベッドと言っても、運び込んだのは俺の家。
花岡に聞いても家は知らないというし、あの場所から近かったのが運悪く俺の家だったからだ。
「それにしても、久しぶりにお前の部屋に来たけど相変わらず何もないな」
「嫌みを言うなら、さっさと帰れ」
「冗談だよ、シンプルでいい部屋だって」
「あ、そ」
シンプルでいい部屋か。
必要な物しか揃えていないだけなんだが、殺風景に見えると言えば、否定は出来ない。
でも、俺にはこのくらいがちょうどいいんだよな……掃除が楽だし。
「俺も泊まっていい?」
ベッドは1つしかないし、ソファだって1つだけ。
花岡が泊まってしまったら、どっちかが床で寝るしかない。
そうなったら、俺と一緒に床で寝るとか言い出しそうだ。
「ダメだ、帰れ」
あの女から自分の身を守る為には必要だが、やはり花岡がいるとゆっくり休める気がしない。
子犬のように目をキラキラさせて俺に訴えかけているが、絶対に泊まるのはダメだ。
「巧、まさか鈴木綾と……」
「変な想像をするな。あんな女と何かある訳ないだろ」
「どうだかねぇ」
どうだかねぇって何だよ。
お前ならどうなるか想像できるが、俺は違うだろ。
「いいから帰れ」
「はいはい。月曜日、報告待ってるから」
「そんなの無い」
やっとの事でドアの外へ押し出し、花岡は帰っていった。
去り際にピンク色の展開を期待する目をしていたが、何も起こさないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます