同期会。
とうとう退勤時間になってしまった。
今日に限って、部長の計らいにより全員定時で帰れという俺にとっては嬉しくない命令が出てしまった。
「花岡が言っていたぞ、木村は10年ぶりに同期会に参加するらしいな。せっかくの機会なんだから、残業せずに帰れ」
「……わかりました」
「さすが部長、御配慮ありがとうございます」
「ほらほら、お前達も早く帰れよ。遅くまで残った奴は、俺と飲みに行くぞ」
部長と飲みに行く方が俺的には良いのだが。
そう言いたかったが、そうもいかないよな……。
俺には同期会っていうのがあるし。
「部長、お先に失礼致します」
「あぁ、お疲れ様。楽しんでこいよ」
「はい、勿論です」
全く、余計なことをしてくれたよな。
こういうのをありがた迷惑っていうんだぞ。
大きな溜め息を吐くと、テンション高めの花岡を一睨みした。
***
「……ここか」
花岡からメールで送られた同期会の場所に到着した。
ここは某有名チェーン店で大きめの居酒屋だ。
店の暖簾をくぐると、タイミング良く花岡が迎えに来た。
「悪い、遅くなった」
「皆が待ってるぞ」
「あぁ」
花岡と同時に会社を出たのに、俺は集合時間を1時間も過ぎてしまった。
取引先からの電話対応で、事務所へ戻ることになってしまったのだ。
俺的には、何とかして長引かせても良かったのだが……悪巧みは出来ないらしい。
「お疲れ。まずはビールか?」
「いや、ウーロン茶で。疲れているからすぐに酔いそうだし」
「了解」
奥の広い座敷に通され、同期の面々にペコリと軽く挨拶する。
空いている場所に腰を下ろすと、誰がいるのか見回した。
寿退社した女を除けば、メンバーは変わっていないらしい。
だが、俺にはそう言われてもわからない。
関わっている奴を除けば、誰が誰だか、今でも覚えていない。
俺の唯一の弱点が、これ……最悪だろ。
昔から顔と名前を一致させられるまでに時間がかかっていた。
それなのに営業部へ配属されてしまい、取引先の相手を覚えるのにかなり苦労していた。
……いや、今でも新規が出ると苦労しているが。
それを知ってか知らでか、花岡はよく俺に絡んできた。
同じ職場で、周囲の皆も呆れるくらいだった。
それで、花岡という存在を覚えてしまったのだ。
「あえて俺の隣を空けておいてやったぞ」
「さんきゅ」
「おぉ、巧から礼を言われた。すごいぞ、すごい~」
「煩い」
あぁ、余計なことを言ってしまった。
花岡の配慮に感謝しただけなのに、言わなければ良かったな。
テンション高めの奴が、更に拍車がかかってしまった。
「木村、お前のだ」
「あぁ……どうも」
注文したウーロン茶が届いた。
隣の奴がそれと同時に話し掛けてきたが……誰だ?
「巧、お前の隣の奴は技術部の
「技術部の山田……。名前は聞いたことがある。いい仕事をするって先輩が言ってたな」
「ありがとう。社交辞令でも嬉しいよ」
山田は余程嬉しかったのか、ジョッキに残ったビールをグッと飲み干した。
嘘は言っていないからなと伝えると、少し照れていた。
同期会の終わりが近付くにつれて皆の酔いが回ってきたようで、かなり賑やかだ。
俺はそんな皆を冷静に見つつ、目の前の冷めかけた唐揚げとポテトを平らげる。
さてと、次は何を食べようかとメニュー表を見ていたら、強い視線を感じた。
一瞬の事なら放っておこうと思ったが、それがずっと続いている。
素面の俺が珍しいのか、それとも盛り上がっていない俺を憐れんでいるのか。
疲れているのに変な気をこれ以上送らないで欲しいと思い、顔を上げた。
「木村さん、唐揚げ好きなんですか?」
……この女は誰だ?
さっきの視線は消えたが、変な女がやって来てしまった。
しかも俺の許可なしに、ほろ酔いの女がビールジョッキ片手に隣に座ってきたのだ。
俺は酔っ払いの相手をしたくないと思い、その女を無視し、メニュー表へと視線を戻した。
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