アイツの名前は鈴木綾。

二度目の会話。

 今朝の出来事は全く記憶に残っていない。

 花岡に言われて同期入社の女だと知ったくらいだ。


 ……鈴木綾、そんな名前の女がいたような気もする。ただ、顔は覚えていない。


 用事があって総務部に行った時、視界に入っていたのだろうか。


 いや……無いな。



「今週末、同期で飲みに行くか。巧も参加な」


「はぁ!?何で今さら」


「入社以来なんだから良いだろ。拒否権は無しな」




「……わかったよ。後で場所教えろ」


「了解」



 俺が参加する同期の飲み会は、入社時から数えても1度しか無かった。


 何故なら、俺が飲み会の雰囲気をぶち壊したから。


 前回と同様の事があるかもしれないのに、花岡は絶対に参加しろと言う。



 間違いなく、何かある。


 そう思うからこそ、不参加にしたい……。



「週末が楽しみだな」


「……俺には気が重いだけだ」


「そう言うなって」


「次は参加しないからな」


「はいはい。でも、その決断は早くないか?行ってみないと分からないだろ」


「いいや、わかるよ」



 ただ同期が集まって愚痴やら社内の噂、最終的には誰かの恋愛話や不倫話とかに花が咲くんだろ。

 それのどこが面白いんだか、俺には理解不明だ。


 どうせ参加するなら、自分の仕事に有益な話題を提供してもらいたいものだ。



***



 行きたくないと思っていると、その日があっという間に来るもので……。



「今夜だぞ、忘れるなよ」


「わかってるよ……」



 とうとう同期会当日になってしまった。


 花岡は朝からテンションが高く、俺に絡んでくる率が多くなっていた。



「木村、今夜は予定があるのか」


「富田部長、申し訳ありません。俺が先約で入れてしまいました」


「そうか、花岡が相手か。それなら納得だな」


「ありがとうございます。俺、巧を独占します」


「ハハハハ、木村は愛されてるな」


「……俺は迷惑してますけどね」


「巧~、恥ずかしがるなって。そのツンデレも好きだぞ」


「…………」



 昼休憩が終わる頃、花岡に絡まれて迷惑していた俺。


 そんな俺達を楽しそうに見ていた営業部の富田和信とみたかずのぶ部長は、仕事に厳しいがプライベートは優しい。


 そんな部長だから部下もついていける。


 でも、俺が花岡に愛されているなんて言って欲しくなかった。


 その一言によって、俺の変な噂は信憑性が高くなってしまうじゃないか。



「失礼します」


「おっ、珍しい人が来た」



「誰だ?」



「……あの、富田部長。回覧です」


「おぉ、ありがとう。ご苦労様」


「いえ、では失礼致します」



 ……ん?


 部長との会話をしていた時、他部署の女が社内覧を届けにきた。


 花岡が話し掛けていたから、知り合いの女だろう。


 その女が部屋を出る時、変な視線を送ってきたような……。



 俺が会話をしているのが珍しかったのか。


 それとも……噂は本当だったんだと珍獣を見るような目で見ていたのか。


 

 いつもの俺なら気にしないのに、この時だけは何故か気になってしまっていた。

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