アイツとの初めて(?)の出会い。


「いよいよ明日はバレンタインデーだな」


「……だから何だ」



「いくつ貰えるか楽しみだ」


「受け取ってもお返しが大変なだけだろ」



「それもまた楽しみなんだよ」


「あ、そ。俺には関係ないけど」



 昨日から事務所内の雰囲気が変だ。


 男性は、花岡のように口には出さないが、相当浮かれている者、諦めモードになっていて落ち込んでいる者、貰える当てがあって落ち着いている者。


 女性は、義理チョコをいつ渡せば良いかとコソコソ集まって相談していた。



 このバレンタインデーという行事は、関係ない者にとってはとても迷惑なものとしか思えない。

 しかし、恋や愛する人達にとっては大切な行事なので、無くせとは言えないのも辛いところだ。


「巧、今年こそ誰かのチョコを貰うんだろ?」


「いや、そんな予定はない」


「でも、予定は未定だろ。お前の好みは知らないが、ビビッと来た女性から受けとれば良いよ」


「ビビッとねぇ……」



 そんな奴が現れるとは思えない。


 自分で言うのもなんだが、俺の性格は良くないからな。

 もし仮にそういう相手が世の中にいたとしても、俺はそれに気付きもしないだろう。



「……巧、誰か紹介しようか?」


「断る」


「即答か、少しは考えろって。このままじゃ、すぐにジジイになっちゃうぞ」


「別に構わない」



「……重症だな」



 重症とか言われても意味不明だ。


 たかがチョコだろ。



 そう思っていても、俺にはチョコがやって来る。


 だが拒否できないモノもある。


 事務所内で配られる義理チョコは、受け取るしかないんだよな。



 もし本命目的でチョコを押し付けて来る奴が現れたら、容赦なく追い返してやる。



***



 バレンタインデー当日の朝、いつものように出勤してきた。


 エレベーターを降りて、営業部の事務所に向かおうとした時、それはやって来た。



 廊下の向こうからバタバタと走る大きな音が近付いてくる。


 何事だと皆が注目していると、俺の目の前でパタッと止まった。



「あ、あの……これ私の気持ちです。受け取ってくださ……」


「無理」



「……え?」



「だから、無理。いらないから」


「ごめんなさい……」



 お決まりのセリフを言ってきた女。


 そして、それを最後まで言わせなかった俺。


 その光景を見ていた、偶然通りかかった社員達。


 

 あぁ、ここで断ったのはまずかったかと思ったが、既に遅し。


 その場の空気が一気に凍りつき、顔面蒼白になった女は、勢いを無くし帰っていった。



 これがアイツとの初めての出会いだった。

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