バレンタインデー

事の始まり。

「あ、あの……これ私の気持ちです。受け取ってくださ……」


「無理」



「……え?」


「だから、無理。いらないから」



「ごめんなさい……」


 突然俺の目の前にやって来てお決まりのセリフを言ってきた女は、顔面蒼白になり帰っていった。



 俺は、木村巧きむらたくみ

精密部品を扱う製造業の営業部に所属している。


 年に1度行われる行事、バレンタインデーというものは、疲れるから嫌いだ。


 毎年、この行動を何度繰り返せば良いのだろうか……。



***



 高校卒業してから入社しているので、社会に出てからは最低でも10年はこの光景を見続けている。


 俺の噂が広まれば、迷惑行動をしてくる女も減るかと思っているのだが……無くならないのが不思議だ。


「あ~あ、また振ったのか。貰えるものは貰っておけば良いのに」


「煩い。欲しければ、お前が貰え」



 この男は同期で、昔からの知り合いのように俺に絡んでくる花岡優真はなおかゆうま

 一見チャラ男に見えるが、女には優しいので人気がある。


 俺とは正反対の奴だ。



「お前、何人フルんだよ。そんな事しないで、その中から彼女にすれば良いだろ」


「そんなの俺の勝手だろ」


「そうだけどさ、寂しくない?」


「全然」



「あ、そ……」



 俺は決して彼女を作りたいとは思わない。

 束縛される事や面倒な事が嫌いだから。

 そんな暇があったら、仕事に専念する。



 「花岡、そろそろ始業時間だぞ。のんびりしていて良いのか?」


「何が?」


「ボード見てみろ」


「あ、俺が朝礼の当番じゃん。やべ……何も考えてなかった。巧、何か無い?」


「無いな」


「相変わらず冷たいなぁ。仕方ない、何とかするか」



 何とか出来るなら聞くなよ……といつも呆れる俺。


 そんな俺に、何故か花岡は笑みを浮かべていた。



***



「総務部の鈴木綾すずきあやだったんだな」


「何が?」


「今朝のお姫様」



「お姫様?」


「氷の王子と呼ばれているお前に告白してくるんだから、姫だろ」



 姫って感じでは無かっただろ。


 どんな女だったか思い出せないが。



「まさか、鈴木綾の顔も忘れたとか言わないよな……?」



「その名前すら知らん」


「はぁ……俺達と同期入社も覚えていないとは。いくら女性に興味がないとはいえ、酷すぎるな」


「その誤解を招く言い方は止めろ。女性に興味がない訳じゃない。関わりたくないだけだ」



「……同じ事だろ」



***



 いや、同じではない。

 こんな態度をとっている俺だが、高校時代は彼女がいた。


 ……ただ、長続きはしなかった。


 俺の態度は変わらないのが不満だとか、余所見をしている訳でもないのに、自分だけを見て欲しいとかヤキモチを妬かれたり。


 あぁ、あとは2番目でも良いから付き合って欲しいと言ってきた変わり者もいた。


 結局、顔が良い俺というブランドを身に付けたかっただけなんだと思い知らされた。



 こんな黒歴史を持っている俺の弱味を知った花岡は、時々面白がって言ってくる。


 一緒に飲みに行った時、泥酔した俺がつい口を滑らしたらしい。


 あぁ……あの時の俺、何故コイツに話したんだよと、未だに自分自身に腹を立てている。


***



「とにかく、今朝の事は終ったんだ。これ以上は言わないでくれ」


「はいはい……」



「ちょっと休憩室に行ってくる」


「いってらっしゃい」



 ……ふぅ、疲れるな。こうして息抜き出来る環境で良かった。


 それにしても、今朝の女が同期入社した奴だったとは。それならば俺の噂を知っている筈だよな。



「女には興味がない氷の王子」という俺には信じがたい噂。



「俺の事を知らないくせに、本当に言いたい放題だよな……」



 まだ誰もいない広い休憩室で、思わず溜め息と共に出てしまった俺らしくない本音。


 これも今日のイベントのせいだと、壁にかかったカレンダーを睨んだ。

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