第2話 プリンセスの伴侶


 朝の冷気の中で、リュックのいななきが、何度も森の中にこだまする。

 クレープの意識は次第にはっきりしつつあった。


 透明感のあるペガサス…リュックの羽根はというと、それは素晴らしく美しい。バサッと大きく伸長すると体長を遥かに凌駕する、猛禽類のそれのような形状の…差し渡し6フィートを超える白銀色の、グライダー型の巨翼が出現する。軽やかに羽搏くにつれ、翼は春の陽射しを受けてキラキラと耀く。真珠を思わす幻惑的で清らかな色彩の、天国にしかないであろうような美麗な饗宴…

 ちょっと大げさに言うとそれほど美しい。

 

 クレープの半覚半醒の意識野にはリュックの記憶と声やイメージが交錯している。


 まだ子供のころにクレープの伴侶となったリュックには母親や兄弟の記憶がない。

 森の奥深くの白頭鷲の巨大な巣に、間違えて連れ去られてきていたリュックを、クレープが見つけた。半死半生だったリュックを、三日三晩懸命にクレープが看護して、やっと一命をとりとめたのだ。半ば伝説の存在であるペガサスという種族の生態はほとんどわかっておらず、このファンタージェン全体にもいったいどれだけ生き残っているのかははっきりしない。王立図書館のぼろぼろの古文書に、何千年か前にペガサスを育てたという王族の記録が残っていて、その記録をもとにしてクレープはリュックを一人前の成体となるまで育み、慈しんだ。そのかいあってリュックは素晴らしく大きな、健康極まりない、膂力と飛翔力にすぐれたペガサスとなり、二人は一対の夫婦のごとくに一心同体の比翼連理となったのである。

 もっともリュックは雌だったが…


 「リュック」、という名前はクレープの夭折した双子の姉の名前だった…

 本当にリュックには姉の魂が宿っているのではないか?

 クレープにはそんな気がするほどに、リュックは愛情が濃やかで、いつも優しくクレープを庇い、全力で守ろうとするのだ。

 このペガサスほどに強くて聡明で勇敢な偶蹄目は見たことがない…王立競馬場の調教師も舌を巻くほどにリュックは群を抜いた“α”、優性の個体で、ファンタージェン最高レベルのサラブレッド達をも睥睨する「優駿」であった。


(続)

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