第69話 拳聖VSファフニール
第69話〜拳聖VSファフニール〜
ファフニールに取って人間などと言う存在は歯牙にかけるようなものではなく、ただの目障りな存在であり時には自分の血肉になるような矮小な存在でしかなかった。
吹けば飛んでなくなるような小さな存在。だからこそファフニールはその昔、大空の支配者として君臨していた頃、地上に生きる人間に気を配ることなど何一つとしてしていたことはなかった。
自分が降りたい場所に降り立ち、少しブレスを吐きたくなればどこでだろうと気の済むまで吐く。そして自身の巨大な体を横たえるスペースも当然その日に気に入った場所にする。
後で考えればその場所が人間が住む場所が多かったことはきっと気のせいではないのだろう。行きすぎた加虐的な思考は悲鳴や怒号を上げる人間に対してさらなる加虐を求め、いつしかファフニールを暴龍として君臨させることとなっていた。
そんな好き勝手に振る舞うファフニールに対して人間が憎しみを抱かないわけがない。幾度となくファフニールに向かってきた人間を殺してはさらなる恨みを買っていたのだが、だんだんと人間が手強くなるのをファフニールは感じていた。
それまで剣や槍などと言った武器を片手に戦っていた人間が、いつしか手から炎を出し、氷の雨を降らせ、自分たちの傷を瞬く間に回復させるようになっていたのだ。
後にそれが魔術というものだと知ることになるのだが、ファフニールに取ってそれは脅威以外の何者でもなかった。日に日に自身を追い詰める人間に、ファフニールのもそのままというわけにはいかなくなり、それまでした事がなかった鍛錬というものをし始めるようになった。
皮肉なことに、互いが切磋琢磨しあうことで人間もファフニールも歳月とともに力を増して行き、いつしかファフニールに取って人間は矮小な存在から好敵手という立場に変わっていったのだ。
しかしそんな関係が長く続くはずがない。ファフニールに取っては好敵手かもしれないが、人間にとってファフニールは恐れの対象であり憎むべき相手なのだ。
力という正攻法で及ばないとわかった人間は、ならば搦手とばかりに魔術をそれまでの属性魔術から相手の力を削ぎ落とす呪詛系統の魔術の研究に切り替えていったのだ。しかもファフニールにバレないよう秘密裏に、それこそ戦いではそれまで培ってきた属性魔術のみしか使わないようにしながら。
やがて時は満ち、ファフニールに取って運命の日がやってくる。
決戦の場は当時は国も何もなかったただ広い草原地帯。いつものように好敵手との戦いを心待ちにしていたファフニールと、秘策を持って戦う人間との戦いは三日三晩続いた。
その戦いの余波で草原は焼かれ、凍利、雷に打たれるなど、過酷な環境に置かれたせいでその環境をガラリと変えることとなり今の湿地帯へと姿を変えるのだが、それはまた別の話。
そんなファフニールに取って血湧き肉躍る戦いは、人間側の秘策が発動した瞬間に形勢が一気に決まることとなった。
人間が開発した新しい魔術様式である呪詛系統の魔術により、急激に力を落としたファフニールに対し、人間側はそれまでギリギリまで伏せていた伏兵を一気に投入。
弱体化したファフニールは思うように力を発揮する事ができず、また、人間側の巧みな作戦により次第に傷を負っていき、最後には人間側の今で言う魔剣師により首を落とされ命を落とすことになったのだ。
しかし命を失ってもファフニールの魔力の残滓は凄まじく、またこの世への執念から完全に消滅することはなくこの世に止まり続け、そして今再び生を取り戻した。
口では大きなことを言っているが、その実ファフニールは人間を舐めてはいない。
確かに人間は一人では矮小な存在であり龍である自分には遠く及ばない。だがその分頭を使い、策を持って遙か高みにいたはずの自分を殺すまでに至ったのだ。
だからこそ、ファフニールはレインと激突した際もその挙動を慎重に見定めようとしていた。一体どんな策を持って龍である自分に対して来るのか。どんな手段を持って自分の攻撃を回避するのか。
あらゆるパターンを想定し動くファフニールは、間違いなく過去の全盛期を凌駕する存在となっていたのは間違いない。今のファフニールであれば、当時の呪詛を受けてもきっと勝利していただろう。
だが、今回相対している相手はファフニールの想像の上をいっていた。
「遅いな」
両者が地面を蹴り、相手に向かっていたのは数瞬前。もちろんファフニールはレインから視線を切ることなどしていない。むしろ注意深く観察をしていたはずだった。
『バカなっ!?』
だが次の瞬間にはレインの姿はかき消え、その後にやってきたのは脳天に響くこれまでに感じたことのない衝撃。
ファフニールは自分が頭を殴られ、その上で地面に無様に横たわっていることを理解するのに幾ばくかの時間を要した。
大規模魔術を食らったならまだわかる。かつてのような大人数で力を集約した攻撃をされたならまだわかる。だがこの人間は一体何をした?
目の前にいるのはたった一人のまだ成人もしていない年齢の人間であり、しかも武器も何一つ持っていない。ただ己の身ひとつで龍である自分に突貫し、その上でその拳で殴りつけたとでも言うのか。
「今消えるなら命までは取らない。だがこれ以上はない」
レインからのその通告は強者からの最後通告。つまりは死にたくなければとっとと消えろ。そう言われたに等しいことなのだ。龍である自分に対し、群れなければ何もできないはずの人間がだ。
『ふざけるな……』
ここまでの屈辱は今までにはなかった。地に付すことも、対等に戦いこそすれ、まさか見下されるような形になることもファフニールには経験がない。
そして何よりの屈辱は、すでに心のどこかでレインに対し自分より格上であると認めてしまっていることだった。それは龍として、この世界での絶対の強者として生きてきたファフニールに取っては死よりも恐れることであり、同時に激しい憎しみを抱くほどのことである。
『ふざけるなよ、人間風情が!!』
いい知れない恐怖はある。だが龍としての矜持とプライドが、レインに対して引くと言うことをファフニールに許さなかった。
持てる魔力の全てを自身の肉体への強化とブレスに注ぎ込み、ファフニールは猛攻を仕掛けた。翼によるほとんど竜巻と言える暴風を発生させたかと思えば、強靭な尾による叩きつけは湿地帯の沼地を砕く。そして力任せに振るわれた腕による連撃は空を裂き、禍々しいブレスは湿地帯に広がる瘴気と霧を焼き尽くした。
『なぜだ……』
数分にわたり続いたファフニールの猛攻は、それだけで一個大隊を瞬く間に崩壊させるどころか、例えハルバス聖王国の王都であろうとも灰燼に帰すほどの攻撃力を誇っていたはずだった。
過去に戦った魔術師達だったとしても。防御に全てをかけていたならともかく、丸腰で、しかもなんの前準備もなく今の攻撃を耐え切ることなど不可能。
そのはずだった。しかし立ち込める土煙の向こうを見据えたファフニールには、体の奥から湧き上がるような悪寒が消えることがない。そしてその悪寒は現実のものとなってファフニールへと突き刺さることとなるのだった。
「いい攻撃だが、そんな真っ直ぐすぎる攻撃じゃ俺には届かないな」
土煙の向こうに見えた小さな影。そしてその影がぶれた時、ファフニールはこの戦いの終わりを悟った。
「じゃあな」
なんて自分は弱い存在だったのだろう。
龍という自らの存在に任せ、力で全てを解決してきた結果がこれだった。その奢りのせいで一度は人間に敗れ、そして今、復活して間も無く、今度は完璧に破れようとしている。
そして訪れるのは、腹部に感じる頭の芯まで突き抜けるような強烈な衝撃と痛み。その衝撃に明確な死を感じたファフニールは思うのだった。
死にたくない。まだ自分はきっと強くなれると。
そして五芒星の魔術師と龍の戦いは、レインの圧倒的な勝利によって幕を下ろしたのだった。
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