第70話 生まれ変わった龍
第70話〜生まれ変わった龍〜
レインがファフニールに行った攻撃はなんてことはないただのボディブローだ。だが五芒星の魔術師とまで言われ、しかもその中でも最強とまで言われる拳聖による本気の一撃。
厳密にはレインはまだ本気ではないのだが、現状出せる身体強化魔術での本気の一撃はファフニールの腹部に突き刺さり、その衝撃は腹部を突き抜け背中に抜ける風穴を開けていた。
圧倒的な戦力を誇る龍。その強さはそれこそ伝説級であり、一介の魔術師がどれだけ群れても決して届かない高みにいると言ってもいい。
しかしそんな龍を、レインは拳の一撃で持って粉砕して見せたのだ。もしこの光景を誰かが見ていたのなら、あまりのことにおそらく信じることができずに何か自分に都合のいい解釈をしてしまったに違いない。レインがしたこととは、それほどまでに異常なことなのだ。
「久しぶりに身体強化をフルに発動したけど問題なさそうだな。これならあっちも使えるかもしれない」
自分の体に目をやり、久しぶりの本気の一撃を繰り出した体がなんの問題もないことを確認したレインは一人そう呟いた。
「さて、おそらくこれ以上の魔物の移動はなくなるだろうが、俺も急いで戻らないといけないな」
ファフニールの瘴気により湿地帯に増えた魔物が、ファフニールの存在に驚き湿地帯から一気に移動しスタンピードとなった。
今回の原因はそんなところだろうが、原因を取り除いたとしても既に発生してしまったスタンピードは止まらない。ファフニールがいなくなったことで、恐怖で移動する魔物はいなくなるだろうが、既に湿地帯の外を目指して動いている魔物はどうしようもできないのだ。
だからこそレインもまた防衛線に加わるために急いで踵を返そうとしたのだが、確かに絶命したはずのファフニールの死体が怪しげなモヤを発生したことに気づき動き止める。
「なんだ……?」
もう一度しっかりとファフニールを見るが、既に呼吸はなく見開いた目に光もない。風穴のあいた腹部からは血液とともに内臓までもが流れ出してきているところからも、どうやってもファフニールが生きているとは考えられなかった。
ならばこの黒いモヤのようなものはなんだ?
次第に広がるそのモヤを、レインは最初瘴気が吹き出しているのではないかと考えた。この龍が復活したというkジェイ位を考えれば、かつても死してなおこの世に留まり続けたはずであり、今回もそうなるのではと考えたのだ。
しかしそうではなさそうだということが観察している地にはっきりしてくる。通常、アンデットになるなり残留思念を残す場合には、瘴気はその場に止まることはなく拡散していく傾向にある。
だがこのモヤはまるで何かを形作るかのようにより集まり、何かの形を形成していくではないか。
「チッ……」
やはり倒し切れてなかったのか。
この時間のない時にと、歯がみして再び魔力を回路に流し始めたレイン目の前で、黒いモヤはついにその下腿を固定し始めたのだ。
そして次の瞬間、モヤは晴れ、中から何かがレインの前に飛び出してきた。
「……」
『……』
その何かと目が合い、お互いにしばし無言の時間が数秒続いた後、レインは拳を振り上げたのだがそれは必死に叫び始めた。
『待て!?待ってくれ!!私にはもう戦う力はない!!』
そう、黒いモヤの中から現れたのは、同じく真っ黒の体をした、レインの頭くらいのサイズの子龍。どう見てもさっきまで戦い、そして殺したはずのファフニールのミニチュア版なのだがこれは一体どういうことなのか。
「お前が何でどういう存在なのか全て答えろ。出なければ問答無用で殺す」
『……!?わかっている!!全て正直に答えるから殺さないでくれ!!』
龍のくせに額いっぱいに汗をかくという芸当を見せる子龍は、拳を振りかぶっている俺に対し半分泣きながら説明を始めたのだった。
『わかっているとは思うが、私は今お前に殺された龍だ』
そう言って俺の目の前をパタパタと飛ぶ姿はさっきまでの威厳などまるでない。むしろ鬱陶しすぎてそのまま叩き落したいくらいだ。
『お前に腹部に風穴を開けられ死ぬ寸前、私は最後の力を振り絞り賭けに出た』
曰く、龍には死の直前に自身の分け身を残す力があるらしい。もともと生殖能力の著しく弱い龍という種族は、あまり子をなすということをしない。強大な力を持つ龍ではあるが、他の動物などと同様、子を育てる際にはその力を落としてしまうのだ。
子に自らの力を分け与える。子を世話するために力の大半を使ってしまうなど理由は様々あるのだが、とにかく龍は滅多に子をなすことをしない。
だがそれではいずれ種が滅んでしまうことになるため、一匹の龍が考え出したのが自らの分身を残すという方法だったのだ。
他の魔物と違い非常に高い知性を持つ龍は、ある程度は魔術を行使することができる。もちろん人間ほど精密な魔術ではないのだが、龍という膨大な魔力炉を持っているために魔術としては拙くとも強力な魔術を使用することが可能なのだ。
それゆえ編み出したのが分霊術。己の死際に、全ての魔力を使用し新たな体を構築すると言う荒技。当然、そんな無茶苦茶な魔術は成功率が低く、使用しても新たな体を得ることは難しい。
しかも成功したとしても、このファフニールのようにそれまでの体よりもはるかに弱く小さなものにしかなれないのだ。
ここから以前と同じくらいの力を得るためには、果てしない道のりが待ち受けていることは想像に難くない。それでも行きたいと言う強い意志があったからこそ、こうしてファフニールは新たな体を得ることができたのだ。
それなのにこの目の前の化け物、つまりレインに再び殺されてしまっては目も当てられない。だからこそファフニールは恥も外聞も全て投げ捨ててレインに事情を説明したのだ。
『わかってくれたか?今の私に戦う術はない。お前と戦うことは愚か、その辺の魔物と戦っても生き残れるかは五分五分だろう。だから見逃してくれないか?』
自分にはもう戦う力はないし、戦う気もない。そちらに危害を加える気は毛頭ないから見逃してくれ。ファフニールとしてはそこまで間違ったことを言っているつもりはなかったのだが、レインにとっては違った。
「断る」
まさに一刀両断。ファフニールのそれまでの説明などまるで最初からなかったかのように鮮やかに切って捨てたレインに対し、焦ったのがファフニールだ。
『な、なぜだ!?私にはもう戦う力はないのだぞ!?』
「だからと言ってお前がやったことが消えるわけじゃない。お前のせいでスタンピードが発生し、そのせいでおそらく莫大な規模の人々に被害が及ぶ。それをたかが自らの死、しかも一回で許されるなどと思うのは大間違いだ」
そうはっきり言い切ったレインに対し、ファフニールは恐怖に戦慄した。
確かに自身の復活が契機になりスタンピードが発生s他であろうことは理解しているし、かつて生きていた時代にもスタンピードがどの程度の被害をもたらしたかは興味がなくとも知識の上では知っている。
その被害で死んだ人々の人数を考えれば、確かにファフニールの死一回では釣り合わないというのは数字の上では理解できる。
だが、だからと言って死というある意味究極の概念を、ここまで数字で捉えるものがいるのだろうか。言っていることは正しいが、だからと言って感情の面で理解ができない。少なくとも、かつてファフニールが知っている人間という存在とは、全く異質な者。
その在り方はもちろんのこと、龍である自分が全く手も足も出なかったレインという存在に、ファフニールは心から恐怖していた。
『ま、待ってくれ!なら取引だ!こちらは情報を出す!それがお前にとって有益な者なら見逃してくれ!!』
それはファフニールに取っての最後の切り札だった。これを袖にされてしまったら、もはや打つ手は何もない。このまま殺されるのを待つだけというまさに崖っぷち。
そんな覚悟のもとに放った言葉だったのだが、それに対しレインは思いの外食いつきを見せてきたのだ。
「どんな情報だ?」
『こ、今回の私の復活を手引きし、全ての絵を描いたものの情報だ!!それを教える代わりに見逃してくれ!!』
藁にも縋るようなそんな思いで発した言葉。それを聞いたレインは少し思案したが、表情を変えずにこう答えたのだった。
「その情報の内容次第で考えてやる」
ファフニールの命が助かる可能性が、少しだけ垣間見えた瞬間だった。
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