第67話 この砦は崩させない
第67話〜この砦は崩させない〜
防衛線が崩壊していく様子を砦の上から見ていたセリアは、それを見て動揺者していたもののそれを表情に出す事はなかった。
「砦よ!さらに拡充し範囲を広げろ!!」
これまでに飲んだ魔力の回復薬はどれだけになったかはもう覚えていない。すぐ横で絶え間なくフルートによる演奏を続けているパメラによる補助魔術がどれだけ自身を包んだかも定かではない。
ただなんとなくわかるのは、もし自分が砦の維持をやめてしまえば崩壊しつつもなんとか踏みとどまっているこの防衛線は、あっという間に瓦解してしまうということだけだった。
「砦よ!さらに強度を増せ!!」
本当は今にも逃げ出してしまいとこの数時間の間に何度思っただろう。砦をそのままにして、ここから逃げ出してしまえばきっと自分が逃げるくらいの時間は稼げる。
そんな汚い考えを何度も振り払い、それでも死にたくないという思いからまた逃げ出すことを考える。
しかしそれはまだ未熟な魔術師であるセリアからしてみれば当然のことで、むしろ責められるいわれなど全くないようなことでもあった。
今セリアたちが対峙しているのは紛れもないスタンピードであり、訓練でもなんでもない。しかも相手が人でもない以上、命乞いも通用しないというまさに弱肉強食の中の戦いなのだ。
そんな中にこれまで命のやり取りの一つもしたことがない生徒が混じって戦って、その上で逃げ出したとして一体誰が文句を言うことができるのだろう。むしろ少しでもそこで戦ったと言う事実に称賛をされてもいいくらいのことをセリアたちはしているのだ。
逃げ出す正当な理由はある。逃げてもセリアを必要以上に責め立てる者もおそらくは多くはない。それでもセリアが逃げ出さないのは、一重に自分のことを仲間だと言って今もこの戦場で戦う者たちがいるからだった。
途方に暮れていたセリアに声をかけ、パーティーに入るきっかけを作り、今も隣で補助魔術をかけ続けてくれているパメラ。
見た目は少し怖いが面倒見がよく、パーティーの中で一番周りを見ているリカルドは、今も防衛線の中にある櫓からその正確無比な弓で次々と魔物を射抜いている。
公爵令嬢にして圧倒的なカリスマ性を持ち、容姿も比肩するものがそうはいないであろう美貌を持ち、さらには魔術の腕も天下一品。まさに天が二物も三物も与えたようなシャーロットは、リーダシップもさることながらセリアの境遇に一番同情をしてくれた人かも知れなかった。
そしてこの学院で珍しい平民にして、私に魔術の基礎を教えてくれた師匠的な存在であるレイン。一週間と言う短い時間でしかないが、正しくしようと言うにふさわしい指導をしてくれた彼は実は世界最高と言われる五芒星の魔術師であり、このスタンピードの原因を止めるべく一人で湿地帯の奥へと消えていった。
セリアにとっては初めての仲間。かつて在籍していたランデルのパーティーにはなかった、信頼という言葉こそがふさわしい環境。
その仲間が自分を信じ、今も戦っている。セリアの打ち建てた砦を文字通り最後の砦として戦っているのだ。
セリアにはそれだけで十分だった。その事実があればここから逃げることなく戦える。例えこの戦いで全ての魔力が枯渇し、その上で魔力炉が壊れ今後一切魔術が使えなくなろうともいいとさえ思っていた。
ただ今のセリアが思うことはこの砦を絶対に破壊させない。その上でさらに大きく、そして頑丈な砦へと変えていく。そのことだけに集中し、セリアは全てを思考をシャットアウトする。
「東、第三ブロック修復!西、第六ブロックの強度を倍加!!」
崩壊しかけている防衛線では今までのように魔物の全てを砦に至る前に倒し切ることはもうできてはいない。それゆえに砦は常に魔物に襲われ、破壊をされていくがセリアは砦と同期した自身の思考をフルに使いそれら全てに対応をしていく。
「東、第十一ブロックを魔鉄の杭に変更!西、第二十一ブロックを二重の防壁へ転換!!」
破壊された場所を修復し、魔物が多くなっている場所をより屈強に。そして隙があれば砦の形を攻撃型に切替え、多くはないが砦に群がる魔物を駆逐する。
「西、第三十三ブロックを拡充!東、十から二重ブロックをさらに強化!!」
その戦い方はまさに魔建師の真骨頂と呼ぶものに相応しく、もしここにレインがいたとするならば、短い間とはいえ魔術を教えたセリアに対しこれ以上ないほどに褒め称えたことだろう。
それほどに今のセリアのしていることは、魔建師の頂に近いものだったのだ。
確かにまだ回路の使い方が拙く、余計な魔力を使っているせいか砦の強度にムラがある。修復速度もまだまだであるし、攻撃面に至っては言うまでもなくお粗末だ。一流と言うには程遠く、よく言っても三流を脱したと言えるのが関の山だろう。
だがそれでも確かなことは、今この戦場を、この防衛線をなんとか維持しているのはセリアが砦を維持し続けているからと言うことに他ならず、砦が健在であるからこそ戦っている全ての者が心を折れずに戦い続けることができるのだ。
「東西両ブロックをさらに拡充!!南北へのブロックも追加拡充!!」
絞り出す声と魔力、そして酷使している脳への負荷のせいか、セリアの鼻からは一筋の血が流れ落ちてきている。そしてそれは眼球からも起き、耳や口などの至る所からの出血へと変わっていく。
もちろん近くにいるパメラはそれを見ていたが。止めることはしなかった。このままでは確実にセリアは魔力が枯渇する。さらに酷使した脳へのダメージ如何では後遺症を残す恐れさえある。それでもパメラはセリアを止めることはしなかった。
パメラには今のセリアの気持ちがわかってしまったのだ。境遇は違えど、抱えていた思いはきっと同じ。自分の才能を信じることができず、誰からも認めてもらえない日々を送っていた幼少期。そして学院に入ってからもそれは変わらずに過ごしていた日々。
しかしそんな日々は仲間と出会うことで変化した。自分の才能を認めてくれ、さらにはそれを頼りにしてくれる仲間ができたのだ。
セリアはレインが湿地帯へ消えていく前に言われていた。『頼んだぞ』と。その言葉はきっとセリアにとって何より嬉しい言葉だったに違いない。
これほどの局面で任された重圧は、同時にセリアの中で自信へと消化されたはずだ。そうでなければこうして数時間前までのセリアと見間違うほどの成長を遂げるはずはないのだから。
「全方位に砦を拡充!!同時に全区画の強度を倍加!!」
だからパメラはセリアを止めることはしない。ここで止めれば命は助かるかもしれないが、確実に魔術師としてのセリアの成長は終わってしまう。それどころか仲間を裏切ったと言う負い目すら残すことになるだろう。
同じ魔術師である以上、それがどれほどセリアにとって屈辱的な行為であり、してはいけないことなのかくらいパメラだってわかっている。だからこそ、今パメラにできるのは必死にセリアに対して補助魔術をかけ続けることだけなのだ。
例えもうあと少しで自分自身の魔力が枯渇するとわかっていても、この支援だけは切らすわけにはいかないのだ。
「砦は絶対に壊させない!!私がこの防衛線を死守するんだ!!」
そう叫ぶセリアの声が戦場にこだました。
この戦いで大きく進化を遂げたセリアの砦は一線級のものとなり、普通のスタンピードであればこのまま防ぐことも可能だっただろう。
だが状況はさらに変化していくことになる。セリアたちとってはよくない方向へと。
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