第66話 必ず死守する
第66話〜必ず死守する〜
クノッフェンは最初、ファフニールから逃げるために方角を気にしてはいなかったが、途中で自分が自身の領地に向かっていないことに気づいてもその足を止める事はなかった。
もちろん引き返す事でファフニールに再び相対してしまうと言うリスクがあったのも事実だが、それよりもクノッフェンが優先したのは誰でもいいから湿地帯の深部で起きたことを伝えなければと思ったからだ。
湿地帯の深層で龍が目覚めた。
もしこの情報を知らぬまま時が流れれば、対応が遅れた国はまず間違いなく相応の被害を受けることになる。それは多数の被害者が出ると言うことであり、同時にこの先未曾有の混乱を招くと言うことに他ならない。
だからこそ、その被害を少しでも減らすためにクノッフェンは向かう方向などを気にせずに湿地帯からの離脱を目指したのだ。それが仮に自身の領地から真逆のエジャノック領だったとしても、一刻も早く情報を伝えることが先決だと考えたから。
そしてその結果、中層まできたところでアルフレッド達エジャノック領から湿地帯に入ったハンターと出会い、クノッフェンのやろうとしている事は少しだけその確率が上がった。
霧の中を突き進むクノッフェンは、あと少しに迫った湿地帯の終わりに一縷の希望を見出し走り続ける。
これを伝えれば、自分が得体のしえない商人から購入した品のせいで龍が復活したと言うことが知れれば自身の命はまずないだろう。
世間の誰もがクノッフェンを史上最低の貴族と蔑み、大バッシングを受ける中で公に処刑されその生涯を閉じることとなる。クノッフェンのしようとしている事がもたらす結果は、つまりは自身の命を終わらせようとしていることと同義。
だがそれでもクノッフェンは自分の命で誰かを救うことができるなら、それこそが犯した罪への責任の取り方である。そう思うからこそ、何一つ躊躇うことなくエジャノック領へと走り抜けるのだ。
「リーシャル様!あと少しです!」
ここまで付き従ってくれた近衛の一人がそう叫ぶ。みれば白く立ち込める霧の向こうに、湿地帯の終わりが見えてきていたのだ。
あと少し。魔術で肉体のポテンシャルを底上げしているとはいえすでに限界などとうに超えた体に鞭打ち、クノッフェンはさらにスピードを上げて湿地帯から外へと飛び出した。
「なんてことだ……」
しかしそこで待ち受けていた光景は自分の考える最悪に近いものだった。
目を疑うほどの魔物の群れが殺到する防衛線。そして倒れている人の影。
龍の復活により現れた影響であるスタンピード、その一端のを見たクノッフェンはその場に立ち尽くすことしかできなかったのだった。
◇
時同じくして防衛線での戦いはさらに激化の一途を辿っていた。
魔物の勢いは止まることを知らず、今のところなんとか防衛線で留めて入るが、防衛線で戦う者の被害は時間と共に大きくなってきていたのだ。
「怪我人は下がれ!!治癒魔術の使えるものは前線から後退し、怪我人の治療にあたるのだ!!」
教師の一人から怒号が飛び、防錆線の戦線の入れ替えが行われるが、その入れ替えももはや時間稼ぎにもならないほどになってきていた。
すでに治癒魔術や回復薬では追い付かないほどの怪我人の数に加え、その人達を後方に運ぶ役目を担う者。さらにはあまりの戦場に耐えかね逃げ出す者。戦える者は時間と共に減っていき、今前線で戦っている生徒や教師達は一時間以上も休むことなく戦い続けているのだ。
「無理はしないでさがりなさい!!死んだら元も子もないわよ!!」
そんな前線で檄を飛ばすシャーロットは未だ無傷ではあるものの、すでに魔力は半分を割り込み体力的にも厳しいところまで来てしまっている。
それでも怯むことなく戦い続ける様に周囲の生徒はどれだけ気持ちを鼓舞されたことだろう。絶え間なく繰り出される氷の壁と、隙間なく向かってくる魔物達に放たれる氷の弾丸。そしてその隙間を縫うように細剣が魔物の首を跳ねていく。
防衛線での討伐数にランキングをつけるなら、シャーロットは五指に数えられるほどの活躍を見せていた。
そんなシャーロットの逆サイドでは同じくギュンターが、自ら雷の魔術と大剣を振りかざし孤軍奮闘しているが、倒している魔物以上に湿地帯から溢れ出てくる魔物に、どちらも苦戦を強いられている状況に変わりはなかった。
そんな中、ついに防衛線の一角で悲痛な声が上がってしまう。
「おい、しっかりしろ!!」
そこで起きた出来事をリカルドは即席の櫓の上でしっかりと目撃していた。
防衛線の中段、魔物を砦に誘導しつつその間引きも行うというその場所で起きた悲しい事故。
仲間が一人、また一人と撤退していく中、その男子生徒は己の槍を握りしめ、必死に魔物と相対していた。無理はせず、なるべく距離を取りながら攻撃をいなしていく。その姿は若い生徒にしてすでに熟練の戦士のようであり、その一角は周囲よりも安定して防衛線を維持できていたのだ。
だが事故や不運というものはそういうところにこそ起きてしまい、その一つの事故で戦線が崩壊するなどよくあること。今回もまた例に漏れずにそのパターンとなってしまったのだ。
その生徒が周囲に気を配りつつ魔物と対峙していた時、突如として上空から襲いくる鳥型の魔物に一瞬だけ気を取られてしまった。その隙に狼型の魔物が生徒の首を食いちぎろうと迫ってきたのだが、その時はまだその生徒にはそれをいなすだけの余裕があった、
しかし不運はその直後に起きる。
「あっ……」
軸足を踏み込み、遠心力で狼型の魔物に対応しようとしたのだが、それまで倒していた魔物の血で滑り、それをすることが敵わなかったのだ。
それはその生徒が他の生徒よりも多く魔物を倒していたからこそ起きた不運。血に足を取られたため、踏み込みきれなかった体は傾き、狼型の魔物の攻撃を避け切ることができずにその首に一対の牙が突き刺さる。
「疾ッ!!」
そこから一瞬だけ遅れてリカルドの矢が狼型の魔物の頭を貫くが、時すでに遅し。生徒の首を貫いた牙は致命の一撃を与えており、もはや回復魔術が及範疇を超えていた事は目にも明らか。
間に合わなかった事実にリカルドは奥歯が砕けるかと言うほどに歯を食いしばるが、今はそれを悔いている時ではない。
一人の生徒の死が周りに与える影響。それは戦場と言う場所を経験をしたことのないものが大半を占めるこの防衛線にとっては致命傷にも近いものだった。
生徒の死を皮切りに一気に逃げ始める者たちが増え、だんだんと防衛線はその体をなさなくなり始めていた。数人に生徒が必死にそれを押し留めようと奮闘するが、もはや焼け石に水。すぐにまた違う生徒が負傷し瓦解。撤退を余儀なくされ魔物に背後を見せた生徒のがまた、その命を散らすこととなってしまった。
「これはまずいね」
崩壊し始めた防衛線を再び戻った最前線で感じ取ったナイツ教授は、後方で起こり始めた事態に眉を潜める。
最前線でひたすら魔物を屠るナイツ教授ではあったが、生憎とその戦闘スタイルは防衛には向いていないせいか、一番の撃破数を叩き出してはいるものの、その実力にしては物足りない結果になってしまっていたのだ。
ナイツ教授の戦闘スタイルは魔具師と言われるものであり、魔術により生み出した物を利用して戦うことを得意とするスタイルだ。
しかもナイツ教授の得意とする魔術は創造魔術という、あらゆる物を瞬時に作り出すと言う反則じみた物であり、こと対人や拠点破壊など、攻撃に特化しているが今回のような防衛線にをそれほど得意としてはいないのだ。
もちろん防衛線であっても小規模な物であれば問題はないが、今回のように大規模なものとなると話が変わる。
その理由はナイツ教授の操る創造魔術により生み出す物体の攻撃射程にある。あらゆる物を生み出すとはいえ、それが物である以上は攻撃に有効射程が付き纏う。どうしても純粋な魔術ほどの自由度は低くなり、広範囲の殲滅には一定の制限が出てきてしまうのだ。
その代わりに威力が高いなどのメリットはあるのだが、そのことが今回に関しては完全に足を引っ張る形となってしまっていた。
それでもナイツ教授が倒した魔物は相当数であり、もし最前線にナイツ教授がいなければ防衛線はとっくに崩壊していたと言えるほどの戦果は出している。
だがそれでもじわじわと広がる被害に、ナイツ教授は久方ぶりに背中にじんわりと汗が広がるのを感じていた。
「ほんと、今回の責任者は西の塔の教授の方が良かったよね」
ボヤいても変わるわけがない現実に再びため息をついたナイツ教授は、湿地帯に消えていった背中を思い出してまた呟いた。
「早くしないとみんな死んでしまうぞ」
このスタンピードの原因を取り除きに行った一人の生徒に対し、ナイツ教授は祈るようにそう言うのだった。
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