第65話 愚か者の矜恃
第65話〜愚か者の矜恃〜
湿地帯から発生したスタンピードだったが、レインたちルミエールの生徒たち以外にも、それを必死で止めようとしているものは湿地帯の中にもいた。
「おい!?それは本当か!?」
「あぁ、全ては私の過ちだ。嵌められたのは事実だが、元を正せば全て私の朝は傘が招いた事態だ」
湿地帯の中層付近、溢れ出る魔物から身を隠しながらそう話しているのは湿地帯に向かった討伐メンバーであるハンターのアルフレッドと、ヘルメス王国辺境伯であるリーシャルクノッフェンだった。
アルフレッド達ハンターは、スタンピードが起こると同時、安全なマージンを取りながらもそれでもなんとかおの勢いを削ごうと魔物を狩り続けていたのだ。
しかし魔物を刺激しないよう、あえて湿地帯に入った者を少人数に分けた事が災いし、大半の者たちは魔物の余りの数になす術なく蹂躙されてしまった。今残っているのはアルフレッド含め、わずか数人のメンバーだけであり、その者たちも魔物を倒しながらなんとか湿地帯からの脱出を試みていたがうまくいかずに中層にいた。そこに現れたのが深層から逃げて来たクノッフェン達だったのだ。
自らの招いた龍の復活という最悪の事態。それを何としてでも湿地帯の外にいるものに伝えなければならないと死に物狂いで逃げて来たクノッフェンだったが、アルフレッドとに偶然出会いまずはということで深層であったことを全て話したのだ。
自分だけでなくことの次第を知っているものが多ければ、何があったか伝わる可能性は高くなる。この絶体絶命の場面であっても効率という思考を失わなかったクノッフェンであったが、アルフレッドにしてみれば寝耳に水。
「そんなもん、下手すりゃ国が滅ぶぞ!?」
「わかっている。私の首一つで済む事態ではないのは重々承知だが、まずはこの事実を可及的速やかに伝達しなければならない。頼む!力を貸してくれ!!」
そう言って頭を下げるクノッフェンにアルフレッドは頭を抱えたくなったのも無理はない。
アルフレッドは確かに金級に近いと言われるハンターであり、実際に実力も高い。この湿地達は当然のことながら、そんじょそこらの魔物に遅れをとることはないと自他ともに認める実力は持っている。
だが龍となれば話は別。龍のような災害とも言えるほどの存在であれば、一人のハンターではどうにもならない。それこそ一国が総出で事に当たるか、もしくは世界に数人しかいないと言われる白金級のハンターでもなければ対応するなど不可能なのだ。
しかも事態はさらに深刻で、今湿地帯で怒っているスタンピードの原因がその龍であるというではないか。スタンピードだけでも災害クラスなのに、そこに龍がいるとなれば自分にできることなど何もない。完全に部を超えている事態であり、ここから無事に逃げ遂せることができるかも定かではない状況なのだ。
本当なら今すぐ逃げ出したい。逃げ切れるかどうかはともかく、逃げることに全神経を集中したいとアルフレッドは思った。
「わかった。今すぐ湿地帯を抜けてエジャノック伯爵にことの次第を伝えにいく」
だが口から出た言葉はそれとは真逆。アルフレッドが選んだのは魔物の多くが殺到しているエジャノック伯爵領へと引き返し、その上でエジャノック伯爵にことの次第を全て話すと言うものだった。
「恩に着る」
「礼はいらない。あんたはこの先、生き残るにせよ死ぬにせよ、果てしない苦しみを味わうことになるんだ。だが、それでもあんたは自分のしたことを隠すことなく話、その上で少しでも被害が少なくなる可能性にかけた。だったら俺たちはハンターとしてやるべきことをやるだけだ」
クノッフェンの言葉ははねつけたアルフレッドは、だがしかし力強くそう答えた。そしてそれは生き残っていた数少ないアルフレッドの仲間も同様であり、誰一人としてその決定に異を唱えるものはいない。
「ありがとう」
クノッフェンはそれだけ言うと、一度深々と頭を下げて二人の近衛と共に霧の中へと消えていく。
それを黙って見送ったアルフレッドは、仲間に目をやると一言だけこう告げたのだった。
「行くぞ」
頷いた面々はクノッフェンと同じように霧の中へと消えていく。魔物達の群れをかき分け、そしてエジャノック伯爵領に、誰か一人でもいいからこの事実を伝えるために。
◇
沼地を踏み締める足は沈むはずなのだが、その足は物理法則を無視して水面の上を滑るように進んでいく。
ゆっくりと見えるその挙動だが、見るものが見ればその所作がいかに隙がないかと言うことなど一目瞭然であるほどに、その動きは全てが洗練されていたのだ。
『随分と意気のいいのが来たな』
だからこそ、未だ湿地帯の奥で蘇った自身の体を確かめていた龍、ファフニールは警戒をしてしまったのだ。
かつての自分、雄大な空を駆け、何者にも縛られずに生きてきた空の覇者たるファフニールであれば、たかが矮小な人間一人に怯えるなどあり得ない。それこそ何を気安く見ているんだと睨みを利かせるだけで命を奪うこともできるはずなのに、今目の前にいる人間に対してはそれが出来なかったのだ。
「お前のせいで皆が迷惑している。今すぐ消えるかここで死ぬかを選べ」
『言うな、人間ごときが』
だがその警戒も予感もファフニールは全てを飲み込み、レインを見つめる。確かにこの人間は普通とは何かが違うが、かつて自分を討ち滅ぼした人間、魔法使いであるあの人間とはまるで違う。
『死ぬがいい』
ファフニルールは一瞬でも警戒を抱いた己の心を恥じ、そしてそれを振り払うかのように一気にブレスをレインに放った。
その間わずかコンマ数秒の出来事。沼地の一部が完全に吹き飛び、そこに息付いていた全てのものが消滅する。残されたのは深く抉れた地面に再び周囲の水が流入するという光景のみ。
これを人の身であるレインが喰らえばまず助かる術はない。それはファフニールとて分かっていたことだからこそ、威力を落として速さに特化したブレスを吐いたのだ。
速さを重視すれば威力は落ちる。逆に威力を上げるなら速度が落ちる。龍とて万能な存在ではない以上、ブレスにも一定の制約があり、今回は速度を選択したに過ぎない。
実際、ファフニールのその選択は間違ってはいなかった。根拠のない予感であっても慢心することなく、レインに感じた警戒感を信じて即殺するために動いたのだ。
「その程度の速さで俺を殺せると思っているならお前の命も長くはないぞ?」
だが今回は単純に相手が悪かった。その一言に尽きるだろう。
ファフニールの目の前に立っているのは、今まさに自身の放ったブレスの直撃を受けたはずの人間だ。跡形すら残るはずのないと確信したにも関わらず、その人間は何事もなかったようにそこに立っている。その事実はファフニールに混乱をきたすには十分だった。
「悪いが遊んでいる暇はないからな。加減は出来ないが恨むなよ?」
そう言うとレインが一歩を踏み込み、ファフニールへと跳躍する。その反動でつい先ほどと同じように沼地の一部が抉れたのだった。
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