第63話 諦めぬ心
第63話〜諦めぬ心〜
湿地帯の深層で、一際大きな咆哮がこだましたことは防衛線で戦う全ての者が聞いていた。
「一体何なのよ!?」
もう何度目になるかわからない氷塊壁を作り出したシャーロットは、休息もそこそこに負傷した生徒に代わり魔物の群の中へと躍り出た。
すでに戦いは二時間を超え、負傷者の数も戦いに参加した生徒の半数を超えた。今はまだ治療が行えているため戦局に大きな変化はないが、治癒魔術を使えるものの魔力が枯渇するか、もしくは回復薬がなくなればそれもあっという間に瓦解するだろう。
「まったくもう!原因を取り除きに行ったなら早くなんとかしなさいよ!!」
すでにレインが湿地帯の奥に向かったことは、パメラの風魔術によりシャーロットにも伝えられている。
元からパメラはパーティーメンバーにのみ風魔術で一定の距離以内なら通信が行えるように風の通り道を作っていたのだ。これは風を操ることで気流の流れを産み出し、任意の者に指向製のある声を届けるもので、非常に繊細な回路への意味の付与が必要となるのだが、パメラはこれを可能としていたのだ。
もっとも距離による制約があるため、遠く離れたレインにはすでに声は届かないが、それでもシャーロットに現状を伝えるくらいなら何の問題もない。
「無事に帰ってきなさいよ!!」
誰に聞かせるわけでもなく叫んだ言葉は、細剣で切り裂かれた魔物と共に戦場に消えていく。
レインの正体を知っているシャーロットは、余程ことでない限りレインに敗北はないことくらいはわかっている。わかっているが、それでも心配をしてしまうのはシャーロットにとってレインが大事な友人であるから。いや、それ以上の感情を抱いているからに他ならない。
もっとも、それを本人はまだ気づいてはいないが、それでもレインの無事を祈りシャーロットは戦い続ける。レインなら必ず何とかしてくれると信じているから。
◇
砦から少し離れた防衛線の後方に建てられた即席の櫓の上、そこにリカルドは遠距離攻撃を得意とする者達と共に登り、そこから魔物へ攻撃を仕掛けていた。
ここにいるのはいずれも魔弓師や魔銃師などで、魔戦術師は全員防衛線の中盤ほどにいる。その理由は単純明快、魔戦術師は細かな狙いをつけることが苦手なものが多いからだ。
もちろん熟練の魔戦術師であればその限りではないのだが、この場にいるのはいずれも戦闘経験のまるでない生徒ばかり。しかも魔術の威力ばかりに目が行きがちで、細い狙いなどは二の次なもの達が多い。
故に櫓の上という場所は、上から俯瞰して見ることができるので有利ではあるのだが、距離が離れるため未熟な魔戦術師では味方を巻き込む恐れがある。だからこそ、この場所には遠距離からでも確実に敵を仕留めることができる腕を持った生徒達が集められていたのだ。
その中には先日魔闘祭の予選で戦った魔銃師であるピット・アーレムもいた。次々と繰り出す魔力の弾丸は確実に魔物を削いでいき、その狙いはほとんど外れることはないところからもその実力の高さが伺える。
もちろん他のメンバーも腕利きであり、派手さはないものの山のように迫ってくる魔物の群れを一匹ずつ確実に仕留めている。
そんな中リカルドだけは他の生徒とは違い、魔物の撃破数が伸びていない。伸びていないが、戦功という点で言えば間違いなくこの櫓の上にいる者の中で一番であるだろう。
「疾ッ」
風のように飛ぶ言葉と共に、リカルドが放った矢が穿つのは、たった今砦前で戦う生徒を背後から襲おうとしていた魔物の脳天。頭を貫かれた魔物は何をされたのかすら認識できぬまま絶命し、命を救われた生徒もまた、乱戦の中での出来事にそれに気づくことはなく戦い続けている。
そう、リカルドが行っているのは砦前で戦う生徒の援護。それも常に動きながら戦っているものに襲い掛かる魔物のみを的確に、しかも一撃で撃ち抜くという離れ技を見せているのだ。
はっきり言って、その芸当は戦場での経験が非常に高くなければ出来ない芸当であるのは間違いない。何せ砦前はただでさえ生徒や魔物が溢れ、全員の立ち位置が目まぐるしく変わるのだ。そんな場所に矢を打つには相応の自信と覚悟がなければ絶対にできない。味方に当たるかも知れないという、少しの不安が放つ矢を鈍らせることになるのだから。
しかしそんな中で、リカルドは的確に魔物を打ち抜き前衛を援護していた。通常、魔弓師というのは威力や射程を気にし過ぎるあまり、通常の矢を使わずに自信の魔力を矢に変えて打つという破魔矢を使うのだが、リカルドは通常の弓での攻撃ばかりを繰り返していた。
破魔矢は魔力の塊故に力を出しやすいが、その反面精度がそこまで良くない。この局面で精度を落とすことは致命的であるが故、リカルドは通常の矢に魔力を込めることで最低限の威力に抑え、かわりに精度を高めることに重きを置いていたのだ。
「頼むぞ、レイン」
そんなリカルドもパメラから送られた連絡は聞いている。
レインが単身で湿地帯に入り、ことの元凶を取り除くと言っていたことも。そしてレインの正体が、あの五芒星の魔術師であったということも聞いていた。
しかしリカルドにそれほどの驚きはない。これまでの一学期という決して長くはない期間ではあるが、リカルドはレインの異常性を幾度となく見てきたのだ。
むしろようやく腑に落ちたと言えるくらい、リカルドの心は晴れやかだったと言っていいくらいだ。
「これが終わったら、今度は俺の秘密も話せるといいんだけどな」
レインは何かと家のことで話をごまかすリカルドに対しても、特に深く聞くことはなく、リカルドはリカルドだと言ってくれる大切な友人だ。
だからこそリカルドもレインについて深く聞くことはなかったし、もし話してくれるならその時はくらいに考えていた。だが、こうして不可抗力とは言え相手の秘密を知ってしまったのだから、自分もまたちゃんと話したいと思う。
それが本当の友人であると、リカルドはそう思うから。
未だ衰えぬ魔物の群れに、リカルドは一本一本的確に矢を打ち込んでいく。友が帰ってくる場所を守るために。帰ってきたときに、少しでも被害が少ない様子を見せるために。
「ここは任せろ」
こぼれた言葉は誰にも聞こえることはないが、己の心を奮い立たせるには十分。一度だけ湿地帯の奥に目を向けたリカルドは遙か遠くにいる友人に思いを馳せ、無事に再び会えることを祈るのだった。
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