第61話 激突

第61話〜激突〜


 砦の左右に一番近い場所に配置されたのは、主にA組の生徒と教師達だった。


 当然だが、魔物を砦に集める以上、砦の付近には魔物がこれでもかと言うくらいに溜まる。故にその場所こそが今回の作戦で一番危険な場所となるのだ。


「遠距離攻撃が出来るものは後方から向かってくる魔物に高s撃を浴びせろ!」


 教師の一人がそう言うのを皮切りに、向かってくる魔物に対し、砦からある程度離れた場所へと生徒たちは一斉に攻撃を仕掛けていった。


 各種属性の魔術に加え、矢や弾丸など、およそ遠距離から攻撃できるあらゆるものが魔物たちへと次々と襲い掛かる。その甲斐あってかまるで敷き詰められたかのように砦に向かってきた魔物だが、少しは地面が見える程度には数を減らすことができた。


「近接スタイルの者も出るぞ!決して無理はするな!危険を感じたらすぐに砦へ離脱!互いに背を庇い資格をなるべく作るな!!」


 さらにもう一人の教師の号令により、魔剣士などの近接スタイルの魔術師の生徒たちが砦の前に立ち塞がった。


「全員、生き抜け!!」


 先陣をかける教師の声に合わせるかのように、次々と生徒たちも遠距離攻撃により撃ち漏らした魔物たちに向かい疾走する。


 放射状の防衛線の先頭の者は砦へと魔物を誘導し、中盤にいる者は防衛線を維持し誘導しながらも魔物を倒す。さらに遠距離からは砦に向かう魔物目がけて攻撃が飛び、そこを抜けて砦に到達しようとした魔物は生徒の中でも実力の高い者たちの近接スタイルの者が倒して行く。


 短時間で決めた作戦としてはこれ以上になく、実際作戦はものの見事にはまった。


 ただ一つだけ誤算があったとすれば、それは多くのものがあまりに実戦経験が足りなかったと言うことだろう。


「遠距離攻撃は砦から離れたところを狙えと言っているだろう!」


「くっ、誰かこっちのカバーに入ってくれ!」


「範囲魔術を密集した場所で使うな!味方が巻き添えを喰らうぞ!!」


 何人かの教師やA組の中でも実力の秀でた者が指示を飛ばすが、すでに乱戦状態となっている場所にその指示は届かない。もちろん多くのものは私事に忠実に戦っているため未だ被害は軽微だが、このまま連携がうまく取れずに味方が少しずつ減っていけば、この防衛線が崩れることは必至。


 まだ魔物との衝突は始まったばかりであり、湿地帯の奥から溢れてくる魔物は無尽蔵かと思うほどにいるのだ。こんな序盤で崩れかけていては、到底乗り切ることなど不可能。


 戦況が見えるものほどそう言った思考に流れかけるが、それをなんとか押し留めようとする者ももちろんいた。


「負傷者は氷塊壁の後ろに入って!治療後にゆっくりカバーに入りなさい!見た目ほど一度に戦う魔物の数は多くないわ!戦闘と休息のふたグループに分かれて戦って!そっちの方が場所も広く取れるし魔術も使いやすいはずよ!!」


 砦から見て防衛線の西側、そこで生徒たちをなんとか取りまとめそう指示を飛ばすのはシャーロットだった。


 負傷者が増えてきたことを憂慮したシャーロットは、魔力の消費は大きいがなるべく大きな氷の塊による壁を作り、それを砦前の簡易的な城壁としたのだ。


 一度負傷者をそこに集め、治療魔術の使える者が治療にあたり、その間はまだ無傷のものが交戦する。一見戦える人数がヘルのだから不利にも思えるが、実際はそうではない。


 これまではむしろ人数の多さゆえに武器が思うように振るえず、さらには魔術の使用も制限されていた。しかし人数が減り、戦場に空間が生まれた今はそれら全ての使用が可能となり、むしろ効率よく魔物を狩れるようにすらなっているのだ。


 シャーロットはその様子を見て自身も氷魔術と愛用の細研を携え魔物を駆逐して行く。


 時同じくして東側でもシャーロットと同様に生徒たちを統率する者がいた。


「よく引きつけろ。今だ打て!!」


 向かってくる魔物の壁を直前まで引きつけ、一定の距離を超えた魔物に対し、範囲魔術が横一線に並んだ生徒から魔物へ飛んでいく。


「撃ち漏らしをそのまま掃討!二列目は次の波に備えて準備!!」


 魔術により半壊した魔物達に対し、追い討ちを描けるようにふるわれる刃。それにより魔物の波は一時壊滅。しかしその後ろからはまた新たな魔物が迫ってくるのだが、魔物の掃討を終えた前衛は一気に後退し、準備を進めていた二列目の魔術師の背後に入る。


「二列目、放て!!」


 再び攻め入る魔物だが、同じように範囲魔術により蹴散らされ、残った魔物もまた範囲魔術を打ち終わった全遺影により処理される。


 三度魔物が迫ってくるが、同じように二列目は撤退しすでに準備をしていた三列目の全映画処理にあたる。


 完全に統率された列が合計で五列。これにより東側もまた戦線をなんとか維持していた。


 その東側を指揮するのは一年生の主席であるギュンター・グラキエース。白い髪をかきあげる長身の青年は、自らは攻撃に参加することはなく戦線の維持にのみ務めているが、その指揮官としての能力が高いのは見ての通り。


 未だ緊張が取れない者もいる中、短時間のうちにその者達の統率をとり、システムを組み上げ魔物に相対しているのだ。


 単身の力というものは磨きやすいが、指揮力というものは簡単には身につかない。それだけでギュンターという生徒がどれだけ高いレベルにいるのかということがわかる。


 西と東。シャーロットとギュンターにより砦付近もなんとか戦線は維持できている。遠距離スタイルの魔術師達も、リカルドなどを筆頭に確実に魔物を討ち取っているし、放射状の防衛線も今のところはしっかりと機能していた。


 だが一見順調そうに見える防衛であったが、一番先頭、湿地帯に踏み込んだあたりで魔物と接敵しているナイツ教授は湿地帯の奥にある気配に眉を潜めた。


「元を断たないとどうにもならないねこれは」


 そう溢すと、一度そこでの戦いに見切りをつけ、砦に向かい一気に跳躍するのだった。


 ◇


 レインは戦いの様子を砦の最上段から眺めていた。


 作戦はハマっている。すでに第一波は超えたと見ていいだろうがそれでも魔物が減る気配がない。


 そう、最初にリカルドが確認した魔物はおよそ千なのだが、戦いを開始して一時間も経つ頃にはすでにその数の魔物は倒している。


 だが湿地帯から防衛線へ押し寄せる魔物は一向に減る気配がなく、まるで本当に無限に湧いてくるのではと思わせるほどだ。


 今はまだ全員が魔力があるからいいが、この先戦いが長引き、回復薬などが枯渇すればいずれこの防衛戦は瓦解する。いかにセリアの砦が強固であろうとも、あの勢いの魔物に襲われれば一時間と持たずに崩れてしまうだろう。


 だからこそレインは思案する。湿地帯の奥に行くべきか否かを。


 おそらく今回のスタンピードの原因は湿地帯にあることは間違いない。これまでの魔物の異常発生と合わせ考えれば、湿地帯で何かが起こったからこそ、その増えた魔物がいっせいにそこから動き出してスタンピードとなったはずだ。


 だとすれば、湿地帯の奥には魔物達を動かす要因になったものが必ずある。もちろん魔物の異常発生に関してはそれでは説明がつかないのだが、それについてはここで予想をしていても埒が明かないのだから考えるだけ無駄だ。


 とにかく今はスタンピードの原因を取り除くことが先決。


 それまで自分が抜けた際に、セリア達に万が一があることを危惧し動けなかったのだが、このままでは動かないことの方が危険につながると判断したレインは、砦の維持を続けるセリアとパメラの元に向かったのだが、時同じくしてそこにもう一人の人物が現れた。


「その顔を見るに、君の判断も僕と同じかな?」


「やはりナイツ教授も湿地帯の奥に何かがあるとお考えですか?」


「うん、どうにも向こうから嫌な気配がするからね。そういうのに敏感なんだよね、僕」


 セリア達の横に降り立ったレインと同時、どこからか跳躍してきたのはこの防衛線の最高責任者であり、今まで最前線にいたはずのナイツ教授だった。


 レインはまだしも、砦から遥か遠くにいたはずのナイツ教授の登場にセリアとパメラは驚くが、二人の様子を見て表情こそ変えたものの、特に何かを言うことはしない。


「できた子達だね全く」


 そんな様子をみたナイツ教授は若干顔を綻ばせたが、すぐに表情を戻してレインに問う。


「今まで俯瞰していた君が動いたということは、行く気かい?」


「はい。少しでも魔物が減ればと思っていましたが、その気配がまるでない以上、元を断たないとこちらの負けです」


「だろうね。このままじゃそのうち防衛線に被害が出て、一気に崩れるのは間違いない。君や僕はともかく、生徒達も言わずもがな、後方のエジャノック領の被害は甚大なものになるだろうね」


「え、ちょ、ちょっと待ってください!まさかレインさん、一人で湿地帯の奥に行くつもりですか!?」


 二人の会話にたまらずセリアが口を挟む。


 そういうのも無理はない。湿地帯に向かうということは、いま見えている魔物よりもさらに多い魔物の中に単身で向かうということだ。それはまさに自殺行為であり、いかに熟練の魔術師であろうと命の保証などはない。そんな危険な場所に向かおうとしているレインの様子を見ればそう言っても仕方のないことだった。


「そうしなければ被害が止められないからな」


「で、でもいくらレインさんが強いからってそんな……。だったらナイツ教授が行った方が……」


「生憎、僕は防衛線の責任者だからね。ここから離れるわけにはいかないのさ」


 そう、当初と予定は変わったはいえ、ナイツ教授はこの防衛線の全てを託された責任者だ。ルミエール魔術学院がエジャノック伯爵と契約し、その上で任された防衛線である以上、何が起ころうとも最後までここを離れるわけにはいかない。たとえ湿地帯の奥に原因があると分かっていても、それだけはしてはならないことなのだ。


「それに僕を除けば、この場で湿地帯に行くのに彼以上の適任者はいないよ。それこそ彼で無理なら他の誰が行っても無理さ」


 そういうナイツ教授の言葉にセリアは訳がわからず、パメラは少し納得したような表情を見せ、レインはやっぱり知っていたかとむしろ納得したような顔を見せていた。


「道理でF組である俺の言葉を簡単に信じたと思いましたよ」


「一応は僕も大戦に参加はしていたからね。君たち傭兵団とは一緒に戦う機会はなかったけど、その存在くらいは知っているさ」


「なら細かい説明は入りませんね。湿地帯の奥は俺が引き受けますので、防衛線の総括をお願いします」


「無論だね。いやしかし、心が躍るね。一度は君たちと共闘してみたいと思っていたんだけど、ここでそれが叶うとは思ってなかったよ」


「ですね。それでは時間もないので俺は行きます。ここは任せました。真祖、ロベルト・ナイツ」


「任されよう。そちらこそ奥にいる何かを早くなんとかしてくれよ。五芒星が一人、拳聖、レイン・ヒューエトス」


 そう言って一気に砦から動いた二人。その勢いで舞った砂埃とともに残されたセリアとパメラは、予想外すぎる二人の肩書きに驚愕を通り越してしばらくの間、言葉を発することすらできずに呆然としていたのだった。

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