第60話 湿地帯の防衛戦

第60話〜湿地帯の防衛戦〜


 防衛の要であるセリアの砦を中心に、そこから放射状に伸びる二本の防衛線に並んだルミエールの生徒と教師。


 防衛線とスタンピードが衝突するまでは後数分と言ったところだろう。ナイツ教授の素早い伝令により、全ての者に現在の様子は伝達されているが、だからと言って参加している者は全員という訳ではない。


『命の惜しい者は逃げて構わない。ただし自動的に試験は不合格、退学になることだけは承知してね。ちなみにこのスタンピードに参加して生き残れば、どんな手を使ったとしても合格にするからそのつもりで。命を取るか合格を取るか、自分の実力とよく相談して決めるように』


 まさに職権乱用とはこのことだろう。今回の試験の全ての裁量を託されているからこその暴挙。しかしそれは、この短時間に生徒たちに結論を迅速に決めさせるには仕方のないことでもあった。


 もしここで迷う者が出れば、それだけ防衛に支障が出る。今は一刻も早く防衛線を再構築し、最大限の準備をして事にあたる時なのだ。だからこそいかに横暴と言われようとも、生徒達がそれで判断が下せるなら安い物。そんな思いでナイツ教授は生徒たちにそう告げたのだ。


 結果、A〜F組までのクラスの内、E組とF組の大多数とD組の半数ほど、残るクラスからは数人が離脱する結果となり人数はだいぶ減ったが、それでも防衛線は速やかに構築され、さらに言い方は悪いが覚悟のない足手まといが減ったのだからむしろ良かったのかもしれない。


 とは言っても目の前まで迫るスタンピードに教師はもちろん、残った生徒の大半は武器を構えながらも緊張のせいで顔が少し青ざめていた。


 それも無理はない話だ。確かにここに残りはしたが、スタンピードにまつわる話はもちろん全員が知っているし、何より目の前の魔物の壁を目にすれば、常識的な思考の持ち主なら萎縮するのが普通だろう。


 ここにいる魔術師達はいずれも実力が高く、まだ学生とはいえ市中の魔術師に比べればその力量は圧倒的に上だ。これから襲い来る魔物であっても、一対一であればほぼ負けることはない。


 だが今から戦うのは圧倒的な数に対しての防衛線。少しでも気を抜いたり油断をしたりすれば、次の瞬間には命を刈り取られてしまうまさに戦場。


 そんなところに心構えもなく放り込まれてしまっては、怯えるなという方が土台無理な話だろう。


「みんな固いね。じゃあまずは景気付けに少し魔物の数を減らそうか」


 そんな生徒達の様子を見たナイツ教授は、いつもと同じ、まるで学院内の廊下を歩くような感覚で防衛線から一歩前へ出る。


「そうだね。横に長いギロチンなんてどうかな?」


 防衛線のはじ、放射状に伸びた防衛線では最前線にいた生徒は、そんなナイツ教授の声を聞き首を傾げた。一体なナイツ教授は何をしようとしているのか。そう思ったのも束の間、その生徒の疑問はすぐに晴れる事となる。


 ナイツ教授が無造作に出した手の先から現れたのは、左右に広がる薄く、そして長さにして百メートルはあろうかという子光沢のある銀色の刃のついた鎖。それが突如として高速で振動し始めたのだ。


 左右に高速で動く鎖は、ナイツ教授の手が振るわれた途端に魔物へ向かって一気に飛び出していく。次の瞬間に湿地帯にこだましたのは先頭を走っていた魔物達の断末魔。


 高速で左右に動く刃のついた鎖は、さながらギロチンのように接触した魔物を切り飛ばしていく。いや、切り飛ばすというよりは削り飛ばすと言った方が正しいだろうか。


 ともかくナイツ教授の魔術により、魔物の前線は総崩れ。スタンピードという実践に怯えていた生徒達を鼓舞するには、その光景は十分すぎる力を発揮したのはいうまでも無いことだった。


「さぁ、来るよ!無理に倒さなくて良い!砦に向かって進路を変えることを優先するんだ!もちろん倒せるなら倒しても良いからね!!」


 固さの少しとれた生徒達に向かい、ナイツ教授はそういいながら一人、魔物の群れの中へと突っ込んでいく。


 その光景に何人かの生徒が息を飲むが、教師陣はそれを当然とばかりに黙って見ていた。


 今回の作戦のメインは迫る魔物を防衛線で進路を変え、セリアの建てた砦に向かわせそこで一網打尽にするというものであるが、それ以外にももちろん策はいくつもある。


 ナイツ教授が魔物の群れの中に突っ込んでいったのもその一つであり、これはナイツ教授自らが提案した作戦でもあった。


『少しは僕が間引きしてくるから防衛線は任せたよ』


 その言葉通りにナイツ教授は単身で魔物に突っ込み、少しでも防衛線に向かってくる魔物を減らそうとしているのだ。


「だ、大丈夫ですかね、教授……」


「心配ない。それよりもセリアは砦にしっかりと魔力を流すことに集中しろ。拡充の速度はゆっくりで良いからとにかくいまは強度を上げることに全力を注いでくれ。最初の突撃にどれだけ耐えられるか。今回の作戦の肝はそこだ」


 一人で魔物との戦闘を始めたナイツ教授を見て心配そうな声を上げるセリアだが、レインはそれを一括して自らの役割に集中させる。


 鉄の砦を建造しているセリアだが、今のままでは強度がまだ心許ない。できればもう一段階上の鋼鉄の砦が建造できればだいぶ楽になるのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。


 砦のある最後尾には、レインやシャーロットをはじめ、遠距離攻撃を使える者や、A組の生徒など実力の高い者が集められており、殲滅力なら一個小隊を優に凌ぐ破壊力を秘めているが、それも砦が機能しなくては意味をなさない。


 砦が魔物を受け止め、そこに攻撃が浴びせられるからこそ魔物を一掃するという今回の作戦に繋がるのだ。


 だからこそレインは少し厳しい言葉だと分かっていながら、セリアに向かいそう言ったのだ。砦に均一に、そして濃度の高い魔力を流して強度を上げる。それこそが仮にランクの低い材料を使った砦であっても、難攻不落の白として機能させる魔建師の怖いところ。レインもかつてれに苦戦をした過去があるからこそのセリアへのアドバイス。


 レインに言われゆっくりと魔力を砦に流していくセリアの隣では、パメラがフルートを奏で、セリアの魔力を底上げする支援をする。


 今回パメラには戦闘には参加せず、セリアのサポートに専念をしてもらうことにしている。いかにセリアがある種の天才とは言え、今はまだ魔建師としての実力はそれほどでもない。そのため砦を少しでも強固にするためには、パメラのような魔奏師による支援魔術が必要不可欠なのだ。


「魔力の回復薬もそれなりには融通してもらった。半分を切った段階で飲んで、絶対に魔力を切らさないようにしてくれ。まだ大丈夫と思って魔力が切れ、砦が維持出来なくなれば全てが終わる。だからこそ魔力の管理は怠るな」


「はい!」


 普段にも増して厳しい言葉はレインから飛ぶが、それだけ今の状況が厳しく、少しの油断も許されないということがわかるからこそセリアも、そしてパメラも素直にレインの言うことに従う。


「いよいよだ」


 レインがそう呟いた次の瞬間、防衛線の一番先頭がついに魔物と激突した。


 響き渡る魔物の咆哮と、必死に魔物を取手の方向に進路を変えようとする生徒と教師の雄叫び。炎や風、水などの魔術が魔物に向かい、その隙をついて近接スタイルのものが切り伏せ、時には押しつぶしながらその進路を強引に砦へと変えていく。


「セリア」


「なんでしょうか」


 その様子をみたレインは、ゆっくりと砦の上からその光景を見下ろしセリアを呼ぶ。


「君ならできる。これまでしてきた事の全てを思い出せ」


 そう言った次の瞬間、レインは砦の頂上から下に向けて跳躍する。


「ちょっ!?」


「大丈夫。レイン君時は強いから。それよりも私たちは私たちの与えられたことをこなさないとでしょう?私たちがこの作戦の要なんだから」


 突然のレインの行動に動揺してレインを追おうとしたセリアだったが、後ろからかけられたパメラの言葉になんとか踏みとどまる。


 そう、自分に与えられたのはこの砦を何がなんでも死守する事。この砦で全ての魔物を受け止め、後ろに住む人々の元に絶対に魔物を通さないようにする事。


「そう、ですね。パメラさん、絶対にこの砦は死守してみせましょう!」


「うん。私も全力で支援するから頑張ろうね!」


 まだ不安はもちろんある。自分の立てた砦で魔物を押しとどめる自信なんてまるでない。


でも自分は託されたのだ。この防衛戦を死守するための最大の役目を託され、そしてどんな理由であれ自分自身でそれを了承し、今ここに立っているのだ。


「絶対に通さない」


 セリアの確固たる思いの宿った鉄の砦。そこに今、無数の魔物がいよいよ到達しようとしていたのだった。

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