第59話 責任の重み
第59話~責任の重み~
リカルドから今の状況の説明は聞いていたが、ナイツ教授に状況を説明しに行くと告げ戻って来たレインに聞かされたセリアはこの場から今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
湿地帯から防衛線へ迫る魔物の数を考えれば、すでに今の状況はスタンピードに至っていると考えていいはずだ。
スタンピード、それはつまり魔物の大侵攻。原因は諸説あるが、ただ一つ確定しているのはスタンピードが起こった後は、甚大な被害が出るということだ。
ハルバス聖王国内で最後に起こったスタンピードはおよそ百年前。王国北部の炭鉱から、夥しい魔物が発生し付近の街を襲う事態が発生したのだ。
もちろん炭坑内にはもとから魔物が発生していたこともあり、駐屯している兵士やハンターもいるにはいたが、発生した魔物の量に対しては全く数が足りていなかった。
それでも兵士やハンターは避難をする炭鉱夫のためになんとか魔物達を推しとどめようと奮闘した。それこそ全員が火事場の馬鹿力並の力を発揮し、迫りくる魔物をなぎ倒していったのだ。
数日後、スタンピードの発生の報を受けた領兵が炭鉱に駆け付け眼にしたのは、破壊しつくされた炭鉱の街と、ほぼ全滅に近いレベルで魔物に殺された兵士やハンター、そして炭鉱で働いていた炭鉱夫たちだった。
生き残った数少ない炭鉱夫の証言によれば、獅子奮迅の働きを見せていた兵士やハンターたちは、次から次へと襲い来る魔物に数で押しつぶされたとのことだ。
正面の敵に対処をしている間に背後から魔物に殺される。仲間に背を預けたとしても、結局数の暴力に押し潰される。
死屍累々の光景を見た人々は、スタンピードに対して恐怖を覚えた。それまで魔物というのは、魔術師やハンターであればそれほど問題になる相手ではない。仮に魔術がそれほど使えなくとも、武芸を習得した兵士であれば、やはりそれほど問題にはならないのだ。
しかし、そんな魔術師や兵士達をしてスタンピードにより全員が死んだ。
その結果を受け、王国内ではスタンピードを第一級の災害と認定し、発生時には速やかに避難をするようにと言明したのだった。
そんな過去の事件をセリアはもちろん知っていた。歴史上の事件としか認識はしていなかったが、それでも今まさに湿地帯の奥からまるで黒い壁のようにこちらへ向かってくる魔物を見れば、その昔話が決して誇張されたものでないことくらい理解できる。
「砦の強度を限界まであげて魔物を足止めし、そこに溜まった魔物を一掃する」
「そ、そんなの私の砦が保つこと前提の作戦じゃないですか!?」
だからこそレインから聞かされた作戦を聞いたセリアは、思わず悲鳴にも近い声をあげてしまった。
確かに自身のスタイルである魔建師の打ち建てた砦は、そう言った戦いに向いているスタイルではあるが、それはあくまで常識の範囲での話だ。
百や二百、多くとも千に収まる程度の魔物なら可能性もある。厳しいところはあるだろうが、ここにいるルミエール魔術学院の生徒や教師陣の力を合わせれば決して不可能ではないだろう。
だが今回のスタンピードは魔物の数がその比ではない。最初リカルドが見た際は、魔物の数はまだ千程度だったが、それから今までのわずか二十分ほどの間で、すでに魔物はその倍以上に膨れ上がっている。
その規模の数の魔物が自分の打ち建てた砦に全て向かってくるのだ。そんなもの到底無理に決まっている。最初こそなんとか作戦を遂行することできるかもしれないが、時間とともに押し込まれるのは目に見えている。
砦が破壊され、一点に魔物を集めたがゆえにそこから魔物があふれ出し一気に後方へと溢れていく。自分が持ちこたえられなかったせいで甚大な被害が出るのだ。
そんな未来が確定しているのに、自分にはその責任を負えるとはとても思えない。自分のせいで防衛線が突破され、後方の街へ多大な被害が及ぶ。
「私には無理です……」
そう言ったセリアに対し、周りでレインの作戦を聞いていたシャーロット達は何も言えなかった。この作戦はすでに学生である自分たちの領分を大きく超えている。今は前線に出ている教師陣がいたとしても、この作戦がうまくいくとはとてもじゃないが思えなかった。
「セリアがやらないのであればこの場にいる者の大半が死ぬ。セリア達は俺が守る以上死ぬことはないだろうが、それでも周りの生徒、特に下級のクラスはまず助からないだろう。それでもやらないんだな?」
しかしレインはそんなセリアに対し、一番断りづらい言葉で攻めてくるのだ。これではたとえここで逃げても逃げなくとも、自分のせいでたくさんの人間が死ぬことになる。もはやセリアには逃げ道などないのも同じだ。
「ちょっとレイン!いくらなんでもそれはないわよ!これからここに来るのはスタンピードなのよ!?精鋭の魔術師でも恐れおののくほどのいわば災害!その責任をセリアに押し付けるなんていくらなんでも……!」
「責任?勘違いするな。俺はセリアなら出来ると思っているから言ってるんだ。そもそも勝算がない作戦なんて最初から立てる訳がない。この作戦が一番被害が少なく、かつ魔物を抑えられると思うから言ってるんだ」
あまりのレインの言葉にシャーロットがレインを諌めようとするが、それはレインに正論で持って返される。
「そもそもスタンピードが発生している時点で被害は多かれ少なかれ出ることは決まっているんだ。後はその被害をどれだけ減らせるか。時間があれば他に作戦の立てようもあるが、もうすでに時間がない。だからこそ俺はこの作戦をたて、その上でナイツ教授にも了承してもらったんだ」
そう言い切るレインにシャーロットは次の言葉が出てこない。そしてそれはセリアも同じ。確かにレインの作戦は理にかなっているし、成功すれば被害は大いに減らすことが出来るだろう。
だがいくらセリアの砦がここ一週間の訓練で強化されたとはいえ、まだまだ未熟であることに変わりはない。魔建師が他にいないということもあるのだろうが、いくらなんでも作戦の根幹に自分をすえるなど間違っているのだ。
にも関わらずセリアの実力を一番知っているはずのレインが出来ると言っているのだ。
「なんでレインさんは、私が出来ると思うんですか……?」
疑問が口からこぼれ出る。なぜレインがそこまで自分に期待をしているのか。なぜシャーロットのような完璧な人ではなく、まぐれでA組に所属できたような自分に期待をするのか。それが知りたかった。
「訓練の時に言っただろう?」
セリアの疑問に答えるレインの口調に淀みはなかった。
「魔建師というスタイルを独学でそこまでにしたセリアは天才だと。さらに天才が弛まぬ努力でさらに上を目指した。そして今、自分の実力を上回る事態に直面し、無理でも立ち向かわない状況に置かれているんだ。はっきり言おう、この戦いが終わった時、セリアはさらに上のレベルに到達している」
キッパリと言い切ったレインに、セリアは思わず息を飲んだ。
これまで魔建師というスタイル珍しいと興味を示してくれた人こそいたが、果たしてここまで正面からセリアという人物に対して向き合ってくれたとがいたであろうか。
家族でさえ、フォライト家にとって必要だからという目でしかセリアを見てはいなかったのだ。
だからこそセリアはレインのその期待に応えたいと思う。成功のヴィジョンなど見えはしない。失敗すればきっと自分は多数の人から責められ、糾弾されるだろう。それでも自分なら出来ると言ってくれている人の期待に応えたい。セリアはそう思ったからこそ決断したのだ。
「作戦の詳細を教えてください」
前を向き、レインの目を正面から見据えるセリアの目に既に怯えの色はない。一人の魔術師が今、新たなステージへと上がった瞬間であった。
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