第58話 邂逅
第58話~邂逅~
リカルドが遠視により見たのは、湿地帯の奥から防衛線に向けて迫ってくる夥しい数の魔物の影だった。
まだ遠すぎてその姿は粒のようなものだったが、それはそれまでに見たどんな光景よりも恐ろしかったとリカルドは後に言う。
それをレインが見ることなく探知したのは本当にただの勘だ。身体強化の魔術しか使えないレインには、索敵に適した魔術は使えない。かつての仲間であるザイルであれば、おそらくその数まで完璧に探知することができるのであろうが、レインには使えないのだからそれはいい。
ならレインがなぜそれを知ることができたのかと問われれば、それはかつて戦場で培った経験に基づく勘だ。
むしろ敵の接近を感じるくらいのことが出来なければ、あの戦場では生き残れなかったのだ。
だからこそレインはその危険を誰よりも早く察知し、こうしてそれに対処しようと動いているのだ。
「ナイツ教授にお話があります」
レインが向かったのは防衛線の後方、その中でも一番後ろに配置されている天幕だった。魔物が一度減ってからは教師陣も休息をとるため、交代で生徒の支援に回っていたのだが、ナイツ教授もその例に漏れず休息をとっているところだった。
「おい!生徒が一体何の用だ!」
「取り急ぎ伝えることがあるのでナイツ教授を」
試験中に生徒が教師の天幕を訪れる。それは常識から考えればありえないことであり、場合によっては即不合格を言い渡されても仕方のないことだった。
だがそのリスクを負ってでもレインがここに来たのは、今この場にいる全員を守るためだ。
はっきり言って、レインならばパーティーのメンバーを全員無傷で守ることは可能だった。
湿地帯から何体の魔物が出てこようと所詮は魔物。五芒星の魔術師とまで評されるレインが負ける要素は微塵もない。群がる魔物だろうがなんだろうが、全てをはねのけて守り切る自身がレインにはあった。
だが生徒全員となれば話は別。レインは確かに強いが、その戦闘スタイルからして多対一の戦闘にはまるで向かない。もちろん自身が害されることはないのだが、こと拠点の防衛能力などは低いと言わざるをえないのだ。
「ふざけるなよ!退学になりたいのか!」
ただこの場で最大効率の行動をとる。でなければ時間が足りない。そう思ったからこそレインは説明の一切を省き、最高責任者であるナイツ教授に面通しを申し出たのだが、運が悪いことにレインを対応したのは規則に厳しいことで有名なバアル教諭だったのだ。
「試験中の生徒と教師の接触は禁止だ!規則に書いてあったのを読まなかったのか!」
「もちろん見ていますが、緊急の要件があります。だからこうしてここに来ました」
「ならば一度連絡係の教師に話を通せ!それも規則に書いてあったはずだ!」
「それじゃ間に合わないから来てるというのがなぜわからない!!」
天幕に響き渡るのはレインの怒声。それまでバアル教諭の怒鳴り声に、いつものことかと無視を聞込めこんでいた他の教師たちがレインに注目を集める。
「ルミエール魔術学院の教師になるほどの者なら、今の湿地帯の危険な状況が分かるだろう!!さっきまでとは明らかに気配が変わっている!このまま試験を続ければ他の生徒が危険だということがなぜわからない!」
「貴様、言うに事欠いて我々が無能だとでも言うつもりか!!」
互いの意見が真っ向からぶつかり合い、平行線をたどる。時間がないにも関わらず状況を理解しないバアル教授に対し、レインは強硬策に出ることも辞さないと決意する。
一気に回路に魔力を流し、拳を放とうとした瞬間だった。
「そこまでにしてくれるかな。流石に教師に死者が出ると僕が君を庇うにも限界があるよ?」
天幕の奥、バアル教諭が立塞がり閉ざしていた場所から出てきたのはレインが面通しを頼んでいたナイツ教授その人だったのだ。
「状況は?」
「最悪とまでは言わないですが、このままでは被害は甚大。早急に手を打たないと生徒どころか防衛線の後ろのエジャノック領にも被害が及ぶと思います」
「なるほどね。湿地帯の瘴気の流れがおかしいのと関係があるのかな?」
「そこまではわかりません。ただ湿地帯の奥から最低でも千を超える魔物がこっちに向かっているのは確認しています。到着まで最短で後一時間もないはずです」
「それはまずいね。直ちに対策を講じよう」
現れたナイツ教授との会話は驚くほどスムーズに進んでいく。この様子から察するに、ナイツ教授も湿地帯の様子を感じたのだろう。
だからこそレインの進言を何一つ疑わずに対応してくれたのだが、それに異を唱えたのがやはりバアル教諭だった。
「待ってください!こんな生徒の言うことを信じるのですか!?しかもこいつはF組の生徒ですよ!!学院の落ちこぼれ!そんな者の意見など聞く意味は……!!」
「それ以上無能を晒すのならこの場で殺すよ?」
一気に膨れ上がった殺気と同時、バアル教諭の周囲に現れたのは無数のギロチンの刃だった。刃はバアル教諭を取り囲み、その体を今にも切り刻まんばかりの勢いで回転を始めたのだ。
その光景を見ては、さすがにここまで無視を決め込んでいた他の教師陣も動かざるを得ないが、それでも誰一人としてナイツ教授に意見を言える者はいない。それだけナイツ教授の放つ殺気はすさまじく、並の者であれば意識を保つのもやっとという状況だった。
そしてその殺気をもろに浴びているバアル教諭はといえば、すでに白目をむいて泡を吹いているではないか。
「教授、今はそれよりも早く対応を」
「あぁ、そうだね。君の言う通りだ」
しかしその殺気の中でただ一人、レインだけがナイツ教授に対し意見を述べたのだ。それを見ていた教師陣からは一体彼は何者なのだという視線が飛び交うが、やはり誰一人として意見を述べる者はいない。
「それじゃあ、みんなは防衛線の前に散ってもらおうかな。各自等間隔で並んで、向かってくる魔物をなるべく減らしてね」
ナイツ教授の言葉にそれまで殺気におののいていた教師陣の表情が引き締まる。ここにいる者達は、仮にも国内で最高と言われるルミエール魔術学院の教師なのだ。状況はつかめなくとも、起ころうとしていることに対する危機意識の持ち合わせくらいはしっかりある。だからこそ、ナイツ教授の指示に迅速に対応し、天幕から出て行こうとしてたのだが、レインはそれに待ったをかけた。
「待ってください。できれば作戦を提案させてもらいたのいのですが」
「へぇ、いいよ。言ってごらん」
再びナイツ教授に意見を述べるレインに対し、教師陣はもはや戦々恐々としていた。東との塔の教授といえば、学院内でも屈指の力を誇る魔術師だ。その力の底は誰にも見えず、もちろん通常時でも学院内で意見を行く人物などそれこそ同じ立場である西の塔の教授か、もしくは学院長くらいなものであろう。
だがらこそ、一学生がこうもはっきり意見をいうことに驚きと恐れを教師たちは感じているのだがレインにとっては知ったことではない。
それよりも今は防衛線に迫りくる魔物達を対処する方が重要なのだ。
おそらくナイツ教授の口ぶりからして、夥しい数の魔物が迫ってきて言事には気づいているのだろう。聞けば湿地帯には万を超える魔物がいるらしい。もし今確認した魔物が第一陣であれば、その後にさらなる魔物が襲ってくるかもしれないのだ。
そうなった場合、ナイツ教授の提案した作戦では耐え切れない可能性が高い。いかに教師陣が実力の高い魔術師であっても、数の暴力の前では防衛線を保つことは難しいだろう。そんな場面をレインは戦場で何回も見て来たのだ。
「魔物を俺達の拠点に集める形で教師陣を防衛線に組み込んでください」
「君たちの拠点にかい?」
「はい。幸い俺達の拠点は防衛線の中央付近に位置しています。そこから放射状に防衛線を組み直し、魔物を誘導してください」
それこそがレインの作戦。横一列のラインでは魔物を止めるのは難しい。だが、中央から両方向に放射状に広がる防衛線ならば、魔物の進路を誘導することに集中できることになり防衛線を保ちやすくなる。
「だがそれは君たちの防衛線に多大な魔物が集まることになる。もちろん戦力をそこに集めはするが、大丈夫なのかな?」
「ええ、そこには堅牢な砦がありますからね」
探るような目をレインに向けるナイツ教授だが、レインはそれに真正面から堂々とそう答えて見せた。
これから起こるのは後に語られる湿地帯での大規模なスタンピード。実技試験はいよいよ佳境に突入しようとしていたのであった。
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