第57話 二人の男の末路

第57話~二人の男の末路~


 アーリヒが沼地の中心部で瘴気を集めていた頃、すぐ近くの沼地ではクノッフェンもまた同じように小瓶のふたを開け瘴気を集めていた。


『感謝するぞ。愚かな人間よ』


 そしてアーリヒと同じ言葉を聞いた時、クノッフェンは自分のしたことがどんな結果をもたらしたのかを一瞬で理解することになる。


「あの男!!まさかこれがもこれが目的だったのか!?」


 全てに気付いてもすでに遅い。二人の近衛もクノッフェンの様子に戸惑うが、もはやクノッフェンにそんな余裕はなかった。


「一体何が……?」


 しかし何が起ころうとしているのか聞かねばそれに対処することなどできはしない。だからこそ魔剣士の男は、クノッフェンに尋ねたのだが、その答えは自身の予想よりもはるかに悪いものとなってしまう。


「龍だ!!この湿地帯にかつて主として君臨し、そして討伐された龍が再び蘇ろうとしているのだ!!」


 半ば怒鳴るように叫ぶクノッフェンだったが、もしそれが事実ならその反応は当然のこと。龍と言えば存在だけで伝説とされ、もしそれに相対してしまうことがあれば死は免れず、対自他国は一夜で灰燼に帰す。そのように言い伝えられて恐れられてきたまさに伝説の存在なのだ。


「それは事実なのですか?」


「無論だ!かつてこの湿地帯には龍が住んでいて、だからこそ近隣の国は接近を避けていたのだ!」


「そんなことは聞いたこともありませんが」


「ヘルメス王国とハルバス聖王国が湿地帯を納める貴族、その当主にしかその情報は伝えていない!もし龍などという存在がそこにいたことが例え過去でも知れれば余計な混乱をもたらす!だからこそ情報は秘匿され、代々当主しか知らなかったのだ!」


 叫びながらもクノッフェンと二人の近衛はすでに沼地の中心から撤退を始めている。


 伝えられている龍の話によれば、その龍はかつて湿地帯に住んでいたようだが、特に人の生活を害するようなことをした記録はない。もちろん湿地帯に侵入し、その上で龍自身を階層とすれば相応の対応はしたそうだが、その龍は高い知能を持っていたがゆえ、人との無用な争いは避けていたようなのだ。


 だが近隣の王国、ハルバス聖王国とヘルメス王国の前身となっていた国は自国の領土にいつ襲い来るともわからない脅威がいることを良しとしなかった。


 そこでその当時、最高の戦力を持つ魔術師、それこそ今でいう五芒星の魔術師に匹敵するような者達を集め、龍の討伐に乗り出した。


 魔術師と龍の死闘は三日三晩続いたそうだが、魔術師も大半が犠牲となるのと引き換えに、ついに龍は討伐されたのだ。


 龍は討伐され、湿地帯には並の魔物がいるのみとなったが、龍の死体はあまりにもとの魔力炉が膨大であったため、大量の瘴気を湿地帯全域にもたらすこととなり、湿地帯は他の地域に比べ魔物の多い地帯となってしまう。


 かつての統治者は、討伐した龍であってもその強さに怯え、湿地帯への手出しを前面に禁止。それこそが表には公表されていない、湿地帯の裏の歴史なのだ。


「龍は死んでもなおアンデットとして健在だった!私たちはそのアンデットに沼地に広がる瘴気を自ら集め、復活の機械を与えてしまったのだ!!」


 魔力を多く有する魔物が死に、少ない確率からアンデットへと移行する。本来は低い確率なのかもしれないが、それが龍という最強の一角であれば話は別だ。


 いうなればゾンビドラゴンとしてひっそりと生きながら得た龍は、死ぬことで瘴気となって失った魔力を再びとり戻すことになる。


「もしあの龍が受肉をすれば国が吹き飛ぶぞ!!」


 今や骨のみとなった龍が、大量の瘴気により再び受肉する。そうなったとき、恐らく龍はかつての恨みを果たすため、ヘルメス王国やハルバス聖王国へ復讐にくることは間違いない。


「東の大陸が最悪滅びてしまう……」


 それは起こりうる中で、クノッフェンの考える最悪のシナリオ。あのシルクハットの男の甘言に唆され、このような最悪の状況を作り出すことを容認した過去の自分に、どれだけ恨んでも恨み切れない。


 ただ領地を守りたかった。そのためにこの湿地帯の問題を解決し、そして経営を立て直したかった。


 そのために、いかにも怪しいシルクハットの男から提示された、瘴気を集め封じるという小瓶まで購入し湿地帯の奥地までやってきた。


 しかし、恐らくそれはきっとあの男の仕組んだ罠。クノッフェンの心理を正確に把握し、一番弱いところに正確に付け込んだ効率のいいトラップ。


 もし国が亡ぶことになれば、それは間違いなく自分のせいだ。


そんな思いを抱えながら、クノッフェンはただ必死に沼地を駆けるしかなかったのだった。


 ◇


 湿地帯の様子が一変したのは、防衛線に向かってくる魔物が落ち着き、生徒や教師たちが休息をとっている明け方のことだった。


「何かが来る」


 セリアとリカルドが砦の上で見張りをしてくれているおかげで、残りの三人は砦の中で休息をとっていたのだが、突如レインがそう言って立ち上がったのだ。


「何かって、何が来るの?」


「わからない。だが、この感じは多分まずいぞ」


 パメラの問いに短く答えたレインは、足早に見張りをしている二人のもとへと向かって行く。一瞬顔を見合わせたシャーロットとパメラだったが、すぐにレインの後に続く。


 東の空がわずかに白み始め、まもなくすれば湿地帯を朝陽が照らし始め、新たな一日が始まりを告げる。だが、その新たな一日は穏やかさとはかけ離れたものとなる。レインにはそんな漠然とした予感があった。


「どうしたレイン?休憩時間はまだあるぞ?」


「リカルド、遠視で湿地帯の奥を確認してくれ」


「は?それはいいがついさっきも確認したばっかりで以上なんて……」


「いいから早く!!」


 怒鳴るようなレインの言葉にリカルドは遠視を使い湿地帯の奥に視界を凝らす。遠視とは、魔弓師の得意とする魔術であり、魔力を眼に集中させることではるか遠方までの視界を確保するための魔術だ。


 つがえる矢に込めた魔力、または魔力そのものを矢として打ち出す魔弓師の飛距離は、時に数百メートルにも及ぶ。その時に正確な狙いをつけるため開発された魔術であり、魔弓師には必須の魔術であるが、リカルドはその遠視を使いレインに言われるままに湿地帯の奥を眺め戦慄した。


「おい、まずいぞあれ……!?」


「規模はどのくらいだ?」


「まだ遠すぎてはっきりはわからないが、おそらく千は超えてるはずだ、って、どうしてお前わかって……」


「ただの勘だ。当たって欲しくないタイプのな」


 そう言うとレインはすぐに砦の後方へ走り、そこから飛ぼうとするが、その前に呆気にとられる四人へと指示を出した。


「俺はこの状況を今回の最高責任者であるナイツ教授に伝えてくる。おそらく遠視で数まで確認できるとなると、おそらく到達までは数十分ってところだ。それまでには戻るからいつでも戦闘に移行できるように最大の準備を整えておいてくれ」


「レイン!どういうことか説明しなさいよ!」


「時間がない。詳細はリカルドに聞いてくれ」


 訳の分からないシャーロットはレインに説明を求めるが、レインはそれに答えることなくセリアを見つめた。


「セリア」


「は、はい!」


 まったく状況についていけていないセリアは、思わずどもってしまったが、レインのこれまでにない真剣な眼差しに息を呑んだ。


「ここから先、セリアの砦が最大の鍵となる。今のうちに回復薬で魔力を回復しておいてくれ」


 そう言うとレインは、今度こそ砦を下りて行ってしまったのだった。


 残された四人は、あまりのレインの一方的な言葉に訳も分からぬまま、いや、リカルドだけはわかってはいたが、展開についていけずしばらくの間立ち尽くしていたのだった。

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