第54話 東の塔の教授
第54話~東の塔の教授~
ロベルト・ナイツ。
ルミエール学院の誇る東の塔の教授であり、西の塔の教授であるシルフィと双璧を成す学院のトップである魔術師は冷静に防衛線を観察していた。
湿地帯から抜けてくる魔物に各々対応し、必死に防衛線を維持しようとしている生徒たちにはやはり歴然とした差が存在している。
クラスをAからF組までの実力順に分けている時点で差があるのは分かり切っているのだが、それにしてもなぜここまで差が出るのかとナイツ教授は毎年感じる疑問に首を傾げる。
防衛線の中央、その上空から防衛線を眺めるナイツ教諭から見て右手の拠点の一つ守るパーティーに目をやれば、三体の蛇型の魔物、恐らくはリバーバイパーであると思われる魔物にてこずっている様子だった。
F組の五人で構成されたパーティーは指揮を執る者がおらず、その場しのぎでそれぞれが攻撃をしており、連携が全く取れていない。そのせいで一体を倒すのに時間がかかり、その隙をつかれて後から現れた別の魔物に横を抜かれるのを許してしまっている。
抜けた魔物は教師陣が一撃で倒しているので問題はないが、みている間でもそれなりの数の魔物が防衛線を突破しており、試験の不合格は決まったようなものだろう。
逆に左手のパーティーに目をやれば、そのパーティーはそこそこ連携が取れているように見える。どうやらB組とC組の混合パーティーであるようだが、支援担当の魔声師が鼓舞することでメンバーの士気を高め、同時に全体に指示を出しているようであった。パーティー自体の構成もその他に前衛が二人に後衛が二人とバランスがよく、今のところそれが機能し魔物を一匹たりとも逃すことはない。
両者を比べれば相当の差があるが、ナイツ教授から見て魔術師としてそれほどの差があるとは思わない。
経験などに若干の差があるのは否めないが、それでも魔術のレベルはどっこいどっこいだ。であるはずなのにどうしてここまで両者には差が出てしまうのか。それがナイツ教授には不思議でたまらなかった。
人によっては魔術の技量は貴族の爵位の差などという者もいるが、それは全くの間違いであるということはナイツ教授自身が示していた。
もともと平民の家で生まれたナイツ教授は、それこそ十八になるまで魔術とはほとんど無縁の環境で過ごしてきた。
だが人生の転機となる事件が起こり、それ以降ナイツ教授は魔術師としての人生を生きていくこととなる。魔術とは無縁だったナイツ教授は、それこそ血のにじむような努力をしてここ今立っているのだ。もちろんその間には運やその他の要因があったことは事実であるが、それでもナイツ教授は貴族至上主義の魔術師の世界において、平民からなりあがった者のひとりであることに間違いない。
だからこそわかっているのだ。この各パーティー間における差が、貴族という凝り固まったプライドと、魔術に関する知識の低さが生んだ悪しき差であるということを。
「さてさて、例年通りF組は全滅かもしれないね」
茶色の髪をどこかきざったらしくかき上げながら防衛線を見るナイツ教授。
例年F組の生徒が二年生に進級できないことは有名なことだが、その大半はこの最初の期末試験で脱落することになる。時に通過する者が現れるのも事実であるが、F組になった時点で落ちこぼれの烙印を押された生徒は、ここを通過しても夏を終える頃には全員がいなくなる。
だがそれは仕方がないことだとナイツ教授は思っていた。ルミエール魔術学院は曲がりなりにもハルバス聖王国において、トップレベルの学院なのだ。
そこで上を目指す以上、その実力はある程度担保された物でなければ話にならない。だからこそ入学時点で実力ごとにクラス分けされるのだ。F組に分けられたということは、学院で生活するには実力が足りないということの表れであり、並大抵の努力でそれが覆ることはない。
しかもF組になった時点でその他のクラスの生徒からは接触すら拒まれるのだ。上位のクラスと交流もなければパーティーを組むことは不可能。実力のある物に便乗し学院の生活を乗り越えることなどできはしない。
そんな与えられた最悪の環境の中でもがき、そして力を掴むことが出来なければ、F組の生徒の実力では上位学年に上がることは難しい。
だからこそ非常に厳しい試験においてふるい落とす。それはある意味下手な夢を見ることがないようにする学院なりの優しさでもあった。
「こんなことを言っていると知れたら、西の塔の教授は怒るかもしれないね」
ナイツ教授は今この場にはいない、西の塔の教授であるシルフィを思い浮かべて苦笑を浮かべた。
傭兵上がりの割にすぐに情にほだされる傾向のある、稀代の魔術師。
シルフィよりもはるかに長くルミエールに籍を置いているナイツ教授は、そんな甘いところのあるシルフィとはそりが合わないと思うところが多々あった。
そのせいか陰で東と西の塔は仲が悪いだとか、次期学院長を狙っての対立などという噂が絶えないのだが、事実はまるで違う。
そりが合わないのは事実ではあるが、あくまでそれは考え方の違いからくるもの。実力のないものは淘汰されても仕方がなく、そうなりたくないのであれば自身での相応の努力が必要だと考えるナイツ教授。対するシルフィはもちろん本人の努力も必要ではあるが、しっかりと手を差し伸べてあげるべきと考えているのだ。
だからこそ話が対立することもあるのだが、互いに互いを認めているからこそこれまで大きな争いなどが起こったことはない。
レックス傭兵団の一人であり五芒星の魔術師と称される者。もちろん魔術師として自分がシルフィに劣るとは考えてはいないが、それでもあの悲惨な魔導大戦において、最後まで最前線で戦い、そして揺るぎない戦果を出していることは事実。
さまざまな理由から後方支援にあたっていたナイツ教授からすれば、例えそこにどのような事情があれど、戦果を出したシルフィたちは認めなければいけない存在なのだ。
「まぁ、今回は僕がここを任されたわけだからね。ものすごくきな臭そうな感じだけど、そこはしっかり責任を果たそうかな」
そう言ってナイツ教授は湿地帯の奥へと目を向ける。
霧に包まれた湿地帯。通常とは違う、明らかにおかしな魔力の気配を視線の向こうに感じているナイツ教授は、そう呟いて防衛線へと視線を戻した。
「さてさて、一体どうなることやら。君の実力も、もしかしたら見れるのかもしれないね」
小気味のいい笑いを浮かべたナイツ教授は防衛線で奮闘している生徒たち、その中でも一つのパーティーに目を向けた。
与えられた拠点の中にそびえたつ鉄の砦とその左右を守る二つの影。その内の一人、今や絶滅危惧種とも言われる魔拳師というスタイル。そのスタイルで今も迫りくる魔物を屠る姿はナイツ教授をして驚愕のもの。
学院での最底辺、一年で全てが離脱するはずのF組の生徒にしてA組の生徒二人とパーティーを組む三人。その中の一人であるレインをナイツ教授は目を細めてみる。
「君の実力、見せてもらおうか」
そう言って再びナイツ教授は笑うと、すでに崩壊しかけているパーティーに不合格を告げるために動き始めるのだった。
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