第53話 砦の上から見る光景
第53話~砦の上から見る光景~
自身の打ち建てた魔鉄砦の内部には簡易的な部屋がいくつか存在し、その中では人が動き回ることももちろんできる。
すでに試験開始から八時間が経過し、辺りが暗闇に包まれた頃、砦の内部ではリカルドとパメラが泥のように眠っていた。
「レインさん!カバみたいな魔物が五体接近!シャーロットさんの方には蛇が二体来てます!!」
休憩している者がいるということは、その間最初よりも少ない人数で防衛を行わなければいけないということだが、試験開始から戦い続けている二人だが、その動きが落ちる様子は一切見られない。それどころか徐々に動きが最適化されはじめ、向かってくる魔物を屠る効率が上がっているのだから、それを砦の上から眺めているセリアからししてみれば、おかしな光景を見せられていることに他ならないのだ。
あの二人、ほんとにすごい……
それがセリアの心からの思いだった。高さが五メートル以上ある砦の上にいるセリアは、常に自分たちの防衛拠点を俯瞰してみることができるが、レインとシャーロットはそうではない。
魔物と同じ視点で、かつ多対一の戦闘を行っているというのに、まるで全方位を見渡すことができるかのように死角がないのだ。
それでもシャーロットの方は、たまに取りこぼしをすることもあるため、セリアがその都度砦の上から指示を出し、そして唯一の取柄でもある土属性の魔術で足止めをしているが、レインの方はまるで作業でも行っているかのように効率よく、そして無慈悲に淡々と魔物を屠っていく。
ランデルのパーティーに誘われた時、こんなすごいパーティーは他にないと思ったが、このパーティーを見ればあれがいかに子供だましであったかということがすぐにわかる。
洗練された氷の魔術を操る魔剣士、正確無比に獲物を仕留める魔弓師、芸術的な演奏でパーティーのサポートを行う魔奏師、そして戦いの素人である自分が見ても、明らかに頭一つ飛びぬけているであろう実力を持つ魔拳師。
果たしてこのパーティーに自分が見合っているかは分からない。いや、現時点で言えばきっと自分はお荷物以外の何者でもないだろう。
だが、これが例え偶然だったとしても、セリアはこうしてこのパーティーに所属している。どれだけ見合わなくても今こうしてこの人たちと一緒に戦うことができているのだ。
それなら私も頑張らなくてはいけない。
今置かれているセリアの境遇をまるで自分の事のように受け止め、そしてなんとか打開しようと言ってくれたみんなの期待にこたえられるように頑張らないといけないのだ。
この一週間で教わった魔術の基礎。それは自身の魔力炉からいかに効率よく魔力を回路にいきわたらせ、そしてロスなく使うかということ。
「打ち建てた砦は拡充する!」
これまでは出来なかったこと。一度建てた砦を後からさらに魔力を加えることでさらに大きくし、砦としての機能を増す。
魔建師が作った砦は、材料こそ使うが魔建師の実力が高ければ、仮に損傷したとしても魔力を流すことにより修復することができる。さらに今セリアがしているように、最初に使った魔力が回復したのちに、さらに砦を巨大にすることもできるのだ。
ゆえに魔建師というスタイルは時間が経てば経つほど厄介な相手となる。放っておけば王宮クラスの砦を打ち建てることすら可能にしてしまうからだ。
だがセリアは今までこれを行うことができなかった。回路の使用法が未熟であり、魔力のロスが多すぎる。ゆえに自分で建てたにも関わらず砦にうまく魔力を流すことができなかったのだ。
だがセリアはレインとの修練でそれを払拭した。土壌はもとからあったのだ。後は正しい指導の下、本人が修練を怠ることがなければ才能は花開く。
「砦よ、広がれ!!」
言葉と同時、それまで防衛拠点の半分ほどの大きさだった砦の横幅が一気に広がり、拠点の三分の二を占有する程の大きさになる。
「レインさん!シャーロットさん!これで少しは楽になったと思います!リカルドさんとパメラさんの仮眠が終わるまで頑張ってください!」
突如として巨大化した砦にしばし呆気にとられた二人だったが、セリアのその言葉にどちらからともなく不敵な笑みを浮かべると、二人同時にサムズアップでセリアに返す。
今この時、セリアは真にパーティーの一員となった。それを実感する
◇
リーシャル・クノッフェンは辺境伯である前に一人の魔術師だ。
王都での権力争いから今の辺境伯としての職務に追われる内に一戦は退いたが、過去には戦争の最前線で戦っていた経験もあり、知る人に言わせれば非常に優れた魔術師であると評価されるだろう。
「仕掛けるべきは湿地帯の中層より内側、だったな」
だからこそクノッフェンは魔物の蔓延る湿地帯に、自身の腹心である部下二人のみを連れて来たのだが、その判断が間違いであったのではないかと感じ始めていた。
「リーシャル様、差し出がましいとは思いますが、この湿地帯の様子は異常です。撤退を考慮していただいた方がよろしいかと」
「私もそう思います。長くこの湿地帯を見てきましたが、このようにアンデットが増えることなどありませんでした。これは絶対に異常。隣接するハルバス聖王国にも伝達し、協力を仰ぐべきかと愚考します」
クノッフェンの前後を警護する近衛の二人がそう進言する。魔剣師と魔戦術師のこの二人は、クノッフェンがまだ王都にいた頃からの部下であり、この領地において唯一信頼できるものと言ってもいい。
この辺境の領地に来てからも、二人がいたからこそ大きな問題もなくなんとか領地の運営をしてこれたのだ。
領地の一番の問題である湿地帯。そこに蠢く魔物への対応を一手に引き受けてくれた二人。だからこそクノッフェンは目的を達成するためにこの二人に護衛を頼んだのだが、この二人だからこそ今の湿地帯の異常を敏感に感じ取っていた。
平時ならクノッフェンはこの進言を間違いなく聞き入れただろう。その上で撤退し、この情報を王都に挙げたうえでハルバス聖王国と連携をとったはず。
「異常なことは分かっているが今は行くしかない。このままこの状況を放置すればただでさえ危うい領地の経営が一気に傾くことになる。ここで撤退し建て直す時間はない」
しかし差し迫る状況がそれを許さなかった。ただでさえ地形や人口の減少の問題で税収が減っている領地なのだ。湿地帯から現れる魔物の対応に手をこまねき、万が一人的被害が出れば人々は確実に領地を出て行く。そうなればこの領地は終わり。それだけは絶対に避けなければならなかった。
「危険なことは重々承知だ。出来る限り戦闘を避け、その上で中層にこれを設置した段階ですぐに離脱する。だから二人とも、なんとかそこまで私を連れて行ってくれ」
そう言って護衛の二人に対し頭を下げるクノッフェンに、部下である二人が何をいえようか。
本来貴族が頭を下げることなどほとんどありえない。稀にそう言った者がいないことはないが、それでも貴族という者は生まれ持った地位とプライドのせいで、人に頭を下げることなどできないのだ。
だがクノッフェンはそれをした。貴族が頭を下げてまで領地を守るために力を貸して欲しいといっているのだ。それならば部下である自分たちはそれを叶えるために全力で任務を遂行するのみ。
「頭を上げてくださいリーシャル様。我ら二人で必ずリーシャル様を危険からお守りします」
「その通りです。そうですね、ですからこの仕事を終えたらたまには三人で飲みましょう。昔を思い出してゆっくりと」
二人の言葉にクノッフェンははにかむように笑い、そして再び湿地帯を進み始める。
思い出すのはかつて、王都にいた頃によく三人で夢を語り合いながら飲み明かしたときの事。辺境伯になってからは差し迫る業務に追われ、それもすっかりなくなっていた。たまには、たまには昔を思い出して三人で飲むのもいいだろう。この仕事が終わったなら。
そう思い、三人は互いの絆を再び確認した。
だがそれが大きな間違いだったことを知るのはもう少し先の事。美しく、そして使命を全うするために命を懸けて湿地帯を進む三人に、裏で動く影の魔の手が忍び寄る。その凶刃が振るわれるまで後、少し。
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