第52話 おかしな気配
第52話~おかしな気配~
試験が開始してさらに二時間が経過した頃になると、湿地帯から防衛線へと流れてくる魔物が次第に増えてきていた。
「リカルド!二時と十一時!!」
「わかってる!だが数が多い!三秒稼いでくれ!」
「了解よ!氷壁!!」
防衛拠点、砦の東側を守るシャーロットとリカルドの側には、素早さにすぐれるカエル型の魔物が七匹迫ってきていた。
魔剣士たるシャーロットと魔弓師のリカルド。近接と遠距離という異なる二人の連携は、非常に効率的であると言っていいだろう。
まだ距離のあるうちはリカルドが弓で狙撃を行い、シャーロットは氷の魔術で援護する。逆に魔物が近距離まで接近して来れば、シャーロットが剣での接近戦で魔物を切り伏せ、リカルドが弓と魔術で援護を行う。
その連携は非常に洗練されており、知らぬものが見れば長年一緒に戦いを共にしてきたものにしか見えないだろう。そのくらいに二人の戦いは無駄がなかった。
「どうやら俺の言ったことをきちんとこなしていたみたいだな」
「レイン君の課題をこなそうって、あの二人は特にはりきってたみたいだから」
東側の防衛を見ていたレインは、こちらにも同じようにやってきている魔物を拳一つで次々と屠っていく。もちろんパメラによるフルートの音による支援と風魔術による妨害は行ってもらっているが、それでもレインの戦う様は異常だとパメラは思う。
レインのスタイルは魔拳師と呼ばれるものであり、今この世界では知名度の割には絶望的になり手が少ないスタイルだ。その理由は単純明快。今まさにそのスタイルで魔物を屠っているレインの戦い方そのものにある。
向かってくる魔物に蹴りを入れ、左右同時に迫る別の魔物に拳を叩きいれる。上空から飛来してくる鳥型の魔物を紙一重で
回避すると、すれ違いざまに手刀でその首を両断していく。
レインはそれを余裕でこなしているからこそ何も感じないが、実際は異常だ。魔拳師の武器は己の拳。武器を持たないがゆえに、他のスタイルよりも敵との距離が著しく近いのだ。
武器を持たないがゆえに身軽ではあるが、その分危険度もスバ抜けて高い。ゆえに知名度こそ高いスタイルではあるが、あまりの危険度ゆえに魔拳師の成り手は非常に少ないのだ。
「パメラ、防御支援はいい。攻撃と素早さの支援比重を増やしてくれ」
「で、でもそれじゃあ危険じゃ……」
「この程度の魔物の速度であれば被弾はしない。むしろ数で押されて横を抜けられる方が問題だ」
「り、了解!」
だからこそパメラは魔奏師としての支援を、なるべく防御を向上するものを多用していたのだが、レインはそれを拒否したのだ。
だがそれもレインの戦いぶりを見ていれば納得せざるを得ない。それほどまでにレインの体捌きは一線を画しているのだ。
やっぱりレイン君はただ者じゃないな。
そう思いながらもパメラは支援をいわれた通りに切り替えていく。
防衛拠点での戦いは未だ始まったばかり。しかし、時間とともにその様相は様変わりしていくのだった。
◇
おかしい。
試験開始から続々と増え始めた魔物を蹴散らしながら、レインは違和感を感じていた。
湿地帯の中の魔物が増え、そのためにハンターたちがそれを間引きするために中に入った。それゆえ湿地帯を侵された魔物達がそこから逃げる様に人里の方向である防衛線に向けて逃げてくる。
それは当然の事であり、最初から予想されていたことであるのだから問題はない。問題はないが、湿地帯から防衛線に向かってくる魔物の数が明らかに多いのだ。
湿地帯にハンターが侵入してからそろそろ四時間になるが、魔物の間引きをしながらの侵攻ということを考えると、中層にすらまだ辿り着いていないはずだ。
外周部の魔物は中層より内部の魔物に比べ縄張り意識が高い。個体の強さがそれほどでもない外周部の魔物は、縄張りを意識し集団で生活をしている。
しかしひとたびその縄張りに強者が侵入すると一気にそこから逃げ出すのだが、時間が経つと再び縄張りへと戻る性質を持っている。
それゆえ外周部の魔物を討伐している今の段階では、それほど防衛線に逃げてくるとは考えにくい。しかも今も時間とともに増え続ける魔物に対し、防衛拠点を守る生徒たちのパーティーのいくつかはすでに取りこぼしも始まってきている。
今のところは試験の減点にあたる取りこぼしを防ごうと生徒たちも必死になっているが、この様子が後一時間も続けば魔力が切れてくることにより取りこぼしはさらに多くなる。
それでも教師陣がいる以上はよほどの事態になることはないだろうが、やはりこの状況は普通ではないとレインは感じていた。
現に防衛線を構築している生徒たちの後方に陣取っている教師たちも、この状況に違和感を感じているようにも見えた。
おそらくこの実技試験の本質は、優秀とはいえ実戦経験の乏しい貴族の子どもたちに経験を積ませるためのもの。ゆえにもとからそれほどの難易度を想定しているはずもなく、逆に言えばこの程度の試験すら超えられない者は学院にいる必要がないと思われても仕方がない。
だからこそ教師陣もこの魔物の多さに状況がおかしいことを感じているのだが、今はまだ余裕で対応できる範囲内であるためアクションは起こしていない。
レインはその様子に内心で舌打ちをしながら魔物の殲滅にあたる。
はっきり言って、この程度の魔物なら数がどれだけいようがレインの敵ではない。現時点でも回路に流している魔力は全体の数パーセントにしか満たず、レインが使用できる身体強化の魔術もその効力は最低限度のみ。
少なくともレインがいる以上、パーティーメンバーの安全は間違いなく確保できる。例えどれだけの敵が襲って来ようとも、パーティーを守ることはできる自信はレインにはあった。
だがレインが想定する最悪の事態が起こるとすれば、はっきりってこの防衛線は地獄と化すだろう。
この試験にシルフィがいないことが悔やまれる。おそらくは帝国の内情を探るために奔走しているであろう、かつての仲間で、現ルミエール魔術学院の西の塔の教授である姉替わりの存在を思い出しレインはもう一度ため息を吐いた。
シルフィの得意分野は広域殲滅。もしこの一帯に魔物が詰めかけて来たとしても、シルフィがいれば一撃で全てにケリがつく。
だがこの場にシルフィはおらず、この先の展開も読めはしない。今のレインにできることは、与えられた試験の内容の通り、今この防衛線で向かってくる魔物を一匹たりとも後ろに通さないようにすることだけだ。
不気味な予兆を見せ始めた湿地帯にもう一度目をやったレインは、何が起ころうともパーティーメンバーだけは守りぬくと心に決めるのであった。
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