第17話 大戦の意味

第17話~大戦の意味~


 ギュンターから予想外の一言が放たれた翌日、レインはシルフィのもとを訪れていた。


 本来なら授業のない休日である今日は、リカルドにトレーニングをしようと誘われていたのだが、ギュンターの言葉がどうしても気になってしまい、やむを得ずリカルドに断りを入れてシルフィに相談に行くことにしたのだ。


「レインってば、早速いろいろやらかしてるみたいだねー」


 シルフィの居室である西の塔の最上階、そこに足を踏み入れたレインに対しシルフィは開口一番そう言った。ちなみにこの部屋は、本来なら一般の生徒は入ることが出来ないどころか、そもそも塔に設置されている昇降機を動かすことも出来ない。ならどうしてレインがここに来れているかというと、単純にシルフィが許可を出しているからだ。


“レインならいいに決まってるじゃん!むしろじゃんじゃん来てよ!”


 と言ったシルフィだが、寂しがり屋なところがある彼女の性格を考えればそれも当然のことなのだろう。この事実を知った他の生徒が何というかは知らないが、もちろんレインは口外するつもりはない。かつての仲間で今や西の塔の教授という、素晴らしい地位を得た仲間を貶める必要など何もないのだから、レインはこの事実をしっかりと胸に仕舞っておいているのだ。


「やらかしたってのはご挨拶だな。俺はいたって普通の生活をしているつもりだぞ?」


「普通のF組の生徒はいきなり昼の食堂でC組の生徒を泣かせたり、総合戦闘訓練でA組の生徒の一撃を片手で受け止めたり、ましてフリューゲルの家の令嬢を邪険に扱うなんてしないんだよ?」


「なんだ、そんな細かいことまで知ってるのか。どれも些細なことだと思っていたんだが」


「レインの姉代わりとしては、弟の素行に目を光らせておくのは当然の事なんだよ!!」


 と、あまり大きくはない胸を張りながらそう言うシルフィに、レインは少しだけ呆れ顔になりながら部屋に設置されているソファに腰を下ろす。無論、レインとて自分を気にかけてくれているのは嬉しいが、今シルフィが言ったことはどれも子ども同士の些細な諍いと、授業での一コマのことだ。西の教授たるシルフィが注視することではないと思ってのあきれ顔だったのだが、どうやらその表情をみたシルフィの受け取り方はそうではなかったらしい。


「ねぇレイン。今そんな些末なことって思わなかった?」


「思ったか思わなかったかと聞かれれば、思ったな」


 心情をずばり言い当てられてレインは少し遠まわしにそう返す。


「よくも悪くもこの学院は貴族の子息、ないし令嬢が多いって言うのは知ってるよね?というか貴族が中心に回っているって言っても過言じゃないし」


「そりゃもちろん。平民への洗礼みたいなのも受けたし、あまり俺に対する印象が良くないって言うのもわかってるが?」


 これまでの一月ちょっとの学院での生活で、レインが平民だとわかると態度を変えた生徒は少なくない。もっとも魔術がろくに使えない時点であまり近づこうとする生徒もいないのだが、その二つを知って尚レインの傍にいてくれるのは、今のところリカルドとパメラだけだ。


「貴族は多かれ少なかれ外聞を気にする生き物だよ。だから下の者へは強く出るし、上の者には媚びへつらう。それが普通だし、だからこそレインへの当たりも予想できるものではあった。だけどね、レイン。もしレインの出自がそんなプライドの塊のような貴族にばれたら、割と面倒なことになるって思わない?」


 そう言うシルフィの言葉を反芻するレインだったが、最初よくわからなかったその言葉の意味を理解すると、思わずシルフィを二度見してしまった。


「俺がレックス傭兵団の一員だったことがばれるとまずいのか……?」


「まずくはないけど確実に面倒なことになるとは思う。味方も増えるだろうけど一気に敵も増える。これは私が実際に経験したことだからまず間違いないかな」


「もしかして、今回のことでシルフィが裏で手とかまわしてないよな?」


「私がしたのは情報統制だけ。どこぞの貴族に可愛い弟分に余計なちょっかいをかけられたくないからね。でもきっと、教師の内何人かはレインの異質には気づいていると思うよ。この学院の教師をしている人たちだし、レインが他とは違うって言うのは間違いなく気づく。でも流石にそれがレックス傭兵団のことにまでつながるなんて思う人はいないから、そこは心配しなくてもいいかな」


 そう言い切ったシルフィに、レインは自身の軽率な行動を今更ながら反省していた。レインは最初、自分がレックス傭兵団の一員であったことを隠すつもりはなかった。無論、誰かれ構わず言うつもりはなかったが、リカルドやパメラなど、信用のおける人たちには今後話す機会もあるだろうと思っていたのだ。


 だがシルフィの言葉はレインのそんな思いを覆す。仮にもしレインがレックス傭兵団の一員であると知れた場合、シルフィの言う通りよくない輩が現れるだろう。もちろん力に訴えられたところでレインならそれを排除することなど容易だが、相手が正面から戦ってくれる保証などない。それにレインはあくまで学生であり、もともと戦場出身とはいえ平民だ。貴族の得意とする政治的な戦いには無知である。もしそちらのフィールドで戦わなければいけなくなった場合、一方的に負ける恐れだってあるのだ。


「軽率だった。以後気を付ける」


 素直にそう思ったからこそレインはシルフィに謝罪した。自分の行動を事前によくない方向へといかないようにしてくれたシルフィに対して謝ったのだ。だが、その謝罪を受けたシルフィが今度は慌てたような態度に出る。


「ちょ、ちょっとレイン!?別に私は謝ってほしかったんじゃないんだよ!?ただちょっと気を付けてねって言いたかっただけで、あの、そんなつもりじゃ」


 なぜシルフィが慌てるのかレインにはわからない。あくまでシルフィは正しいことを言ったはずなのだが、もしかしてまた何かいらぬことをいったのかとレインは考えたが、シルフィはさらに慌ててレインに言う。


「あのね、レイン!別にレインは普通にしてくれてたらいいんだよ?私がレインをこの学院に呼んだのは、あくまで普通の子供として学生生活を送って欲しかったから!少しだけ気を付けた方がいいとは思うけど、だけどそんな理由でレインが縮こまる必要なんてないんだよ!!」


「だがそれではシルフィに迷惑が……」


「弟がそんなこと気にしなくていいの!!それにもしレインにちょっかいかけるような奴がいたら、私がそんな奴は吹き飛ばすから!!」


 そう言ったシルフィの顔は本気だった。かつて戦場で数万人以上の人々を吹き飛ばした大規模魔術の使い手。それがシルフィであり、実際に今言ったことを実行できるだけの人物なのだ。だからこそ、レインはしっかりと自制をしようと思うと共に、シルフィに今度は謝罪ではなく礼を言った。


「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」


「う、うん!お姉ちゃんに任せなさい!!」


 貴族というものと、自身がかつて所属していた傭兵団の立ち位置を改めて理解したレインはこれからの行動を考えようと思うと共に、改めてシルフィという存在がいてよかったと思うのだった。


 ◇


 最初から割と重要な話題のせいで忘れかけていたが、レインは本来の目的を思い出しシルフィに昨日のことを話した。


「ふーん、あの主席君、そんなこと言ってたんだ」


 自分で淹れた紅茶に砂糖を落としながら、昨日のギュンターから告げられた警告について考えるシルフィ。この学院でも最高位に近い位置にいるシルフィなら何かを知っているかと思い、今日ここに来たのだが、果たしてそれは間違いではなかったようで、紅茶をこくりと一口飲むとシルフィはゆっくりと話し始めた。


「ねぇ、レイン。私たちが参加してた戦争。第二次魔導大戦の原因ってそもそも何だったかって知ってる?」


 急に話題と違うことを言い始めたシルフィだが、それなりに重要な話題なのにいきなり話を逸らすとは考えにくい。であるならこの話の転換も、きっと最後には繋がるのだろうと予測したレインは、ひとまずシルフィの問いに対する答えを考える。


「東欧大陸と西欧大陸、世界を分ける二つの大陸の間に跨る海にある孤島、アンフェール島の覇権だろう?東欧大陸の大国であるハルバス神聖王国と、西欧大陸の大国であるガイダント帝国による世界の国々を巻き込んだ戦争。結果は引き分けによる和平だったはずだが間違ってるか?」


 レインは自分の知っていることをシルフィに伝える。レイン達レックス傭兵団は、最前線であるアンフェール島で戦っていたのだが、その凄惨な戦場は知っていても政治的な要因を細かく知ることはない。現場の人間が指揮することはないように、レイン達はただ相手を打ち倒すべく、前線で命を晒していたというのが事実なのだ。


「公に言われているのはそう。だけどその本質は別のところにあったの。それは私も戦争が終わった後に知ったことで、正直あの時に知らなくてよかったって今も思ってる」


 もう一度紅茶を口に運んだシルフィは、レインに向けて問う。


「レインはさ、もし巨大な、それこそ魔術師何千人分もの魔力炉があったらどうする?」


「それはその魔力炉を自由に使えるという条件でか?」


「そう。私たちの魔術の源である魔力炉。一人一人が持つ容量なんてはるかに凌駕するそれを使えるとしたらレインはどうなると思う?」


 シルフィの言葉の意味を考えるが、レインは何と答えたらいいか分からなかった。魔力炉は誰しもが持つ魔力の源であり、魔術回路を通し、魔術を発現する上で必要不可欠のものだ。だが人には魔力炉の上限があり、行使できる魔術の回数に制限がある。もちろん自然回復はするが、魔術師にとって魔力の配分というのは非常に苦慮するものの一つなのだ。


 しかしそれが無制限に使えるならどうなるか。レインはそれを考えて身震いした。


「医療などの場においては治癒魔術や回帰魔術、さらには再生魔術がいくらでも使えるようになるだろうな。魔道具も然りで、戦術兵器も使い放題。使い方を誤れば禁術だって使い放題になる」


「そうなんだよ。もしそんなものを一国家が手に入れれば、世界のパワーバランスが崩れるどころか、そもそも世界が崩壊したっておかしくはないんだよ」


 そこでレインは気づく。シルフィが急に話し始めた第二次魔導大戦のことと、巨大な魔力炉の事。それを同時に話し始めたということは両者に関係があることなど明白で、気づかない方がどうかしている。


「おいまさか、あの戦争の目的って」


「レインの想像してる通り。あの戦争の目的はアンフェール島にあった龍穴。この星の魔力炉から噴き出る魔力を唯一使用できるその場所を巡った戦争だったのが真実なんだよ」


 自身が参加していた戦争の裏で動いていた驚愕の真実に、レインは頭を抱えることしかできなかったのだった。


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