第18話 裏で動く者達

第18話~裏で動く者達~


 戦争の驚愕の裏側を語るシルフィの話は続く。


「レインは覚えてる?アンフェール島の中央にあった荒野の窪地。あの戦争の最後の戦いはこの場所を制圧したことで終わったよね」


 レインはあの時の情景を思い出す。敵国であったガイダント帝国の精鋭である魔術師達が、それまでよりもさらに死に物狂いで攻撃を仕掛けて来たあの最後の戦い。


 レックス傭兵団の圧倒的な攻撃により、味方が何人死んでいこうが衰えることのなかった戦意と気迫。普通であれば戦力が三割も減れば後退ないし撤退をするはずか、それでなくても士気くらいは落ちていいはずなのにそうはならず、結局敵の最後の一人まで殺さなくてはならなかった凄惨な戦場。


 不気味にも思えたあの戦いの狙いが、星の魔力炉の使用権をかけたものだったとすればあの異常さもわかる。この三年間、疑問として残っていた謎が解けたと同時、レインは新たな疑問を抱いた。


「だけどあの戦争は結局引き分けでの和平が成立したはずだろう?アンフェール島だって領土を東と西、半々で分けることで条約が締結されたはずだったんじゃ」


「表向きはそうだけど本質はそこじゃないの。実際、アンフェール島は王国と帝国で半々に分けたことになってるけど、龍穴のある荒野は王国の領土になってるの。龍穴をめぐる戦いだったんだから、それ以外の土地に意味なんてない。だから王国は私達レックス傭兵団がそこを押さえた段階で早々に和平を結んで、龍穴を自分たちのものにしたってわけなんだよ」


 シルフィの語る事実に、レインはもはや何も言うことが出来なかった。あれほど大量の血を流した戦争の目的が、たった少し、それこそ小さな家一件分ほどの土地を巡ったものだったなど、いかにそれが重要な場所とはいえ家族や大切な者を失った人たちが納得できるはずはない。だからこそそれはあれから三年の月日が流れても秘匿され、これから先も一部の人にしか知られることはないのだろう。


「その龍穴、今はどうなってるんだ?」


「もちろん王国が管理してるよ。圧倒的な、それこそ無限とも思える魔力炉だもん。いろんな研究に利用されて、あらたな魔道具もこの三年でいくつも出来たかな。レインも知ってるでしょ?王都で魔渇に対する新薬が開発されたって。あれも龍穴を利用したものの一つなんだよ」


 次から次へと出てくる事実に、レインは頭が痛くなる思いだったが、シルフィの言葉はなおも続いた。


「でも私としては、帝国に龍穴の管理権が渡らなくてよかったと思うんだ」


「そうなのか?それはまたなんで」


「星の魔力炉っていってもあくまでそれは有限。湯水のごとく使い続ければいずれは枯渇する。しかもそれが私たちの住むこの星の魔力炉だよ?もし枯渇なんてしたらどうなるかんて、私は想像したくないかな」


 星の魔力の枯渇。それがいい結果を生まないであろうことは容易に想像がつく。星から見ればまるで矮小な人間であっても魔力炉が枯渇すればそれこそ体に様々な異常をきたす。戦闘不能や意識消失であればまだいい。休めば魔力は自然と回復し、また元通りになるからだ。それでも最悪死に至る可能性もあるのだから、いかに枯渇が恐ろしいかということがわかる。


それでも一度枯渇した魔力炉に魔力を戻すのは時間がかかり、魔力炉に少しでも魔力が残っている状態と比べるとその時間は倍は違うと言われているほどだ。


 もしそれが星という、それこそ想像もつかないほどの規模の物に起こってしまったとしたら。人間ですら回復にある程度の時間がかかるものが、星というスケールになればその時間など想像することもできない。それにもし枯渇により星が死ぬようなことがあったとしたら。それはそこに住むあらゆるものが死ぬということと同義と言ってもいいだろう。


「王国は大丈夫なんだろうな」


「今のところはね。国王は常識人だし、その周りの大臣たちもその辺りはわかってるから、よほどそんな事態にはならないと思うよ。現に一日の使用量も決められてるし、それを破れば最悪極刑もあるからね。よっぽどの馬鹿でもない限り無駄な使い方はしないと思うかな」


 それならきっと大丈夫だろう。星の魔力炉なんていう壮大なものだ。一国家が持つには明らかに大きすぎる力だが、それだけきっちりと律しているならととりあえず安心した。


「だけどもしあの戦争で帝国にその使用権が渡ってたら、結果はまた違ってたと思う」


「そうなのか?」


「レインも知ってるでしょ?帝国は軍事大国。力こそ全ての弱肉強食の国なんだよ。もしその国がそんな強大な力を手に入れたら、多分世界の覇権をとろうとしていたとしてもおかしくないと思うよ」


 ガイダント帝国はシルフィの言う通りの軍事国家だ。地位の全ては強さであり、弱い者はたとえ親が貴族であってもすぐに没落する。常に上を目指す大国であり、内乱やクーデターもしょっちゅう起こるまさに世紀末な国。しかしだからこそそこに住む者は強く、そしていい意味で生き意地汚い者達が集うのだ。


 そんな国が無限とも思える星の魔力炉を手に入れたとしたら。それを利用し、さらに強大な力を手に入れようとしたことは想像に難くないだろう。


「王国が龍穴の使用権をとったことで最悪の事態は免れた。使用を制限をすることで枯渇の心配もまずない。それでも上澄みだけを使うような方法でも、王国は他の国に比べて十年は先にいっていると言われるほどになったんだよ。それを帝国が黙って見てるとレインは思う?」


 そう問うシルフィに、ようやくここで全ての話が繋がった。そもそもレインが今日シルフィを訪ねたのは、昨日ギュンターから聞いた学院内の怪しい者に関することを尋ねるためだ。


 しかしそれを尋ねられたシルフィは、その問いに答えることなく第二次魔導大戦の真実について話し、最後には龍穴の権利により王国は他の国に十年先んじたということを話したのだ。


「なぁ、シルフィ。王国に、違うな、学院内に帝国のスパイがいるとか言わないよな?」


「ここ最近、王国内の有力なハンター、研究機関の優秀な研究員、それに他の学院の中でも優秀な生徒が行方不明になったっていう報告が届いてるの。それに加えて帝国内で龍穴を再び狙う動きもあるっていう報告も届いてる。さらに言えば、王都のハルバス魔術学院で帝国の人間が捕まったって言う連絡が昨日あったことを考えると、全部が無関係とはとてもじゃないけど言えないよね」


 その言葉を最後にシルフィの話は終わる。レインもまた、それ以上何も言うことができない。


 それもそうだろう。もし今の話が全て本当だとすれば、すでに第三次魔導大戦の火種が起こりつつあるということなのだ。レインが参加し、そしてそれまで持っていた全てのものを奪った戦争がまた起こる可能性がある。それだけはなんとしても止めなくてはならない。


「私もいろいろ調べてる最中だけど、レインも注意しといてくれるかな?まだ何が事実なのかを調べてる最中だし早合点はしたくないけど、注意するにこしたことはないから。それに教授って言う私の立場より、生徒って言うレインの立場の方が守りやすいものもあるかもしれないからね」


「ああ、俺にできることなら協力するから何でも言ってくれ」


 レインはそうシルフィに告げた。それを聞いたシルフィは満足そうに笑い、冷めた紅茶を淹れ直すために席を立つ。


 入学し一月半。想像もしていなかったまさかの話に、レインは窓から外を見て、これから起こるかもしれない事態にそっとため息を吐くのだった。

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