第16話 怪しい影

第16話~怪しい影~


 総合戦闘訓練の授業が終わった日の夜、寮の談話スペースでレインはリカルドとパメラに謝罪されるという状況に陥っていた。


「本当にすまなかった。友人だと言っておきながらのあの体たらく。罵ってもらって構わない。というか一発殴ってくれ!!」


「わ、私もごめんなさい……!助けてもらったのに肝心な時に助けてあげられなくて……。本当にごめんなさい!」


 授業もつつがなく終わり、夜のまったりとした時間を過ごそうと思っていたレインに話があると、リカルドとパメラに呼び出されたのが、会うや否やそう言って頭を下げる二人にレインは非常に困惑していた。


「ま、待ってくれ!?二人は何を言っているんだ!?というかなんで俺は謝られている!?」


「そんなのは決まってるだろ?さっきの授業、ランデルがお前にあんな条件を突きつけったていうのに、俺達はお前を助ける言葉の一つも言ってやれなかった。友人として、男としてあっちゃならない行いだ。本当にすまなない!なんならけじめとしてこの指一本落としても……」


「待て待て!落ち着けリカルド!そもそも俺は何も思っちゃいないし、あの状況ではむしろ仕方がない!下手に俺をかばい立てすれば二人がよくない立場におかれたかもしれないんだからあれでむしろよかったんだよ!!」


 罪悪感で訳の分からない行為に走ろうとするリカルドをなんとか宥め、レインはそう諫めた。実際、リカルドとパメラがあそこで口を挟まなかったことは結果としてよかったのだ。


 もしあそこでレインを擁護することを言えば、きっと二人は非常に危ない立場に立たされることになっていたはずだ。そもそも魔術をろくに使えないレインがこの学院にいることは、ゴーシャルの言う通りふさわしくないわけで、しかもシルフィによる裏口入学があったことを考えれば、どっちかと言えばゴーシャルの言い分が正しいのだ。


 しかも周囲もそれに同調している場で、二人が下手にレインを擁護すれば、二人までレインと同じ、むしろ悪い立場に立たされてしまう可能性もあった。だからこそあそこで何も言わなかったのは、むしろ正解だと思っていたのだが、二人はそうは受け取らなかったらしい。


「でも私たちは自分の保身を優先してレイン君のことを……。もしかしたら大けがしていたかもしれないのに!!」


「いや、だから。結果的には何もなかったわけだからいいんだって!」


「いや、それじゃあ俺の気が済まない!!この上はやっぱり指の一本でも落とさないとけじめが……!!」


「だからやめろよっ!?おい、こらっ!どっから出したそのナイフ!すぐに仕舞えって、指に当てるな!!パメラ!リカルドからそのナイフを取り上げろ!!」


 謝罪の場がなぜか指を詰めようとするリカルドを取り押さえるという、よくわからないカオスな場に変わってしまったのだが、結局一週間昼飯を二人に奢ってもらうということでこの場が収まるまで、たっぷり一時間という時間を要したのだった。


 ◇


「ところでレイン君。話は戻るけど、どうやってランデル君の攻撃を止めたの?私、怖くなってよく見てなかったんだけど、ランデル君思いっきり斧を振り下ろしたように見えたんだけど」


「俺もそれを聞こうと思ってたんだ。レイン、お前あの時何やった?他の馬鹿たちはゴーシャルが寸止めしたとか言ってたが、あれは間違いなく本気で放った一撃だったはずだ。それをお前はどうやって防いだんだよ?」


 謝罪大会が終わり、ようやく落ち着きを取り戻した夜の談話室で、コーヒーを片手に二人がレインにそう聞いた。


 二人が言っているのは今日の授業の模擬戦、ゴーシャルがレインに振り下ろした斧を受け止めた時のことだろう。あの後は結局、開始の合図もしていないのに勝手に始めてはだめだとナイツ教諭が割って入り、ゴーシャルにペナルティを与えるということで有耶無耶となってしまったのだが、二人の目にあの光景は奇異なものとして映ったようだ。


「何も特別なことはしてないぞ?ただランデルの斧を受け止めた。ただそれだけのことだ」


 特別隠すこともないからそう言ったのだが、実際のところ本当にそれだけだ。確かにゴーシャルの一撃はいいものだったが、それはあくまで学生にしてはというだけだ。レックス傭兵団として参加していた第二次魔導大戦では、近接スタイルの敵は数多くいたが、あの程度攻撃を放つ者などごろごろいた。というよりあの程度を放てないやつは、レインがいた最前線に来る前に死んでいったという方が正しいだろう。


 上段からの斧の振り下ろしに対しての体重移動が雑。握りもなっていない。さらに魔術回路に流す魔力の密度が一定でもなければ、身体強化の意味の付加が中途半端。挙げればきりがないが、あんな一撃では何度攻撃をしようが、奇跡が起こったとしてもレインに傷を与えることなど不可能。だてに戦場で生きてきたわけではないのである。


 しかしそれでは二人は納得をしない。


「いや、お前、それは無茶があるぞ。確かにランデルの奴は猪突猛進の馬鹿だが、身体強化からのあの一撃は本物だ。俺だって真正面からあれを受け止めるのは無理だ」


 そう言うリカルドにパメラもまた賛同を示す。


「うん、ランデル君のことは私も聞いたことがある。学生なのに王国の騎士団にも認められるくらいの腕前で、実際に戦った騎士の人が病院送りにされたこともあるって……」


 どうやらゴーシャルはそれなりに有名らしい。流石はA組に名を連ねるだけのことはあるようだが、レインにとっては大した一撃ではなかったのだからどうしようもない。


 もっとも、レインの過去を二人は知らず、二人にとってのレインは魔術が下手な友人というものなのだからこの反応は当然の事。だったらレインがかつてレックス傭兵団の一人として第二次魔導大戦で戦ったことを話せばいいのかもしれないが、それはまだ時期尚早な気がしていた。


「なんの魔術を使ったんだよ?」


 リカルドがさらに問い詰め、パメラの距離も自然とレインに近づいていく。


 さてどうしようかと思案したレインだったが、ここで嘘をついても仕方がないのでそこについては正直に話すことにした。


「なんのって、俺が使ったのは身体強化の魔術だよ。言ったろ、俺は魔術回路が一本しかないって。俺が唯一満足に使えるのは、その身体強化の魔術だけだよ」


 レインのその言葉に、リカルドとパメラはますます目を丸くして詰め寄ったのは言うまでもないことだった。


 ◇


 五月も半ばになると、新入生たちの間に流れる空気もがらりと変わる。学院に慣れ、全ての授業が解禁されたことにより生徒たちのモチベーションに変化が見られるからだ。


 総合戦闘訓練や魔術実習などにより、周囲と自分とのレベルを再認識し、さらなる向上を目指し研鑽を積む者もいれば、逆に自身の器を悟り学院を去っていくものもいた。


 F組の生徒でもすでに五人がリタイアをしており、三十人から始まったクラスメイトは現在二十五人となっている。リカルドが言うには、こんなのはまだ序の口とのことだが、せっかくのクラスメイトなのだからできれば一緒に進級をしたいと思うレインは、きっとこの学院においてはあらゆる意味でおかしいのだろう。


 総合戦闘訓練での一件は、魔術実習のときと同様瞬く間に学院中に広がっていた。


 リカルドとパメラに関しては、話したくなったら話してくれと、何かがあるのだろうが今は聞かないというスタンスでいてくれたことがレインには非常にありがたかった。


 身体強化を使ったことに嘘はないが、詳細についてはまだ話す気はない。戦争という場で人を山ほど殺した事実をせっかくできた友人に言うのはなんとなくはばかられたし、シルフィにも本当に信頼できる人以外には言わない方がいいと言われていたのだから尚更だ。


 ゆえにそこで追及を辞め、いつも通りにレインに接してくれる二人が最初の友人だったということは僥倖だと言って過言ではないだろう。


 だが周囲はそれでは納得しない。大部分はゴーシャルが寸止めという手心を加えたという見方だが、結局ペナルティをゴーシャルのみが受けていることに腹を立てている者も少なくはない。


 ゴーシャルは伯爵家の子息であり、貴族としてはやはり面子があるのだろう。どう考えても勝手にゴーシャルが突っかかって来ただけなのだが、未だにレインを退学にしようと画策しているものは少なくはない。


 しかしレインとしてはそんなものはどうでもいいというのが本音であり、今は友人との時間を大事にしたいと思っている。万が一の時は自分が学院を去ればいいだけであり、それまではこの時間を楽しもう。レインはそう考えていた。


 さて、今日の授業も終わったのだから寮に戻ろうと、学院内をレインは一人で歩いている。担任であるトリシティ教諭に課題を取りまとめて持ってくるようにと言われていたレインは、リカルド達とは別行動をしていたのだ。


 なぜかクラス内でそう言った雑事を頼まれることが多いレインなのだが、実はそれもいやがらせの一環であろうことは気づいているが、それも学院生活という貴重な体験ということでむしろレインとしては喜んでやっていたのだからあまり意味を成してはいなかった。


 無駄に広い学院の中、教師の私室が多くある教員塔から寮を目指す。自然を色濃く配置しようとしたのか、木々が乱立する学院内では夜の帳が落ち始めると逆に薄気味悪くなるのだが、レインはその中を気にすることもなく歩いていた。


「ん?」


 校舎と寮のちょうど中間点。灯が減り、夏が近づきますます生い茂る木々がわずかな光すら遮断する暗がりに誰かがいた。


 それは新入生なら誰もが一度は見た顔。入学式で一時騒然となったあの演説をした生徒、ギュンター・グラキエースがレインの行く手を遮るように立っていたのだ。


 暗がりの中であっても見間違えることない白髪に、レインよりもはるかに大きい身長。レインとギュンターの間には面識もなくもちろん会う約束などはしていない。それでもレインのことを真っ直ぐに見つめるその様子から、ギュンターの目的がレインであることは間違いない。


「俺に何か用か?」


 とりあえずレインはそうギュンターに問う。相手の目的が分からない以上まずは会話をと思ったのだが、ギュンターは黙ってレインを見つめたまま何も言わない。


「おい……?」


 再度問い掛けるがやはりギュンターは黙ってレインを見るのみで、一向に口を開く気配はない。レインに用事があるはずなのに、それを口にすることはなくただ黙っているギュンターは不気味そのもの。しばらく待っても答えのないギュンターに業を煮やしたレインがその脇を通り抜けようとした時だった。


「学院内に怪しい気配がある。気を付けろ」


「何!?」


 振り返ったレインだったが、すでにギュンターは暗がりの中に歩き去ってしまった後。


「どういうことだ?」


 予想だにしない相手からの予想だにしない一言に、レインはしばらくの間、寮への続く道に立ち尽くすことになるのだった。

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