第13話 公爵家の令嬢
第13話~公爵家の令嬢~
シャーロット・フリューゲル。薄青のロングヘアーに透き通るような碧眼、真っ白な肌に人形のような顔立ちをした少女はレインとドリントに静かに話しかける。
「昼食の場でそんな殺気を振りまいては他の方に迷惑だと思うわよ?」
「シャーロットか。何の用だ?」
「あら、ご挨拶ね。どうにもお昼時だというのに物騒な殺気をたぎらせている人がいるから何かと思って様子を見に来ただけよ?」
「なら消えろ。俺は今からその馬鹿と話があるからな」
殺気をぶつけるレインだが、それに対するシャーロットは微笑みを崩さない。もちろんレインとて、無関係の人間に純然たる殺気をぶつけるわけもなく、それなりに抑えてはいるがそれでも微笑み続けるシャーロットにレインは内心で少し感心していた。
「き、貴様!!こ、この方が、だ、誰なのかわかっての発言か!!」
レインとドリントが対峙していたはずが、いつの間にかレインとシャーロットが対峙するという光景に変わる中、そこに割り込んだのはシャーロットの後ろに控える女生徒だった。
「シャーロットはシャーロットだろう?それ以上に何があるって言うんだ?」
「ば、馬鹿も休み休み言え!こ、この、この方はハルバス神聖王国公爵家令嬢、シャーロット・フリューゲル様だぞ!そのシャーロット様にそのような口を利いて許されると思うのか!?」
「馬鹿はお前だ。この学院において爵位や地位に意味はないのだろう?にもかかわらずそれを振りかざすということは、お前もそこの馬鹿と一緒ということでいいんだな?」
「なっ!?貴様!よくもそのようなことを……!!」
怒りに顔を赤くしていく女生徒に対し、レインは今日何度目かわからないため息を吐いた。シャーロットがそれなりの地位のお嬢様であることなどレインは最初から気が付いていた。初めてシャーロットに会ったあの日、門番はシャーロットに対してあまりにも遜った態度をとっていた。その様子から考えればシャーロットの身分を想像することなど子どもでも出来るというものだ。
シャーロットもそれをわかっているからこそ、この場で自身のことを話すではなく、一個人としてレインに注意を向けようとしていたのに、その後ろの女生徒がそれに気づかずレインに噛みついた。
その女生徒もまた権力を振りかざすタイプであるのかと少し挑発をしてみればこの様だ。愚か者ばかりのこの空間に、レインとしては流石に嫌気がさしてきた。ドリントは謝罪なくして許すつもりはないが、この場の騒ぎがこれ以上に大きくなるのは正直面倒だ。自身が何を言われたとしてもさして気にはしないが、巡り巡ってシルフィに迷惑をかけることになれば、それは非常に申し訳のないことになる。
「シャーロット、俺はその馬鹿に自分の言ったことに対する謝罪をさせたいだけだ。そこに君が首を突っ込む道理はないはずだ」
「そうなのかもしれないけれど、そのことであなた達が他の生徒に迷惑をかけているのは事実でしょう?だったら誰かが仲裁をしなくてはいけないのではないかしら?」
努めて冷静にシャーロットに目的を告げるも、当のシャーロットはそれをいともたやすく切り返す。それに対し、さらに反論を加えようかとも思ったが、このままシャーロットと舌戦を続けたところでレインの目的が達せられるわけではない。ゆえにレインは方針を変えることにした。
「なら事情を聞き、その上で判断しろ」
「ならそうさせてもらおうかしら。アンリ、周囲の方から事情を聞いてくれるかしら?」
「はっ!今すぐに!!」
アンリと呼ばれた先ほどレインに噛みついた女生徒は、シャーロットに命じられるとおりにすぐに周囲の生徒へ聞き込みを行う。その間シャーロットはその様子を静観し、レインもまたそれを見守る。もう一人の当事者たるドリントと言えば、自分よりも圧倒的な地位にいるシャーロットの突然の登場に口をぱくぱくさせていた。
それも無理はない。公爵と言えば、王国内では王族に続く圧倒的上の立場にいる貴族。数多いる貴族の中でも最上位に位置するまさに天上人だ。公爵とは貴族の中でも特別、主に王族の親戚にあたるものがその爵位を受けることがほとんどだ。たかだか伯爵家の人間がどうこうできる相手ではない。下手をすれば、ドリントなど吹けば簡単に飛ばされるような存在なのだ。
「事情はわかりました」
程なく周囲からの聞き込みを終えたアンリはシャーロットへとそれを報告し、それを聞いたシャーロットはゆっくりとそれに頷いた。
「マッケロイさん。今すぐお三方に謝罪をしてください」
「なっ!?」
「客観的に見て、非があなたにあるのは明白です。であればレインが怒るのも道理でしょう。となればあなたが謝罪しこの場を収めるのが筋というものと私は思うのだけれど?」
ドリントにしてみれば、シャーロットがそう言う判断を下したのが意外だったのだろう。どちらも同じ貴族であり、貴族とは貴族同士の関係を非常に気にする生き物だ。爵位が上であっても少しの状況でパワーバランスなどすぐに崩れることもしばしばある。ゆえに一部の馬鹿、今でいうドリントのようなものでもなければ貴族が他の貴族へ自身の地位による要求を行うことは少ない。
それが分かっているからこそドリントは、シャーロットがこの場を収めるとすれば喧嘩両成敗のような形にすると思っていたのだが、その当てが完全に外れまさか公衆の面前で自分だけが謝罪することになるとは思いもしなかったのだ。
「レインもそれでいいわね?」
有無を言わすつもりはないという視線がレインに向けられる。本音を言えばレインはそれを突っぱねたかったが、この状況、すでに場がシャーロットに支配されてしまった今、ここでレインが異を唱えればレインが悪者になってしまうことは確実だ。自分だけならまだいいが、そこにリカルドやパメラが巻き込まれてしまっては自身がドリントに対して持った怒りの原因をそのままレインが繰り返してしまうことになりかねない。だからレインは妥協した。
「ああ。そいつがきっちり謝罪をするというのならこの場はそれで収めよう」
だがそれにやはり異を唱える者がいた。もちろん謝罪を要求されたドリント本人だ。
「待ってください、フリューゲル様!確かに僕は暴言を吐いたかもしれませんが、それはあくまで事実を口にしただけでして……!」
「暴言を吐いたのが事実であるのなら謝罪しなければならないでしょう?」
「で、ですが!そいつは!その出来損ないは魔術がろくに使えないのですよ!?この誉れ高きルミエール魔術学院において、そんな出来損ないが在籍することなど許されていいはずが……!!」
そこまで言って、ドリントは自身の言葉に後悔をした。散々喚き散らし、言い訳を募った先であったシャーロットの視線がどこまでも冷たいのに気付いたからだ。
「まだ、何か言いたいことはあるかしら?」
その一言がとどめとなった。
「数々の暴言、申し訳ありませんでした」
それまでの態度を一変させ、ドリントがレインたちに謝罪をすることで、食堂での一幕は終わりを迎えたのだった。
◇
興奮冷めやらぬ食堂であったが、昼休みが終わりに近づくにつれ生徒たちは各々行動をとりはじめ、レインたちの周りにできていた人だかりも次第になくなっていき、後にはレインたちとシャーロットとアンリのみが残される形となっていた。
「フリューゲル様、この度はご支援まことにありがとうございます」
「あ、あ、ありがとう、ございましゅ!」
この場を収めたという形となったシャーロットに対し、リカルドがいつもの様子とは全く違うしっかりとした礼を述べ、パメラもまた噛みながらもそれに続く。
公爵家令嬢という圧倒的上の立場にいるシャーロットに対して、下級貴族であるリカルドとパメラの態度は正しく、そこに間違いなど何一つない。
「気にしないで?それから学院内でそういう態度は無しにしてくるかしら?学院内での爵位による上下関係はない、そうでしょう?」
そしてそれに答えるシャーロットの対応もまた正しいものであるのだろう。自分は騒ぎを収めるということをしたが、それを気にする必要はない。加えて学院での自分の立場は他の者と同じであるのだから自分を持ち上げる必要はないという、まさに器の大きい者の言葉。だからこそリカルド達もそれ以上は何も言わず、再び頭を下げることでその場から去ろうとしたのだ。自分たちの分をはるかに超える存在と関わるということにあまりいいことはないということが分かっているから。
だがそれに対して一人だけ不満を覚えている者がいた。
「なぜ邪魔をした」
そう、誰であろう騒ぎの張本人であるレインである。レインとて別に騒ぎを大きくしたかったわけではないが、それでもそれ以上にドリントの吐いた言葉は許せなかった。レインにとっての初めての学院での友人。その二人を馬鹿にされたのだ。それ相応の対応をしなければ気が済まなかったのだ。
「貴様事もあろうにシャーロット様を邪魔だとっ!?この場を収め、さらには伯爵家の子息に謝罪までさせたというのにそのような無礼な口を……!!」
「やめなさいアンリ」
そんなレインの態度にアンリが再び噛みつくが、シャーロットがそれを静かに制す。
「レインが困っていると思ったのだけど、不満だったかしら?」
「おおいにな。助力など頼んだ覚えはない。自分のアピールがしたいなら他所でやれ」
「そんなつもりは、なかったのだけれど……」
先ほどのドリントに見せた凍てつくような冷たい視線はなりを潜め、今は飼い主に怒られた犬のように寂しそうな表情をするシャーロット。
シャーロットはレインが困っていたから手を貸したと言っているが、レインはそうは思わない。今のやり方は、公爵家の令嬢が、自分の地位を利用し好き勝手やっている貴族を大人しくさせたという、いわばアピールに近いものだった。公爵家という立場に盾突けばどうなるか。その力を周囲に示すためのアピール。加えて下級貴族やレインのような魔術をろくに使えない者への慈悲をみせるという優しさのアピール。レインには先ほどのシャーロットのしたことはそうとしか映らなかったのだ。
それは長年戦場で生き、人の醜いところばかりを見続けたレインゆえの捉え方だったのだが、ご多分に漏れずその通りだったのだから、レインがそう捉えたとしても何もおかしくはなかった。
それだけを言い、レインは踵を返す。リカルドとパメラもまた、レインの不遜な態度に何かを言いたげだったが、シャーロットに礼をするとそれに続いた。
「あの、ごめんなさい……」
去っていく背中に向けシャーロットが一言そう呟く。その言葉にレインは立ち止まり、振り返ることなくこう告げたのだった。
「あんたのやり方は好きじゃない」
それだけ告げると今度こそレインは歩き去っていく。その姿を何も言えずに見送る形になったシャーロットは、再び口を開き何かを言いかけ、やはり口を閉じて俯いた。
「仲良く、なりたかっただけだったのに……」
その言葉は誰にも聞こえることなく食堂の喧騒に消えていったのだった。
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