第12話 再び現れた馬鹿者

第12話~再び現れた馬鹿者~


 レインは魔術がろくに使えない。


 その事実は魔術訓練の授業の後、瞬く間に広がっていった。最初クラス内の話題であったそれは、次の日には一年全体に広がり、一週間もたつころには学院中の人の知るところになったのだ。


 ハルバス神聖王国の中でも屈指の魔術学院であるルミエール魔術学院。そこは入学するだけでも相当過酷な試験を突破しなければならず、入学してからも進級するのに多大な苦労を重ねることになる狭き門を誇る学院だ。


 当然そこに入学した生徒はそのぶん誇り高く、この学院に在学することにプライドを持っている。例え一番下のF組であったとしてもそのプライドは例外なく持っており、それゆえにレインという異質な存在は許せない存在であった。


「どうにも嫌われてしまったみたいだな」


「そりゃ仕方ないだろ。俺もまさかレインがあそこまで魔術を使えないとは思ってなかったしな」


「俺は最初から魔術が得意じゃないって言ったはずだが?」


「それでも程度があるんだって私も思うよ?」


 そうパメラに言われ、レインは昼食の残りのパンを口に放り込み肩をすくめた。


 昼時の食堂、レイン、リカルド、パメラはそこで昼食をとっていた。学院の生徒とすればなんらおかしくない行動であるのだが、そこに集まる奇異の視線はどう考えてもおかしいものであると言って間違いはない。


 もっともその理由は単純明快。先日の魔術訓練の際のレインの魔術の実力が露呈したことによるものだ。F組がもともと蔑まれているのは当然として、それでも魔術が苦手という者はいない。にもかかわらずのレインの実力に対し、学院に在籍するほとんどの者がレインに対して不満ないし怒りをあらわにしたのが現状だ。


「なら二人はどうなんだ?二人の内心はどうあれ、今の俺と一緒に行動するのはあんまりよくないと思うんだが」


 そう言ってレインはリカルドとパメラを見る。この二人は魔術訓練の授業の後も、レインに対して態度を変えることはなかった。もちろん非常に驚かれはしたものの、そこで踵を返しレインから離れていくことはなくこうして一緒に昼食をとっている。


 それはレインにとっては嬉しいことではあったが、反面二人にとってはマイナスにしかならない。すでに悪い意味で注目の的であるレインと一緒にいては、二人の評価も自然、悪いものとなってしまう。それを理解して尚、二人はレインと一緒にいる。それがレインには不思議でならなかったのだ。


「それについては授業が終わった後に言っただろ?俺は自分が友人と認めた奴とつるんでる。そいつが魔術が使えようが使えまいがそんなものは関係ないってな」


「わ、私はレイン君に助けてもらったし……、それに私もそんなに魔術が得意なわけじゃないし……、えっと……」


 というのが二人の理由であるが、やはりレインは首を傾げざるを得ない。どう考えてもデメリットが大きすぎるというのに、一時の感情でのその判断はいかがなものかと思ってしまう。だが、同時に嬉しさもあった。レインにとってこれまで友人と呼べる人など皆目おらず、そんな中で自分のことを友人と呼び、傍にいてくれる二人には非常に感謝をしていたのだ。


 だからこそ、状況が日に日に悪くなっていっているのにも関わらず傍にいてくれる二人にしっかりと感謝を伝えようと思ったのだが、それはこの場への乱入者のせいでふいになってしまった。


「やぁやぁ、誰かと思えば凡人のヒューエトスじゃないか!こんなところで会うなんて奇遇だなぁ!昼食をとる暇があるのなら、魔術の練習でもした方がいいんじゃないか?なにせ炎の初級魔術すら使えないんだからさぁ!」


 そうわざとらしく大声を出しながら近寄って来た見覚えのある人物。数週間前にパメラに絡み、レインによって無様な姿をさらすこととなった哀れな貴族。ドリント・マッケロイがそこに立っていた。先日と違うところと言えば後ろに立つ取り巻きが五人になっていたことであるが、レインにとってはどうでもいいこと。それよりもせっかくの昼食を邪魔されることの方がよっぽっど問題だった。


「何の用だ?先日の謝罪にきたというのなら受け入れるが、それ以外なら後にしてくれ。俺達は今食事中だ。お前も貴族だというのなら礼節くらい弁えろ」


 レインの一言に思わずリカルドが噴き出し、パメラもまた顔を背けて肩を震わせる。


 周囲はと言えば、恐らく誰しもがレインに何か一言言ってやりたい気持ちがあったのだが、いいところでドリントがそれをやってくれたので静観を決め込むつもりだったらしいが、あまりにも鮮やかにレインに一刀両断されてしまい、どうしたものかとみな複雑な表情を浮かべていた。


 もちろんそれが面白くないのはドリントなわけで、先日の御礼参りも兼ねて人が集まる昼食時を狙って、しかもレインの弱みを晒す形で絡んだというのに、これではまるで自分が悪者のようではないか。そう思ってしまったドリントの怒りのボルテージは急上昇。瞬時に顔を真っ赤にすると、レインにつかみかからんばかりの勢いで怒鳴りつけて来たのだ。


「貴様っ!先日と言い無礼だというのがどうしてわからない!本来ならお前のような平民が俺のような貴族と話すことなんてできないのがわからないのか!!」


「それは本来の話であって今は例外だろ?この学院では貴族も何も関係ないんじゃなかったか?」


「だがお前は魔術がろくに使えない出来損ないだ!!どうせここに入学できたのも何か不正をしたに決まっている!!父上に頼んでお前のことを調べている最中だからな、すぐに不正の証拠が見つかってお前などすぐに退学処分になるに決まっている!!」


 そう言って少し余裕が出て来たのか、ドリントは荒い呼吸を整えつつレインにさらに言い募る。


「今なら自主退学もできるぞ?放校処分になるのと、自ら退学するのとでは外聞が違う。早めに自らの非を認めてこの学院から立ち去れ!!」


 まるで演説かのようなドリントの言葉だが、確かにドリントの話にも一理はあった。


 ドリントの言う通り、レインがこの学院に入学できたのはシルフィが取り計らってくれたからであって、そこにレインの実力はまるで関係がない。入学試験は当然の事、願書すら提出した覚えなどないのだから立派な裏口入学と言われればそれまでだった。


 加えてこの学院の性質を考えればドリントの言い分は決して間違ってはいない。言い方ややり方に問題がないとは言わないが、それでもドリントの主張が正しいうちはレインはそれ以上何かを言い返すつもりはなかった。もちろん今後レイン自身の実力ゆえに退学となるならそれも受け入れるつもりだったし、正直なところ学院自体に強いこだわりはないというのがレインの立ち位置だった。


 だがそれもドリントの余計な一言により状況が変わる。


「そっちのはよく見ればアーチス家の人間じゃないか。お前の家はいい評判は聞かないが、こんな落ちこぼれとつるんでいるようではアーチス家の未来は決まったも同然だな」


 突然にレインから標的をリカルド移すドリントだが、それに対してリカルドは目を細め、何かしらの感情の動きは見せたものの、特に何も言い返すことはしない。それをどうとらえたのかは知らないが、リカルドのその反応はドリントをさらに増長させる結果となる。


「ふん。こちらの言い分が正しくてだんまりか。同じ貴族が聞いてあきれる。牙を失った貴族などすでに凋落したも同じ。貴様もそこの落ちこぼれともども消えるがいい」


 あまりの言い草。レインはともかくとして、リカルドへのその言い方には流石に周囲の生徒も眉を顰めるが、ドリントの侮辱は止まらない。


「それにそっちの女もだな。伯爵家の跡継ぎたる俺の誘いを断ったばかりかそんな落ちこぼれどもの側につくとは。この学院にお前のような女の居場所はないと知れ。だが、そうだな。今からでも俺に仕えるというならその身の扱いを考えてやらないこともない。性格はともかくその容姿は気に入っている。どうだ?身の振り方を考えるなら今の内だぞ?」


 調子に乗り、またもパメラを自身の欲にまみれた扱いをしようとするドリントだが軽快な言葉を吐けたのもそこまでだった。


「言いたいことはそれだけか」


 突如として周囲にばらまかれたのは濃密なる殺気。事の成り行きを見守る生徒や今しがた昼食を取りに来た生徒など、多数の人がいる中で振りまかれたその殺気は、その生徒に影響を与える。


 怯える者、腰を抜かす者、顔面を青くする者。悪い者では失禁や失神する者まで出る始末。まさに食堂は地獄絵図を呈する形になったと言ってもいい。


 だがその殺気はあくまで余波であり、それを直接受けたドリントは非常にまずかった。呼吸はまともにできておらず、今までの人を見下した態度など毛ほどもない。泣きそうな顔で一体何が起こったのかわからずパニックとなっていた。


「もう一度聞く。言いたいことはそれだけか」


 そしてその殺気の発生源たるレインは、ドリントへと冷たくそう告げた。自分の事なら我慢する形で聞き流そうと思っていた。シルフィからもあまりやりすぎるなと言われた手前、大人しくしようと考えていたからだ。だが自分はともかくとして、魔術が使えず他の生徒のように蔑んでもおかしくはないにも拘らず、友人だと言って傍にいてくれた二人に対しての言葉は許せるはずがない。だからこそ、レインはドリントをこの瞬間から完全に敵として認識したのだ。


 レインが敵と認識する。かつて戦場で戦い続けたレインがそう認識したということは、もはや相手が死ぬかレインが死ぬかでなければ収まりなどつかない。ゆえにレインは殺気を振りまいたのだ。ドリントはまさに龍の逆鱗に触れるに等しい行為を行ってしまったのだ。


「ひっ……ひっ……!?」


 ゆっくりと立ち上がるレインに過呼吸になり、先日と同じように失禁をしながら後ずさるドリント。前回のようにシルフィが間に入るということはない。もはやドリントの命は風前の灯火となっていたその時だった。


「これは一体なんの騒ぎかしら?」


 薄青のロングヘアーをなびかせた碧眼の少女、シャーロット・フリューゲルがそこに立っていたのだった。

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