第11話 実技授業でのこと 後
第11話~実技授業でのこと 後~
魔術とはあくまで術であり、魔力炉からの魔力の供給から発現までは一貫した理屈で説明が出来る。それはいうなれば料理にもにていて、材料を用意し、調理工程を経て完成に至る。魔術もそれと同様で、行使する魔術の原理通りに行使すれば発現はそれほど難しいことではない。
「レイン。お前それはふざけてるのか?」
「昼食の時にも言っただろ?俺は強くないと。ここに入学して言うのもあれだが、俺は魔術は得意じゃないんだよ」
魔術実習の授業はペアで行い、レインとリカルドは二人で行っていたのだが、リカルドはレインの行使した炎の魔術に目を向けてそう言った。
しかしそれも無理はなく、他の生徒が的となる数メートル離れた場所に設置された目標へと火弾を放っている中、レインの行使した火弾は的へと飛んでいくどころか、手の中で火種を形成することすらできていなかったのだ。
「いや、レイン。いくらなんでもそりゃ酷いぞ?どんなに苦手ったって、ここに入学したからにはそれなりには使えるはずだろ?それなのにそれはないだろ」
「そう言われても出来ないものは出来ないからな」
白い眼は向けながら、次々と火弾を的に命中させていくリカルド。周囲を見てみれば、どの生徒も問題なく的へと火弾を放っているようだった。
いかにF組とはいえ、彼らはみな、他の魔術学院とは比べ物にならない程レベルの高いルミエール魔術学院の入学試験を突破してきたのだ。きっと、これくらいの魔術など朝飯前と言ったところなのだろう。
だがレインはそうではない。レインがこの学院に入学することが出来たのは、単純にシルフィの推薦という言ってみればコネにすぎず、自身の魔術の腕などは何も関係がないのだ。
「回路が一本しかないって本当だったんだな」
「だからそうだって言っただろ?なんで嘘だと思ったんだよ」
レインはそう言うが、リカルドがそう言うのも実は仕方がないことなのだ。魔術回路とは魔術師にとっては魔術を行使するうえで非常に重要な要素であり、なくてはならいものである。魔術回路の多さは魔術師の優劣に直接起因するものでもあり、その多さを自慢する魔術師もいるくらいに重要なものなのだ。
通常の魔術師で回路の本数は五本から十本ほど。二十にも達すればそれだけで非常に優秀な魔術師と言われてもなんらおかしくはない。実際、F組の生徒たちの魔術回路の本数は少ない生徒でも三十を超えており、リカルドに至ってはその数は五十を超えている。しかしそれでも劣等生のレッテルを張られているところからも、ルミエール魔術学院の優秀さがわかるとこでもあるのだ。
だがそんな魔術回路がレインには一本しかないという。回路の本数が魔術師の実力に直結する以上、リカルドがそう言ってしまうのも無理はない話なのだ。
「いや、でもな……」
「そこ!無駄口をたたいている暇があれば訓練をせんか!!」
なおも言い募ろうとするリカルドに、話によって訓練が中断されていたところを見咎めたステファン教諭の怒鳴り声が二人に突き刺さる。
「訓練を中断するということは、それなりの魔術を行使できるのだろう。よろしい、私が見ている前であの的に火弾を放ってみたまえ」
授業を担当する教師にそう言われてしまえば、二人としては従う他ない。言われた通りにリカルドは火弾の魔術を行使し、指定された的のど真ん中にそれを的中させて見せる。
「なるほど。訓練をさぼっていたというわけではなかったというわけか。名前を述べてみよ」
「はい!リカルド・アーチスです!」
「ほう、アーチス家の者か。なるほどそれなら出来て納得だな。しかしだとすればお前がこのクラスにいる理由は……、あぁ、なるほどな。マークの奴ならこうしてもおかしくはないか」
「先生、それはこの場では……」
「わかっている。余分なことを言うつもりはないから心配するな」
なにやらリカルドとステファン教諭は既知であるようで、レインにはわからない話をし始めたが、レインはそれに首を突っ込むようなことはしない。人というのは大なり小なり己の中に秘めているものがある。おそらくリカルドが今話していることもそういったものであり、だとすればレインがそこに余計な口を挟む道理はないのだ。だからこその沈黙だったのだが、話がひと段落したのか、ステファン教諭の視線がリカルドからレインへと向いた。
「わかりました」
言われた通りレインは火弾の魔術を行使するが、当然ながらさっきまでできなかったことが出来る様になるはずもない。レインの手から放たれた種火にも満たない大きさの火弾は、的に届くこともなく消失することとなった。
その様子はステファン教諭のみならず、事の次第を見ていたクラスメイト全員が知ることとなる。そしてその結果を見たクラスメイトの反応は一様に冷めたものであった。
しかしその冷ややかな視線を受けたとうの本人たるレインと言えば、どこ吹く風と言った様子でステファン教諭の言葉を待っていた。レインにして見ればこの結果は当たり前の事であり、なんら驚くことはない。一本しかない自分の魔術回路、それはすでにある魔術に馴染み切っていて、他の魔術を行使しても満足な結果など得られるわけがないのは最初から分かり切った結果だったからだ。
「お前は、レイン・ヒューエトスと言ったな」
「はい。その通りです」
「この授業が終わったら話がある。私の部屋へ来い」
それだけを告げて二人のもとを去るステファン教諭。事の成り行きを見守っていた他の生徒は、その結末に落胆の色を見せながらも今度は自分に火の粉が降りかかってはたまらないと訓練を再開する。
「さて、俺に何の用だろうな?」
「さてな、いいことじゃないのは間違いないだろ」
そう言って、今の結果を何も気にした様子のないレインに、もはや言うことはないとリカルドは肩をすくめてレインにそう返したのだった。
◇
ステファン教諭の居室は、シルフィの居室のある西の塔ではなく、かといって東の塔でもない。数ある校舎の中でも、校庭に一番近いいわゆる訓練塔と呼ばれているところにあった。
「入りなさい」
魔術実習の授業の際に言われた通りにステファン教諭の居室を訪れたレインは、扉にノックをすると部屋の中からそう返事があった。
「失礼します」
部屋へと入ったレインは、失礼と思いながらも居室の中を失礼に当たらない範囲で観察をする。整然片付けられた室内は、かっちりとした様子を漂わせ、部屋の主であるステファン教諭を表しているようにも見える。本棚には本が所狭しと詰め込まれているが、余計なものは何一つとしてない。その部屋の物の少なさに、レインは内心でシルフィに見習わせたいと思ったのだった。
「レイン・ヒューエトス。なぜ私に呼ばれたかわかるか?」
部屋の奥、部屋の中でひときわ大きな机の向こうに座るステファン教諭がそう問うた。相変わらずくせっ毛はそのままだが、その視線は元軍人と言われるだけのことはあり、まるでレインを見定めるような鋭さがあった。
「私の魔術が不出来だったからだと思いますが、それ以外の理由であれば申し訳ありませんが見当がつきません」
あの授業の後で呼ばれた理由としてはそれ以外に考えられない。そう思い正直にそう答えたのだが、ステファン教諭の答えは予想とは違うものだった。
「ヒューエトス。私はお前について詮索をするつもりはない。例え魔術回路が一本しかなくとも、すでにその回路が一つの魔術に馴染み切っていたとしても、繰り返し言うがお前について詮索をするつもりはない」
その言葉にレインは内心で驚いていた。別段隠していたつもりもないが、あの短いやり取りの中でステファン教諭はレインについてそこまで見抜いていた。魔術師の回路やその実力というのは、熟練の魔術師にしてみれば看破するのはそう難しいものではないし、まして魔術師としては弱い部類に入るレインが相手であれば、ある程度の実力の魔術師であれば造作もないことだろう。
もっとも熟練者同士であればそう簡単にいく話ではないが、それでもステファン教諭の実力が相当であると言っていい水準に至っていることを知るには今の発言だけで充分であった。
「お前がその魔術の腕で、どのようにしてこの学院に入学したのかも聞く気はない。だが私は教師として、お前に一つだけ問う必要がある」
それは暗にレインの裏口入学については何も聞かないと言っているのと同義であったが、そこについて余計な突っ込みをいれるほどレインも馬鹿ではない。相手が見逃すと言っているのだから、わざわざ自分から藪に手を突っ込む必要はないのだ。
だからこそレインは静かにステファン教諭の言葉を待つ。一体自分に何を聞きたいのか。裏口入学よりも大事な問いなどレインには思いつかないが、とにかくステファン教諭の言葉を待つことにしたのだ。
「お前は魔術が未熟すぎる。おそらく、いや、間違いなくこの先この学院で蔑まれ、見下され、退学へ追い込まれる程度には迫害を受けることになるだろう。その上で聞く。お前はこのままこの学院に留まるか?」
そう告げたステファン教諭の目は相変わらず鋭い視線のままであったが、レインはその中に生徒を気遣う教師たるステファン教諭を感じ取った。
もしこのままレインがこの学院に留まれば、間違いなく降りかかることを憂い、その上で判断をレインに委ねる。教師として生徒を思いやるステファン教諭の想いやりを確かに感じたのだ。
だからこそレインは答えた。紛れもないレイン自身の本心で。
「私はこのままここで学びたいと思っています」
二人の間に沈黙が落ちる。だが、それ以上の言葉はいらなかった。レインの本心は間違いなくステファン教諭に伝わったのだから。
「よろしい。ならば精進を続けるように」
ステファン教諭は静かに、だが満足そうにそう頷いたのだった。
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