第10話 実技授業でのこと 前
第10話~実技授業でのこと 前~
パメラと友人になり、また一週間がたったが、それからドリントたちが報復に現れることはなかった。レインの予想では、ああいった馬鹿は自分のプライドが傷付けられたならば、すぐさま何かしらのアクションを起こすと思ったのだが、どうやら相手もレインが思う程馬鹿ではなかったらしい。と思ったのだがどうやらそうではないらしい。それを教えてくれたのは隣の席で昼食をかきこんでいるリカルドだった。
「そりゃあいつらは今頃火消しに追われてるだろうからな。レインに何かしてやりたい気持ちはあるだろうが、当分はそんな暇ありゃしねぇさ」
どうやらリカルドの話によれば、今ドリントは非常に微妙な立場に置かれているらしいのだ。なんでもドリントはC組の生徒であり、クラスのヒエラルキーでもそれなりの上位にいたらしいのだが、先日の件でクラスでの立場を失いつつあるらしい。
「C組と言えば貴族でも伯爵家以上なんてごろごろいるし、侯爵家の跡取りだっている。にもかかわらずあいつは入学してから自身の地位を振りかざして好き勝手やってたみたいだからな。レインに負けてあんな痴態を晒したんだ。これまで黙ってた奴が軒並みドリントをこき下ろし始めたみたいだぜ」
ドリントの行いは多少自分の地位に奢りを持つ他の貴族からしても過剰なものだったらしく、それに不満を持つ者はすくなからずいたらしい。しかし、いいのか悪いのか、それなりに魔術の心得があったドリントに対し表立って何かを言う者がいなかったのだ。
だが先日の件でレインにこっぴどくやられ、おまけに失禁まで公然と披露するという事態となってしまえば話は別だ。その噂は翌日にはあっという間に広まってしまい、これまでドリントに不満があった者のみならず多数の生徒から非難を浴び、嘲笑を受けて孤立するという事態に陥ってしまったというわけだ。
「家にも泣きついたみたいだが、さすがにやろうとしたことが事だからな。すでにもみ消すのも不可能とくれば、なんとか自分の地位を少しでも取り戻そうと、やっこさん皆様のご機嫌取りで手が離せないんだと」
そう言ってこちらもまた冷めた笑いをみせるリカルドだが、レインにしてみればすでにドリントの存在などどうでもよく、死罪を免れたのだからそのくらいは当然としか思ってはいなかった。
リカルドの話にすでに興味を失くしたレインは、食堂で買ってきた昼食に自らも手を付けたところで視線に気づく。
「どうしたパメラ?食べないのか?」
「へっ!?あ、ううん、食べるよ!食べてるよ!!」
レインに視線を向けていたリカルドとは逆隣に座るレインの最近できたもう一人の友人であるパメラにそう聞いてみたのだが、当のパメラは慌てたようにレインから視線を外すとスープを一心不乱に口へ運びはじめる。なにかあっただろうかと訝しむレインだったが、リカルドの問いによってその疑問は解消された。
「さっきレインが飯取りに行ってる間にパメラと話してたんだけどよ、レイン、お前なんであんなに強いんだ?」
そう聞かれたレインだったが、それに対してレインはさてどう答えたものかと思案する。
リカルドのいうのは今話題になったドリントとのいざこざのことで間違いはないだろう。パメラを邪な下心で連れ去ろうとしたドリントに対しレインが立ちはだかったのだが、あろうことかドリントは火球という炎の魔術でもってレインに攻撃を加えた。
それに対してレインがしたことと言えば、自分に迫る火球を拳で破壊し、同じようにドリントに対してその拳を向けたところでシルフィに止められたというただそれだけのことだ。
だがそれはあくまでレインの中での普通であり、リカルドやパメラにとって普通ではないということはシルフィから嫌という程言い含められている。曰く、戦場での普通はそれ以外での普通の100倍はおかしいことだそうだ。
実際にリカルド達には火球がどうしてレインの目の前で霧散したのかはわかっておらず、ただレインが何かをしたのだという認識にしかなっていない。それゆえのこの質問なのだが、レインにはこれに対する有効な嘘の持ち合わせがなかった。
「なぜと言われても答えに困る。俺はそんなに強くないからな」
「いや、待て待て。強くないやつが何も無しにC組のやつが打った火球をどうにかできたりするもんかよ。なぁ、パメラ」
「う、うん。流石にあれで弱いは無理があると思うんだけど……」
納得を得ない表情をする二人だが、レインは自分がそれほど強くないという意見を曲げる気はなかった。確かにレインは戦場において、こと戦闘行為という殺戮の一点においては自信があるし、そうそう他者に後れを取ることはないと思っていたが、強さとはそう言ったものとまた別のものだとレインは考えている。
それに何よりレインには自分が強くないという明確な理由があったのだ。
「そうは言うが、俺は魔術回路が一本しかないからな。この魔術学院において強いということは絶対にないはずだ」
そう言い切るレインに、リカルドとパメラは二人して驚愕にそれまで食べていた昼食を取り落とすということをしてしまうのだった。
◇
4月の入学式を終え、すでに次の月へと日付が移ろうかという頃になると、授業の様子もそれまでのオリエンテーションメインだったものから変化を迎えることとなる。
「今日からは実践訓練へと移る!各自気を抜いて怪我などしないように十分注意をするように!!」
そういって校舎の中ではなく、校庭で行われる授業の指揮を執るのは、魔術実習の教諭であるステファン・ノーツだ。年の頃は30前半と若く、ルミエール魔術学院の教師としては若輩にあたるステファンだが、それでもここで教壇に立つということはステファンがそれなりの実力を有していることに他ならない。
黒のくせっ毛を手で押さえる様にし、しかしいくら撫でつけても無駄だと悟ったのか、小さなため息を吐いたステファン教諭は、授業の内容を説明していった。
「これから君たちには魔術の基礎となる、各属性の魔術を学んでもらう。無属性を除いた7属性、その初級魔術を君たちには全てマスターしてもらうつもりでいる!」
ステファン教諭の声に、周囲の生徒からどよめきが起こった。しかしそれを一蹴するかのようなステファン教諭の言葉に、どよめいていた生徒たちは再び口をつぐむ。
「質問があるなら挙手をしろ!でなければ私語は許さん!」
まるで軍人かのようなステファンの言葉だが、実際彼は教師になる前は軍人だった。それゆえこういった対応なのだが、一人の生徒がおずおずと手を挙げると指名をすることで発言を許した。
「発言を許す!」
「あの、確か属性には得手不得手があると聞いたんです……」
消え入りそうな声で話す女生徒だが、おそらくステファン教諭に視線ををぶつけられたがゆえだろう。この教諭、本人がどういうつもりかはともかく顔が怖いのだ。なので女生徒は話しているうちに委縮してしまったのだろう。
「いい質問だ!君はそれなりに勉強をしているらしいな!!」
しかしまさかの質問に対していい評価をくだした女生徒に、ステファン教諭は質問への回答を行う。
「いいか!確かに魔術の属性は得手不得手があり、さらに言えば行使する魔術の種類についても得手不得手が存在する!だがしかし、今のお前たちみたいなひよっこにとって得手不得手というものは存在しないのだ!!」
力強くそう言い切ったステファン教諭に対し生徒たちは驚きの声を上げるが、実はそれはレインにとっては既知のことだった。
魔術というのは魔術基礎論の授業でもあったように、魔力炉から取り出した魔力を魔術回路に乗せ、そこに意味を加えて発現するものだ。ならばなぜそこに得手不得手が存在するのかといえば、簡単に言えば回路に魔術が馴染むからである。
では馴染むとはどういうことなのかと言えば、言葉の通りとしか説明はできない。馴染むというのは言わば慣れのようなものであり、例えば一本の魔術回路で炎の魔術を使い続けたとすれば、その回路は炎の魔術へと馴染んでいく。馴染んでしまえばその回路では炎の魔術は容易に行使できるようになるが、その他の属性では使用のための難度があがる。
例をあげるのであれば、水を流し続けている水道管の中で火を起こすということに近いだろう。水を流すことに特化した水道管の中で火を起こすのは容易ではない。回路が魔術に馴染むというのは、言ってしまえばそういうことなのだ。
「ゆえにひよっこであるお前たちはまだ回路が馴染むには至っていない!!確かに貴族ともなれば各家により得意属性や魔術はあるが、それはあくまでお前たちの親、先祖がその魔術を回路が馴染むまで行使し続けた結果でしかないのだ。無論、将来的にお前たちが各家の属性に進むことを止めはしない。だがこの授業では全て属性を学び、そして最低限の使用を行ってもらう。その理由はお前たちの選択肢を狭めないようにするためのものであり、お前たちの成長を妨げるものではないと知れ!!」
ステファン教諭の言葉に誰もが聞き入り、そして一見すればただの強面軍曹でしかなかったステファン教諭への印象を改める。確かにこの世界では、個人によって得意属性があるのは確かで、魔術回路が最初からその属性の魔術の行使に有利になっていることはある。だが、実のところ本当の最初はその差は軽微なものであり、その後の訓練次第ではそれが覆ることも往々にしてあるのだ。
だがその事実を知らず、多少得意だったからという理由でその属性の魔術しか使用しなかったとすれば、次第に回路はその属性に馴染み、他の属性が使い難くなる。特にそれは貴族であるほど顕著であり、幼少からの教育により回路が馴染む寸前までいってしまっていることが多々ある。
だからこそこのタイミングで全ての属性を学び、生徒たちの可能性を狭めないようした。そういったステファン教諭の意図を知った生徒たちは、ここまでよりもいっそう魔術実習へのやる気をみなぎらせることになった。
「それでは今日は火属性、その初級である火弾の実習だ。各々今から配布する資料に書かれた魔力量、回路への火の意味の付与を理解し早速取り掛かれ!」
ステファン教諭の怒号が響き、各自火の初級魔術の練習を始めたのだった。
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