第9話 もう一人友達が増えました
第9話~もう一人友達が増えました~
西の塔の最上階、入学前に入ったっきりとなっていたシルフィの居室にレインは再び足を踏み入れていた。つい先日居室を吹き飛ばし、大幅な修繕工事と共についでという名目で片付けが行われたはずなのだが、どういうわけか部屋の中の状況は、最初にレインがこの部屋に入った時と同じになっていた。
「なんで止めた?」
その様子に内心でシルフィは相変わらずだと、片付けが全くできない仲間に苦笑しつつも今はそれよりも重要なことがあると、そっちを優先しシルフィに尋ねた。
対するシルフィと言えば、レインのその問いにあんぐりと口を開けてまじまじとレインを見つめる。
「どうした?」
「一応聞くけど、レイン、それ本気で言ってる?」
「なんで俺がこの状況で冗談を言う必要がある?俺はさっき、あの馬鹿を殺そうとした。それを止めたシルフィがどうして止めたのかを聞いているんだが?」
「レイン……。やっぱりこの学院に呼んでよかったって、今なら心の底から思えるよ……」
レインの返答に何を思ったのか、シルフィは眉間を押さえながら大きなため息を吐き椅子へと座りこんでしまった。
「……俺、なんか変なこと言ったか?」
「変というかなんというか、私たちがちゃんと常識を教えてあげなかったことも問題なんだけど……。レイン、よくこの3年間何もなく過ごしてこれたね。きっとリーツの街ってすごくいい人が多いんだろうね……」
そう言って疲れた微笑みを見せるシルフィにレインはさらに首を傾げる。
「いい、レイン。確かにあの生徒は他の女生徒に手を出そうとしてた。レインの思っている通り、自分の地位を利用してきっとあの子を自分の欲望のはけ口にしようとしてたと思うよ?」
「そうだろう?ならあいつは相応の制裁を受けるべきだ。だからそれを執行しようとしたのに、どうして止めたんだ?」
「あのね、戦場ではそれが普通だったし、私だってレインの言うように生きてた。でもここは戦場じゃないの。戦場の外には外のルールがちゃんとある。それに従わなきゃ逆にレインが悪者になっちゃうんだよ?」
そういうとシルフィはレインに外の常識というものを語って聞かせてくれた。
曰く、ああいう輩を見つけた場合、止めて被害者を助けるのはいいが、こちらから手を出すのはご法度。仮に相手がなんらかの攻撃をしてきた場合は反撃もできるが、やりすぎはダメで、殺すなどは以ての外らしい。
それは学院の外でも同様らしく、必要以上の暴力は仮に相手が悪かったとしてもこちらが悪くなってしまう場合があるというのだから驚きだ。
「それに貴族って言うのが厄介でね。あの人種はよくも悪くもプライドが高いからよくその権力を振りかざして横暴にふるまうことがあるの。それでももし手を出せばきっとよからぬことを考えるだろうから自重が必要だよ?」
「だがそれではあんな馬鹿が蔓延することになるぞ?」
「レインの気持ちはわかるけど、それが世界の原則みたいなものなの。私だって到底納得できないし、なんとかしようと動いてはいるけど、それでも力で制圧しようとすれば相手も力で返してくる。そうなれば泥沼なのはわかるでしょ?」
シルフィの説明によりレインは外の常識というものを納得は出来ないが理解はした。確かにここは戦場ではない。シルフィの言うように、そんな連中にいちいち付き合っていては状況が悪くなるのは自明の理であろう。そう理解はできてもやはり納得には程遠い気持ちであるレインであったが、自分の行動によってシルフィを困らせたいわけではない。ゆえに折衷案としてシルフィに尋ねることにした。
「被害者を助けるのはいいんだな?」
「それはもちろん。ただ本当にやりすぎないでね?レインの力じゃ手加減しても相手が死んじゃいかねないから」
そう言ってまた困ったような顔を見せたシルフィに、十分に気を付けることを約束したレインは、その後少しだけシルフィと雑談をした後寮へと戻っていった。
レインが退出した部屋で、椅子に深くもたれかかったシルフィは疲れたように、それでも満足したように笑っていた。
「やっぱりレインをここに呼んだのは正解だったかな。あのままじゃあの子、本当に戦場で生きて来たまんま成長しちゃうところだったよ」
もちろんそれもレインをここまで生きながらえさせてきた大切な物であり否定するつもりはないが、それでもシルフィはレインになるべく普通に、そして幸せな将来を手にしてほしいと思っていたのだ。
「みんななにやってるのかなぁ。早くしないと私が全部恩返ししちゃうんだからね」
そう言うシルフィは、段々と陽が落ちて来た窓の外に向けて視線を飛ばす。しばらくどこを見ているのかわからない目で外を見ていたシルフィは、まるで闇に溶けるかのように自身の部屋から姿を消したのだった。
◇
シルフィの部屋を出たレインは一人暗くなり始めた学院内を寮に向けて歩いていた。
「戦場の外って言うのは存外面倒なんだな」
そう思いつい数か月前まで住んでいたリーツの街のことを思い出す。シルフィの話をそのまま鵜呑みにするなら、リーツの街の住人は相当にレインに対して優しかったのだろう。何せ外の常識など何一つ持っていなかったレインに対して、あれほど普通に接してくれたのだ。きっと気に障るようなこともたくさん言ってしまったであろうに、それでもいつもレインを気にかけてくれていた人たちを思い出し、レインは胸に来る思いを一人噛み締めていた。
そういえばF組のことについてシルフィに聞くのを忘れていたと思ったところで気づく。
「ん?」
寮まで後少しというところで、学院内にいくつも設置されている魔灯の光に照らされた二人の人影を見つけたのだ。
さっきの馬鹿たちが報復にでも来たのかとレインは思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
「レインっ!やっと帰って来たか!!」
「その声はリカルドか?どうしたんだこんなところで」
この主はレインに初めてできた友人であるリカルドだったらしく、レインの姿を認めると小走りにこっちに駆け寄ってくる。
「お前がファスタリル教授に連行されていったから待ってたんだろうが!何言われたんだ?もしかして退学とがじゃないよな?」
そう言って矢継ぎ早に質問をしてくるリカルドだが、レインはその様子にどうやらリカルドが自分のことを心配してくれていたようだと理解する。
「心配ない。ちょっと世間話をしていただけだ」
「いや、あの状況で世間話ってお前……。C組のあいつらが泡吹いてたあの後の処理がそんなになるもんかよ」
そう言って渋面を作るリカルドだったが、レインとシルフィの仲を他人に話すのはあまりよくないことだということくらいはわかるので、レインとしてはそう濁すしかなかったのだ。実際、世間話をしたのはその通りだし、嘘はついていないのだが、リカルドはそれでは納得してくれなかったようだ。
「それにあの後目を覚ましたあいつ。マッケロイ伯爵家の坊ちゃんだったってのもあんまりよくない。絶対に許さないって息巻いてたぞ?濡れた股間でわめくもんだから周りの野次馬も笑いをこらえるのが大変そうだったけどな」
「そりゃ地獄絵図だな」
どうやらあの馬鹿貴族はレインの威圧で失神しただけでは飽き足らず、失禁というオプションまでつけてきたようだ。そんな大盤振る舞いにレインも苦笑を禁じ得なかったが、それよりも気になることをリカルドに尋ねた。
「ところでさっきからリカルドの後ろに見え隠れしてるのは一体誰だ?見たところ、さっきの被害者だったように見えるのだが?」
「ッ!?」
レインの言葉に思い切り体を委縮させた女生徒。それまでリカルドの影に隠れていたようだが、レインがそう指摘すると意を決したように影から飛び出してレインの前に躍り出る。
「あ、あのっ!先ほどはありがとうございました!!」
「お、おう……」
あまりの声の大きさに、それまでのびくびくした態度との変わり具合に思わず後ずさってしまうレインだったが、女生徒がわざわざ自分に礼を言うために待ってくれていたことにすぐに思いあたる。
「馬鹿貴族に絡まれていたと思ったから助けたんだが、一応聞いておくが迷惑ではなかったか?」
「そ、そ、そんな迷惑だなんて!?むしろすごく助かりました!あの人いくら断ってもしつこくて、それでどうしようかと困ってたら無理矢理連れて行こうとしてきて、私どうしたいいかわからなくて……」
そう言って俯く女性と。茶色のサイドテールが俯く頭につられて下に落ちる。その様子に女生徒を改めて見たレインは、あの馬鹿貴族が絡んだ理由に少しだけ納得した。
小柄な体に大きな垂れた目は庇護欲を刺激し、茶髪の髪はみるからに触り心地がよさそうだ。しかも小柄な割に出るところは出るというスタイルであって、確かに目をつけられる容姿であることはレインにも納得できたところであった。その点だけは馬鹿貴族の見る目を認めるところであったが、もちろんした行為を許すことはない。今度同じことをしていたらどうしてくれようかと、先ほどのシルフィの話が無駄だったのではという思考を始めたレインに、女生徒がおずおずと話しかける。
「あの、私はパルメ・フリージアって言います。同じ1年F組なんですけど……。今日は本当にありがとうございました」
「何、気にするな。それに同じクラスなんだろう?なら俺達は友人のようなものだ。友人を助けるのは当然のことなんだから気にすることはない。そうだろ?リカルド」
「この学院でそう言えるのはレインくらいのもんだとは思うが、言ってることに間違いはないな」
「え、あの……」
「そんなわけだから気にするな。それよりも早く寮に戻らないか?俺は腹が減って仕方がないんだが」
「おう、今日これだけのことがあって、何ら焦ってないお前の様子に俺はレインに声をかけたことを正解だったと思うぜ」
そう言って少し引き攣った表情でレインに続こうとしたリカルドだったが、その場で固まったように動かないパメラに気付く。
「どうした?早く帰ろうぜ?」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「どうした?言っておくが今日の夕食のメニューは知らないぞ。俺はその場になるまでメニューは見ない主義なんだ。楽しみが減るからな」
そうレインが返すが、困ったような、だけどどこか嬉しそうな表情を見せるパメラは首を振る。そしてまた何かを決意したかのような目でレインに尋ねた。
「私、友達……なんですか?」
「ん?俺はもうそのつもりだったが、何かまずかったか?」
予想の斜め上を行く質問にレインは首を傾げる。出会いはどうあれ、同じクラスでありこうして話す仲に至ったのだ。せっかく接点ができ、これからも共に学院生活を送るのだからそれはもう友人でいいのではと思ったレインだったが、同時にまた何か間違ったのではと思いリカルドを見る。
「そんな目で見るなよ。心配しなくても俺もちゃんと友人だと思ってるからよ」
そう言って肩をすくめるリカルドは何か物知り顔だったが、パメラが肩を揺らし始めたのを見てレインはそれどころではなくなってしまう。
「お、おいどうした!?何で泣いてる!?もしかしてやっぱりさっきの馬鹿たちに何かされて……、よし、今からぶっ殺してくるからちょっと待ってろ!!」
急に泣き始めてしまったパメラの様子に混乱をきたしたレインが訳の分からないことを口走り駈け出そうとするが、制服の袖をパメラに掴まれてしまいそれは出来なかった。
「ちが、違うんです!私、これまで友達なんてできたことなくて……、だから嬉しかったんです。レインさん達が友達って言ってくれて」
パメラのその言葉にレインは自分の考えが早合点だったことに安堵するが、同時にパメラの心情を察する。レインにはパメラの気持ちが少しだけ分かった。かつてレインも何もかもを失い心を閉ざした時期があったからだ。その時は時間をかけてアーノルドたちがレインの傍にいてくれたからなんとかいまの自分があるが、はたしてあの時一人のままだったら自分はどうなっていただろうか。
きっとパメラもこれまで友人がいなかったということは、同じような気持ちを味わってきたのだろう。だからレインは努めて優しく、だけど何でもないようにパメラへと告げる。
「これまでは一人だったのかもしれないがこれからは俺達がいる。友人だからな」
そうレインが言えば、リカルドもまた気持ちのいい笑顔で大きく頷き同意を示す。それをみたパメラは目を見開き、そしてそれまでなかった笑顔を見せてくれたのだった。
こうしてレインに学院で二人目の友人ができた。
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