第14話 総合戦闘訓練 前

第14話~総合戦闘訓練 前~


「なぁ、レイン。この際お前が誰に盾突こうが構わないし、なんならまたドリントの奴をビビらせたときはすかっとしたが、友人として忠告する。フリューゲル家の人間を怒らせることだけはやめとけ」


 食堂での一幕の後、三人で午後の授業へと向かう途中。これまで見せたことのないほど真剣な表情でリカルドからそう告げられた。


「私もそう思うよ。私たちのために怒ってくれたことは嬉しいけど、それでもフリューゲル家だけはだめだと思う」


 リカルドの言葉にパメラもまた同意を見せる。だが俺はそれに首を傾げた。確かに公爵家と言えば、俺のような平民からしてみれば雲の上の人ではある。貴族にしてみてもそれは同じなのだろう。だが、自分でいうのもなんだがさっきのあれは子どもの喧嘩のようなもので、そこに公爵家の力が振るわれるとは到底思えなかったのだ。


 そうレインは伝えてみたのだが、二人の反応はレインの想像と異なるものだった。


「確かに普通はそうだ。ドリントみたいに伯爵家はどうのと言ったところで、伯爵家そのものが動くことはない。もっと大事になれば話は別だが、レインの言うように子どもの喧嘩にいちいち親が出て行けば、逆に家としてのメンツにかかわるからな」


「ならどうしてフリューゲル家だけは特別なんだ?」


「それはね、単純にフリューゲル公爵家の人間は例外なく強いからなんだよ。フリューゲルの血は王国を制す。こと戦闘に関していえば王族すら超えるほどに、フリューゲル家はこの力が強いの」


 パメラの説明にリカルドが頷く。確かにその説明は異常だった。


 通常、貴族が魔術の腕や戦闘面で平民に勝るというのは常識だが、それでも全ての人間がそうなるわけではない。普通は各家で一人ないし二人が飛びぬけた才能を持ち、残りは並みかそれよりも少し上というのが普通。パメラの言ったような家の人間全てが実力が飛びぬけているなどありえないのだ。


 だがフリューゲル家はそうだというのであれば、なるほど、確かに敵対するのは得策とは思えない。もしフリューゲル家の誰か一人でもレインを気に入らないと思えば、家の力を使わずともその圧倒的な個の力で潰そうとしてくるだろう。もしそれに反抗したとしても、今度は公爵家の人間に対する狼藉ともとられかねない。


 力があれば自分よりも弱い者に強く出る傾向がある。おそらく二人が心配しているのはその辺りなのだろうとレインは推測する。


「事情はわかった。これからはなるべく関わらないようにする」


 忠告を素直に受け入れたレインであったが、図らずもそれがシャーロットの想いと真逆に進んでいるなどと言うことは、フリューゲル家がとんでもない貴族だと思ってしまった三人には知る由もないことだった。


 ◇


 食堂での一件から少したち、月が替わり五月となると新入生も授業に慣れてくるころあいだ。そんな時期になり、学院での授業で最も生徒たちの人気を博するものが解禁されることとなる。


 総合戦闘訓練。


 魔術とは生活に役立つ生活魔術というのもあるのだが、ほとんどは戦闘に重きを置かれていると言っても過言ではない。ゆえに歴史上、二回もの魔導大戦が起こっているのだがそんな歴史を経ても人々は魔術の戦闘への流用を止めようとはせず、それに反対する者も、結局は抑止力のために魔術を戦闘に使うこととなっていた。


 魔術を扱う者の全てが、少なからず自身の強さに重きを置く。ゆえに魔術師は力をつけることへの興味がつきないのだ。


「それじゃ、みなさん整列してください」


 先日の魔術実習と同じ校庭に集められた生徒は、前に立つ一人の教師の指示に従い綺麗な列を作った。


「この総合戦闘訓練の授業は二クラス合同、一年A組とF組で行います」


 教師の言葉通り、校庭には今一年の二クラスが集められていた。一年の中でも最上位の実力を持つA組と、最下位として蔑まれているF組。その二クラスの構図はまさに今の一年の象徴と言えるだろう。


 自らの実力をきっちりと把握し、将来を切望されるものとしてのプライドを持つA組の生徒は、全員が前を向き教師の話を一言も聞き逃すまいと注意を向けている。対するF組はと言えば、ほぼ全員がA組に委縮し、教師の話などまるで耳に入らないというようなありさまだ。


 どう考えても効率が悪いと考えられるこの布陣だが、もちろん学院側も意味も無くこのようにしているわけではなく、しっかりとした狙いがあるのだ。


 総合戦闘訓練は魔術を使用し、戦いの訓練を行う実践訓練の授業だ。一日を使い行われるこの授業は、魔術師が最低限の戦闘力を得るために学院が行っているものとなっている。


 ではなぜA組とF組なのか。簡単に言うならF組の生徒にA組を手本にして欲しいからに他ならない。すでにA組の生徒は魔術の実力はもちろんのこと、戦闘においても高いレベルに位置している。今この段階で学院の外に出ても十分にやっていくだけの実力を有しており、今はそれ以上のレベルに到達するために日夜研鑽をしているというのが現状だ。


 対するF組は日々の授業で精一杯であり、魔術の訓練すら満足にできていないのに戦闘の訓練などできているはずもなく、その実力の差ははっきり言って相当なもの。ゆえに学院側はF組の生徒にA組の実力を見て現状の自分たちのレベルを認識し、さらにお手本にして欲しいとの思惑があるのだ。


 もっとも、あまりのレベルの差に絶望し、最初に辞めていく者が出るのもこの時期なのだが、それは言わぬが華だろう。


「まず最初に自己紹介ですね。この授業を担当します、ロベルト・ナイツといいます。一応東の塔の教授をやっていますが、気楽に話しかけてもらえると嬉しいです」


 そう言って爽やかに自己紹介をした教師、ロベルト教諭は整列する生徒を見渡すが、当然それに従い気楽に話しかける者などいるはずがない。


 東の塔の教授、ロベルト・ナイツ。茶髪の好青年の20代の若者というのが第一印象に上がる教師だが、実際は40代を超える中年の教師だ。その圧倒的魔術センスは比肩するものがいないとまで言われており、単純な魔法センスなら大戦の英雄である五芒星の魔術師すら凌ぐと言われている魔術師だ。


 実際、西の塔の教授であるシルフィもまた魔術のセンスは抜群であり、ひそかにどっちすごいのかという派閥ができているのだがそれはまた別の話。


「さてと、それじゃあ今日はまず戦闘スタイルごとにグループに分かれてもらおうと思います」


 ナイツ教諭がそう言うと、生徒たちが整列している前にいくつかの看板のようなものが突如として現れた。


「知っての通り、魔術師とはあくまで魔術を使う者の総称であり、その者の戦闘スタイルを示すものではありません。各自の戦闘スタイルによって訓練法も様々であるのは言うまでもないので、ここからはその戦闘スタイルによって分かれてもらいます」


 そう言うとナイツ教諭は生徒たちに現れた看板ごとに書かれたスタイル別に分かれるように促す。


 戦闘スタイルは大きく分けて3つ。剣や斧などの直接攻撃を得意とする近接スタイル。弓や弩、銃などによる遠距離スタイル。そして魔術による攻撃や補助、回復などを主軸にする魔術スタイルの3つに分かれている。


 さらにその3つの中で武器などにより細分化されるのだが、この授業ではそのスタイル分類で授業が行われるようであった。


 レイン達三人もまたナイツ教諭の指示のもとそれぞれのスタイルごとに分かれていく。リカルドは弓術を得意とするらしく遠距離スタイルのグループへ。パメラは魔術補助を主体とするらしく魔術スタイルのグループへ。そしてレインもまた、自分が得意とするスタイルへと移動をした。


「分かれましたか?それでは今日は最初の授業ということで軽く模擬戦でもして終わりましょうかね。各スタイルごとに近くの人とペアになってください」


 ナイツ教諭のその言葉に一気に生徒たちがざわついた。それはそうだろうとレインは思う。何せ今スタイルごとに分かれたばかりの生徒たちはA組、F組ともにばらばらであり、このまま近くの者とペアを組むのであればあまりに実力差のある者同士という可能性もあるからだ。


 本来ならそう言ったところを考慮して実力がなるべく近いものとペアを組むべきなのだが、ナイツ教諭はそれを無視し無慈悲な言葉を放つ。


「時間もないので隣の人とのペアでいいです。十秒以内に組んでくださいね。組めなかった人は減点対象とします」


 減点の一言に反応し、生徒たちが急いでペアを作り始めた。F組は言うまでもなく、A組の生徒たちも減点などされたくはない。もし減点などされてしまえば、それだけで成績に直結する。将来が嘱望されているA組の生徒にしてみれば、こんなことで成績が落ちるなどあってはならないことなのだ。


「俺も誰かと……」


 レインもまた隣にいた見知らぬ生徒とペアを組もうとしたその時だった。


「お前は俺とだよ」


 突如肩を掴まれ、強引に振り向かされた先にいたのは一人の男子生徒。筋骨隆々という言葉がぴったりであろう男子生徒がレインに言う。


「俺はゴーシャル・ランデル。レイン・ヒューエトスだったな。この学院にお前のような落ちこぼれは必要ないってことを今から教えてやるよ」

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