第7話 初めての友人

第7話~初めての友人~


 ギュンターの演説はその時こそ話題となっていたが、数日もすればそれもすぐに収束した。ギュンターが超えると謳った魔術師、五芒星とは現在世界で最高峰の力を具えると言われる魔術師だ。それを超えるということは魔術を行使するもなら誰でも憧れることであり、決しておかしいものではない。


 それにこの学院にはその五芒星の魔術師が一人。シルフィ・ファスタリルがいるのだから、そう意気込んだとしてもなんらおかしくはない。それがギュンターの演説に対する周囲の評価だったのだ。


 だがその言葉は後にとんでもない問題を巻き起こすことになるのだが、それはまだ別の話である。


 1年F組。それがレインが割り振られたクラスだった。クラスはA~Fまでの6クラスあり、基本的にはAから順に優秀と言われている。つまりレインが割り振られたFクラスは一番の下、劣等生の集まりと言われるクラスなのだ。


 その階級分けはクラスの内装にまで表れているようで、レインが教室の扉をくぐった先に見えたのは、埃っぽい、机などの用具も使い古された、そんな物置のような教室だったのだ。


「これはまたひどいな」


 レインがそう呟いたのも無理はない。教室が配置されている場所が、学生の教室が立ち並ぶ校舎の隅の隅だったところで嫌な予感はしていたのだが、長く戦場にいたレインをしてあまりのボロさに辟易するほどの教室なのだ。ここでこれから魔術を学んでいくなど本当に出来るのか、そんな疑問を抱いたところでなんらおかしくはなく、むしろ正常な反応だったと言えるだろう。


「だよな。それが正しい反応だよな。なのにどうしてこの教室の奴らはそれを素直に受け入れてるのか、俺にはそれがわからないんだよな」


 そんなレインに対し、教室の奥から歩み寄って来た生徒がいた。


「リカルド・アーチス。このクラスにお前のような奴が一人でもいてくれて嬉しいぜ」


 そう言ってリカルドと名乗った男子生徒はレインに握手を求める様に右手を差し出す。少し褐色の肌に金髪の坊主頭。ニカッという擬音がぴったり当てはまりそうな表情をするリカルドは、一目見ただけではあまり柄のよさそうな印象は受けない。


「レイン・ヒューエトスだ」


「おうレイン!よろしく頼むぜ!!」


 しかしこうして差し出された手を握ってみればなんてことはない。少し近寄りがたく見えるのは表面だけで、リカルドの内面が非常に屈託のない少年のようなことがすくに分かった。きっとリカルドは、その見かけでこれまでそれなりに損をしてきたことだろう。歯をのぞかせて笑うリカルドを見て、レインはそう思ったのだった。


「いやでもよ、ほんとにレインみたいにこの状況がおかしいとはっきり口に出してくれる奴がいてよかったぜ。見ろよこのクラスを!全員が俯いて下向いてよ、入学早々、一体誰が死んだんだって有様だぜ!?」


 リカルドの言い方はともかくとして、確かにこのクラスには覇気がなかった。席についている男女問わず全員が下を向き、まるで戦地に行けとでも言われたかのような陰鬱たる気配を全員が纏っているようだった。


 確かにこのクラスは最下級のクラスで、教室自体もボロボロだが、それでもルミエール魔術学院という、この国でも有数の学校へ入学できたのだ。それならば最下級クラスとはいえもう少し明るくてもいいのではないかと思い、リカルドにそれを尋ねようとしたのだが、それはレインの後ろから入って来た人物によって遮られることとなった。


「速やかに席に着きなさい。これよりホームルームを行います」


 ビシッとしたスーツを着こなし現れたのは、この1年F組を担当する教師である、リーシャ・トリシティ。ロングストレートの髪をきっちりとポニーテールにし、光をきっちり反射しそうなくらいに磨かれた眼鏡をかけたいかにも几帳面そうな女性が教壇に立ち、自己紹介をした。


「これからあなた方はこのF組で一年を過ごします」


 改めてトリシティ教諭が発したその一言で、クラスの中に漂っていた陰鬱な空気が一際負のオーラを増したような気がレインはしていた。


「あなた方はこの学院の底辺です」


 容赦のない言葉の暴力が教室内に響く。


「この学院に入学できたのもまぐれ、おこぼれ、最悪の場合は何かの間違いともいえるような、そんなレベルがあなたたちなのです」


 ここまで来て、ようやくレインにもこのF組が纏う負のオーラの正体が分かった気がしてきていた。しかしそれを今口に出すことは出来ない。この教室の中で一番の発言権を持つであろう、教師が話しているのだ。幼少とはいえ傭兵団という中で育ったレインにとって、上下関係というのは重んじるべきものでありよっぽどのことがなければ逆らうべきではない。そう身に染みついているがゆえ、例えトリシティ教諭の言葉に思うところがあったとしても、それを言葉にすることはしなかったのだ。


「まずはその立場をかみしめろ。そして自覚しろ、自分たちが最底辺であるということを。それが君たちのスタートラインであり最初に行うことだ。私からの言葉は以上だ。それではこれより配布物を配る。速やかに各自手元に資料を用意するように」


 トリシティ教諭はその言葉を言い終わると、宣言通り配布物を配り、それについての説明を事務作業かのように淡々とこなしていく。


 それに対し、誰一人として口を開くことはなく、レインにとって記念すべき学院生活一日目はまったくよくわからない状況で終業の時間を迎えることになったのだった。


 ◇


 入学式ということで午前で終了した一日目。誰もいなくなったF組の教室には二人の生徒の影が残っていた。


「なぁリカルド。あれはいったいどういうことだ?なんでF組が教師をしてあんな扱いをする?確かにクラス分けとしては最下位なんだろうが、それでもあそこまでの言い方はどうかと思うんだが」


 トリシティ教諭によるこれから先のカリキュラムなどの説明が終わり、一日目の行程が終了するや否や、他の生徒は一目散に教室を出て行き、はからずとも教室に残ったのはレインとリカルドの二人になっていた。なのでレインはこの状況に少しでも心当たりのありそうなリカルドに疑問をぶつけているという状況だ。


「レイン、お前何も知らないのか?」


 その問いに対しリカルドが訝し気に、たげど決して見下したような感じではなくそうレインに対し逆に訊ねた。


「俺はある人にこの学院で学んで来いと推薦をうけただけだからな。非常に優秀で、その分厳しい学院であるとは聞いているが、それ以上のことは知らないに等しいと思ってくれ」


「つまりレインは貴族とは関係ないということでオーケーってことか?」


「当たり前だ。こんな礼儀作法のれの字も知らない貴族なんていないだろう?」


「はっ、確かにな!つまり俺の勘も捨てたもんじゃないってわけだ!この最底辺でこんなにぶっ飛んだ友人を得ることが出来たんだからな!!」


 そういうとリカルドは褐色の肌と対比するような白い歯をのぞかせた笑みをまた浮かべ、レインに再度手を差し出した。


「いいぜレイン。今日から俺達は友人だ。俺がこの学院のことを知っている限り教えてやるよ」


「それは助かるな。なにせこの学院のことをほぼ何も知らないに等しいんだ。今後のためにも情報はあって損はない」


 その手をレインも同じく握り返すことにより、二人の間に友人関係が成立する。レインにはそれが非常に嬉しかった。何せもといた村での生活を除けば友人など無縁な生活を送ってきていたのだ。大戦により村が滅び、アーノルドたちに拾われ傭兵になり、その後はハンターとして暮らしてきた。当然友人などいるわけなく、自分とは無縁な存在だと思って今日まで生きてきたのだ。


 にもかかわらず、リカルドはレインのことを友人だと言ってくれている。口角が上がりそうになるのを必死にこらえながらも、この学院に招待してくれたシルフィにレインは心の中で感謝をした。


「いいか、このルミエール魔術学院は完全な実力主義だ。魔術のうまさこそが正義であり、そこには地位も権力も介入は許されない。これが大前提であることを覚えておけ」


 誰もいなくなった教室で、今にも足が折れてしまいそうな机に飛び乗るようにして座ったリカルドは、少しきしんだ音を出した机を気にすることもなく話を続ける。


「だが実際のところ上位のクラスは名だたる貴族が名を連ねていて、クラスが下がれば下がるだけ貴族の地位は落ち、数少ない平民も混ざってくる。その理由がなんだかわかるか?」


「入学までに魔術に触れた経験の豊富さだろう?素養もあるだろうが、実力主義であるはずのこの学院で地位による差が出るとしたらそれ以外には考えられない」


「エクセレント。その通りだ。何も知らないとか言った割に博識だな」


 冗談めかしてそう言うリカルドに、レインは肩をすくめることで答える。


 今レインが答えたのは、この世界の在り方でもあることだった。魔術とは誰にでも使えるものであり、もちろん覚えのいい悪いはあるが、それこそ王であれ平民であれ平等に使えるものなのだ。それでもそこに明確な差が出る理由には二つある。一つは今の話には関係ないので省くが、もう一つはまさに貴族という地位によるものなのだ。


 魔術は何にもまして経験こそがものをいう。どのような理論で魔術が起動し、内にある魔力を行使するか。それは独学ではなかなか身につかず、一握りの天才を除いては基本的に誰かから魔術を学ぶというのが一般的だ。


 貴族であればそのノウハウはすでに各家により体系化されており、また自らの持つ家の財力を使い効率的に幼いうちから魔術に触れ、また学ぶことが出来る。


 しかし平民においてはそれはほぼない。そもそも平民の親は平民であり、当然それまでの魔術の修練なども貴族に比べれば低いと言わざるを得ない。使えて生活魔術が精々であり、当然のその子どももそれが普通となってしまう。ゆえに平民にはそれこそ飛びぬけた天才か、異端な存在でもない限り学院に入れるほどの魔術を行使できるものなどいない。


「貴族はさらに力をつけ、平民は日々の暮らしのために魔術を学ぶ余裕などない。だからさらに格差は広がっていくばかりという、貴族にとってのシステムといっても過言じゃない世の中だぜ」


 明らかな不満を見せるリカルドは隣にあった机を軽く蹴飛ばす。それだけでただでさえ壊れかかっていた机が悲鳴をあげるが、リカルドはさして気にした様子はない。


「リカルドは貴族じゃないのか?」


「一応貴族の端くれではあるけどな。末端も末端、貧乏貴族である以上、平民とそれほどにはかわらない」


 途端に苦虫を噛み潰したように顔をしかめたリカルドに、レインはそれ以上の追及を止めた。人には踏み込んではいけない領域というものがある。レインとリカルドはまだ知り合ったばかりであり、どう考えてもどこに踏み込んでいい間柄ではない。そう判断し詳細を聞くことをレインは止めたのだ。


「事情はわかったが、ならばなぜ他のクラスメイトはあれほどに落胆していたんだ?例え最底辺のクラスと言えど、この学院に入れること自体が誉れだろう。まるでこの世の終わりとも言える悲愴感だったぞ?」


「あぁ、それはな」


 そこでリカルドは言葉を切り、まだ陽が高い窓の外を睨みつける様にして吐き捨てた。


「最底辺であるこのF組は、この学院の歴史上、進級できないからだよ」


 そういったリカルドにさっきまでの威勢はなく、先ほどまで教室にあった陰鬱な空気を纏っていたのだった。

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