第6話 入学式がやってきた

第6話~入学式がやってきた~


 それからレインとシルフィは、3年間離れていた時間に有ったお互いのことを話し、情報の共有を行っていた。


「そっか、レインはハンターになってたんだね。その年で銀級って、もしかして歴代最速なんじゃない?」


「確かそんなことを言われた気もするが、あくまで生活のためにやってたことだからそんなに気にしてなかったな」


「その無頓着さは相変わらずだけど、そこがレインのいいところかな」


 他愛ない話だったが、その懐かしさがレインの心を温めていた。家族も故郷もなくしたレインにとって、レックス傭兵団の仲間は文字通り家族と遜色ない存在だった。そんな仲間と別れ、こうして再び再会できたのだ。嬉しくないわけはなく、できたらこのままこうしてずっと話をしていたいとすら思っていた。


「そういえば、シルフィ。ここは王国でも屈指の魔術学院なんだろ?いくらシルフィの推薦があるとはいえ大丈夫なのか?俺、魔術の才能なんかないぞ?」


「どの口がそう言うのか小一時間くらい問い詰めたいとこだけど、その点は大丈夫。確かにレインは普通の魔術においては優秀じゃないかもしれないけど、魔術の神髄がそこじゃないことはレインが一番よくわかっているでしょ?」


「そりゃそうだけど、それでもここが学院である以上はそれじゃまずいところも出てくるだろ?」


「ま、ね。確かに学院生活の初期段階では、レインはきっと他の生徒に置いていかれる。というか馬鹿にされるし、なんならひどく見下されると思う。それこそ、この学院に通うのはプライドの塊みたいな貴族連中もいるしね。だけど時がたつにつれてそいつらはレインの強さに気付くことになるから平気よ。卒業するころには誰もレインを馬鹿にする奴なんていないから!!」


 そういってまるで問題などないとシルフィは言うが、レインにとっては心配しかなかった。この世界における魔術、その原理を考えれば、レインがこの学院に通う意味などないに等しいのだから。


「それに私がレインに学院に通ってもらおうと思ったのは、何も私が会いたかったからってだけじゃないんだよ?」


「え?」


「何、その顔。もしかして私がほんとに寂しかったからってだけでレインを呼んだと思ったの?」


 そう思っていた。極度の寂しがり屋のシルフィなら、それがあり得ると思ってしまっていた。口にはしなかったが、どうやらその感情が出てしまっていたらしい。思い切り不満だという表情でシルフィが弁解をしてくる。


「違うに決まってるでしょ!!私がレインを呼んだのは、レインに学院って言う、その年齢でしかできない経験を積んでほしかったから!レインってばどうせリーツでも一人で暮らしてたんでしょ?それじゃダメなの!若いうちにいろんな経験を積まないとダメなの!だからレインにこの学院で生活してもらおうと思ったの!私が寂しくてレインを傍に置いときたかっただけじゃないんだからね!!」


 最後の部分に本音の8割くらいが見え隠れした気がするが、少なくともシルフィがレインのためを思ってくれていたのは間違いないようだった。例えそれが、シルフィの寂しさを埋めるためにレインを呼び出す際に必死に考えたもっともらしい言い訳だったとしても、そこに気付いてはいけないのだ。主にシルフィのプライドのために。


「そういうわけだから、ちゃんと学院生活を楽しんでね?」


 そう言われてしまえばもはやレインに拒否をすることなどできるはずもない。というより、学院生活というその単語に、年甲斐もなく楽しみを覚えているのだから、シルフィの狙いは正しかったと言っていいだろう。


 それからなんやかんやとシルフィから学院の大まかな説明を受け、必要な書類や制服をもらったレインは、その日の夜遅くになって、ようやくあてがわれた寮の一室へと戻ったのだった。


 ◇


 そこからひと月ほど、レインは特に当たり障りのない毎日を過ごしていた。


 学院の中を見て回りその配置を覚えたり、シルフィとお茶をしたり、学院生活に必要なものをそろえたり、シルフィとお茶をしたり、日課であるトレーニングをしたり、シルフィとお茶をしたり、いろいろとやることやっていたのだ。妙にシルフィとのお茶の時間が多い気もするが、寂しがり屋がそれまで溜まっていたものを埋める様にレインを誘うのだから仕方がない。レインもまた、それに嫌な思いを抱いていなかったのだから、仕方がないである。


 ちなみに必要なお金に関してはシルフィが全て出してくれていた。もちろんレインとしてハンターとして生計を立てていて、ある程度貯金はあるので辞退したのだが、


『私が望んでこの街に呼んだんだから、それくらいはさせて。レインには3年とはいえそれまでの生活を捨てさせたんだから、姉としては当然の事』


 と言われてしまえば断ることなどできるはずもない。そんなわけでお金に関してもなんの心配もないレインは、とりあえず身の回りの物を揃えるなどして学院が始まるまでの日々を過ごしていたのだった。


 そして日が経ち、空いている部屋が目立っていた寮も、その全てが埋まるくらいになった4月のある日。ルミエール魔術学院の入学式が執り行われる日がやってきた。


「こりゃすごいな」


 見渡す限り人、人、人。右を見ても左を見ても人ばかりの学院の敷地の様子に、レインはただただ圧倒されるだけだった。もちろんこれと同じくらいの人だかりは見たことがある。しかしそれはあくまで戦場での話であり、その数分後にはその全てが肉塊と化していた。


 だがここはそうではない。レインと同じ、この春から新入生として入学するのであろう生徒やその親。そしてその様子を見守るように辺りに見える上級生と、学院内はさながらお祭り騒ぎのようになっていたのだ。


 そんな軽く軍に相当しそうな新入生が学院の一角にある、収容人数が軽く万に届きそうなほど大きい大ホールへと集められる。いよいよ入学式が始まるのだ。


『みなさんルミエール魔術学院への入学、誠におめでとうございます』


 大ホールの最前列、そこに立つのはこのルミエール魔術学院の学院長であるエイワーズ・シュミットその人だ。数いる魔術師の中もその実力は有数であり、かつてレインたちが参戦していた第二次魔導大戦でも、レインたちとは別の戦場で破竹の活躍をしていた猛者でもある。


『ここに入学できたということは、あなた方には確かに実力があるのでしょう。ですがそれはあくまであなた方がこれまで住んでいた場所でのこと。これまでの栄光はすべて忘れることをお勧めします』


 エイワーズの言葉が大ホール内に響く。拡声魔術が施された、特殊なスピーカーが使用されているとはいえ、それほど大きな声ではないはずだが、誰一人としてその声を聞き漏らす者はいない。


『この学院であなた方は自分の矮小さを知ることになる。その結果、昨年入学してきた者で進級できた者はおよそ半数となりました』


 入学した生徒の半分が進級し、残りの半分は自主退学を選ぶ。並み居る強者の中でふるいにかけられ、そこで勝ち残った者のみがさらに上へと至ることが出来るのだ。


『怖気づきましたか?もし今、少しでも不安を感じたなら、この入学式の後、学院を去ることをお勧めします。恥じることではありません。人には決められた器があり、その分を超えるには並大抵の努力ではそれを覆すことは不可能です。しかも努力が必ずしも報われるとは限りません。でしたらこの学院を去り、別のことに時間を使った方が有益でしょう。人生は有限なのですから』


 エイワーズ学院長の言葉に、誰もが呼吸を忘れたかのようにその話に聞き入っていた、それも無理はないだろう。第二次魔導大戦の英雄と言えば、それだけで歴史上の人物と肩を並べるくらいの偉人なのだ。その偉人からのまるで発破をかけるような言葉をもらった新入生は、誰もがその言葉に目を光らせやる気をみなぎらせていた。


 しかしそんな中、エイワーズ学院長の言葉に一人だけ眉を顰める者がいた。そう、レインだ。


 エイワーズ学院長の言うことはひどく真っ当で、それでいて的を得ている。確かに魔術には才覚が必要であり、才ある者にない者が勝とうと思えばそれこそ並々ならぬ努力が必要だ。だが、だからと言ってそれをいちいち伝える必要はないと思う。


 自身に才能がないと知れば、途端にその者はやる気をそがれることになる。それがこれまで自分に才があると思っていた者ならなおの事であり、その事実がその者の可能性を狭めることにもなり得るのだ。


 かつて才がないと言われたレインにとって、エイワーズ学院長の言うことは酷く正しく、それでいて酷く気に障るものだった。


『学院長ありがとうございました。続きまして新入生代表の言葉、ギュンター・グラキエース君』


「はい」


 司会の教諭の声に一人の生徒が返事をする。真っ白な髪に二メートルに届きそうなほどに高い身長を持つ細身の好青年。それがレインがギュンターに抱いた第一印象だった。


 しかしこの後、この大ホールにいる全ての者がギュンターの演説に聞き入ることになる。その不遜ともいえる彼の演説に。


『私、ギュンター・グラキエースはこの場を借りて宣言いたします。私はこの三年間で伝説の魔術師と評されている五人、五芒星を超えることをここに宣言させて頂きます』


 誰か一人がそれに反応し、隣へ波及しまたさらに隣へ波及する。まるでさざ波のように広がるどよめきはたちまち会場を満たし、大ホールの中は瞬く間に喧騒に包まれる。


 教師陣による対応の中、レインは見た。今まさにその騒動を作り出したギュンターが、大ホール内の喧騒を見て満足そうに微笑んでいるのを確かに見たのだった。

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