第5話 懐かしき仲間
第5話~懐かしき仲間~
二つある塔の片方、東と西、東西の方角にそびえたつ塔の西側、その最上階にレインはいた。
ざっと見てレインの身長の三倍はあるかという木製の扉が、塔の最上階ワンフロア丸々使った赤いじゅうたんの敷かれたホールの前に鎮座している。
ここまで案内してくれた兵士は、塔の下の昇降機に乗る直前にすでにいなくなっていた。
『ここから先は許可された者しか入れません。ファスタリル教授のお部屋は西の塔の最上階。昇降機で最上階までいけばすぐにわかります』
そう言われるがままに塔の最上階で降りたのだが、そこにそびえる扉にレインは完全に気圧されていた。
「いや、シルフィは一体どこまで偉くなってるんだ?」
かつての仲間はどうやらレインの思うよりも三倍は高みにいるらしい。そうはいっても、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。意を決したレインは木製の大きな扉をノックした。
「どうぞー」
中から聞こえてくるのは聞き間違えるはずもない、懐かしき仲間の声。その声で緊張が少し和らいだレインは、一気に扉を開けて部屋の中へと入っていく。
「いらっしゃーい、ちょーっと忙しいから待っててくれるかな?今この魔法陣がいいところでねー、あとちょっとひねればいいところにいきそうなんだけどなー」
レインが入った部屋は昇降機から降りたホールなんて目じゃないくらいの広さだった。そこだけでリーツの街のハンターギルドがすっぽりと入ってまだ余裕があるのではと言うほどの広さを誇る部屋。にもかかわらず、部屋の中は夥しい量の羊皮紙や書物、怪しげな薬や何かの道具が散乱して、あまり余裕はなく見える。
その部屋の中心に置かれた机でうんうんと唸っている小さな影が一つ。栗色の髪にその背丈ほどの杖、それに少し紫がかった黒のローブを来た少女のような女性。かつてのレックス傭兵団の魔術師、シルフィ・ファスタリルがレインの知る姿のままでそこにいたのだ。
「相変わらず片付けが出来ないのか、シルフィ?」
「え……?」
「久しぶり」
話しかけたレインに思わず視線を上げたシルフィは、目に一杯の涙を浮かべレインを見る。
「……レイン?」
「そうだぞ?というか自分で呼んだのに何をそんなに驚いてるんだ?」
「だって……、もっと来るの遅いと思ってたし、もしかしたら来ないんじゃないかって……」
「何言ってるんだよ。俺が仲間の招待に応じないわけがないってことはシルフィならよく知ってるだろ?なぁ、姉さん」
レインの滅多にしないその呼び名に、ついにシルフィは感極まったのか、それまで相手にしていた魔法陣をほっぽりだしレインのもとへと一足飛びで駆け寄った。
「うわーん!レインだ―ッ!レインが来てくれたよぉッ!!」
「何泣いてるんだよ。相変わらず寂しがりやなところは変わってないよな」
「だって、だってっ!!」
感動の再会という見出しをつけるならまさにこんな感じなのだろう。十五の少年に二十八にも達する女性が飛びついて泣いているという姿はいささかどうかとは思うが、シルフィの見た目はレインの実年齢と言われてもなんら差しさわりはないので問題ない。
レインの胸に抱き着きうれし泣きしているシルフィを撫でながら、レインも同じようにかつての仲間、その姉のような存在に嬉しさを噛み締めていたところで、ある存在が目に入る。
「……なぁ、シルフィ」
「ん?どうしたのレイン?」
胸元から見上げるような上目遣いで覗くシルフィの目は赤く、涙のせいでしっとりと濡れる睫毛が妙に愛らしい。シルフィのことを何も知らない人が見れば、全員一瞬で恋に落ちても仕方がないような、そんな破壊力を秘めた上目遣い。
だが、レインはそれよりも気になることがあった。主に先ほどまでシルフィが頭を捻っていた魔法陣が、白煙をあげながらどんどんと膨張をしていくというありえないその光景に目を奪われていたからだ。
「あれって、もしかしてもしかしなくてもやばいよな」
「あれって、どれ?」
レインの見たくないものを見たという視線を辿り、ようやくシルフィも魔法陣のありさまに目を見開く。ついで顔を青ざめさせ、そしてレインを振り返りこう言ったのだった。
「失敗は成功の母って言うよね?」
シルフィが天真爛漫と言えるような笑顔でレインをみた次の瞬間、西の塔の最上階で盛大な爆音が響き渡ったのだった。
◇
そこから数時間、あまりの爆発に駆け付けた他の講師陣、街の消防、野次馬の生徒などに謝罪し、説明し、蹴散らしたレインとシルフィは、ようやく人心地をつける様になりソファに腰を下ろした。
「えっと、ほら、新しいリフォームみたいな!?吹き飛んだ部屋もちょいちょい作り直したおかげでピカピカだし、散らかっていた部屋も片付いてまさに一石二鳥じゃない!?」
「……」
「ほらほら!レインに渡そうと思ってた入学関係の書類とかは、収納袋に入れいてたから無事だよ!?大事なものはちゃんと保管してあるから問題なし!!」
「……」
「ぅ、えっと、レイン?」
「シルフィ」
「あぅ……、ごめんなさい」
レインの無言の重圧についに耐え切れなくなったのか、実年齢二十八の見た目少女はうなだれ、ようやくその口から謝罪の言葉を出すに至る。
昔からシルフィは自分が悪いと分かっていながら、素直に謝ることが出来ない性格だった。そのせいでよくアーノルドと喧嘩をしていたが、いつからかそれをとりなすのがレインの役目となっていて、シルフィの扱いに関してはお手の物となっていたのだ。
「まったく、ここにいたのが俺だったからよかったけど。普通の奴なら爆発四散だぞ?あんなに危険な魔法陣なら目を切らないでくれ」
「だ、だってレインが来てくれたからつい嬉しくなっちゃって……」
「さっきも言ったけど俺を呼んだのはシルフィじゃないか?何をそんなに慌てることがあるんだよ?」
そう言ってレインは、申し訳程度に用意された紅茶を口に運ぶ。
この学院への入学を斡旋したのはシルフィで、だったら近いうちにレインが来ることはわかっていたはず。それならばなぜそんなに取り乱すのか。そう思ったから聞いてみたのだが、その言葉にシルフィはまた目に涙を浮かべ始めてしまう。
それを見て今度はレインが慌て始めた。
「お、おいシルフィ!?一体どうした……」
「寂しかったんだよ!!」
目に一杯の涙を浮かべてそう叫ぶシルフィに、レインは思わず押し黙った。
「あの大戦が終わって私たちはそれぞれの道に進んだ。私にも夢、魔術学院の講師になってたくさんの人に魔術を教えるって夢があったから、最初の頃はその夢に向かって何も考えずに走ることが出来た。でも、ようやく夢が叶って、こうしてこの学院の教授にもなれて、なんか五芒星なんて壮大な名前で呼ばれるようになったけど、そこでようやく周りを見ることが出来る様になったの。そしたらいつも一緒にいた仲間は誰もいなくて、それで寂しくなって……」
そこまで言って黙り込むシルフィに、レインはようやくどうして自分がここに呼ばれたかに合点がいった。
いつもは勝ち気で誰よりも明るいシルフィだが、実はその性格は非常に寂しがり屋なのだ。依存体質は言い過ぎかもしれないが、その気のあるシルフィは傭兵団で活動していた頃もそれは顕著だった。
一人での行動は極力したがらない。やむを得ずに一人になることがあれば今のようにすぐに目に一杯の涙を浮かべる。極度の寂しがりやなシルフィにとって、この三年の間単身で夢を追いかけるのにどれほどの労力を使ったことか。
レインに対して姉のような態度をとるのもみんながいるときだけで、二人になると途端に妹のようになるのだから、その寂しがり屋は折り紙つきであろう。
だからこそシルフィはレインを自分がいる学院に呼んだのだ。年齢もちょうど新入生にふさわしく、自分のいる場所なら目が届く。そうすればいつも一緒にいるわけにはいかなくとも、少しは寂しくなくなる。そう思ってレインをこの学院に呼んだのだろう。そう思うと、目の前の姉代わりの妹が少しだけ可愛く見えてしまったのは仕方がないことだと思う。
「俺の居場所はどうやって知ったんだ?」
「私が本気を出して調べれば、それこそレインが本気で隠れない限り簡単に見つけられるよ」
その言葉にやはり苦笑を禁じ得ない。シルフィは非常に優秀な魔術師であり、レックス傭兵団の中でもこと魔術に関しては彼女の右に出るものはいなかった。あらゆる属性の魔術を自在に使いこなし、遠中近、どの距離でも相手を圧倒できる魔力量と技を持つ。そんなシルフィにかかれば、レインの居場所を見つけることなど造作もないことだったのだ。
「他のみんなはお互いの居場所を探さないって取り決めをしてたけど、レインはしてなかったから。だからすぐに探したら見つかった」
レックス傭兵団が解散した時の取り決めの一つに、互いの居場所を詮索してはならないというものがあったのだが、レインはこれに同意をしていなかったのだ。無論、レインがみんなを探すことはしないが、皆がレインを探すことを拒否はしない。できれば仲間と離れ離れになりたくなったレインのささやかな抵抗だったのだが、こうしてそれが実を結んだことを考えるとあの時そう明言した自分にご褒美の一つでもあげたい気分になってくる。
「事情はわかったよ。なんにしてもまたこうして会えてよかったよシルフィ。これからまた世話になるけどよろしくな」
ここまで慌ただしすぎて言えなかった言葉をようやく伝えることが出来た。レインのその言葉に、目に涙を浮かべていたシルフィもようやくもとの笑顔を取り戻し笑ってくれた。
「うん!こちらこそまたよろしくね、レイン!!」
そう言って笑うシルフィは、あの戦場にいたころと何も変わっていないように見えたのだった。
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