第4話 少女との出会い
第4話~少女との出会い~
フォーサイトの街は大都会といって差し支えないくらいに栄えていた。
リーツの街も辺境地にしては人も多く、建物も立派ではあったが、それはあくまで辺境地にしてはと言わざるを得ない。フォーサイトの街は王都からもそれほど遠くはなく、ハルバス神聖王国のある東方大陸の中心に位置していることもあり、他の国との玄関口としても有名だった。
人が行きかえばそれだけ文化が栄える。地上数十メートルの建物が乱立し、複合型商業施設があれば市場もある。もはや混沌ともいえるその様子に、初めてフォーサイトを訪れたレインは開いた口がふさがらなかった。
「あ、あの……」
「どうした少年?迷子にでもなったか?」
「ルミエール魔術学院はどこでしょうか?」
「んんっ?あの有名な学院の場所を知らないということは、さては少年、所謂お上りさんという奴だな!?」
「え?いや……」
「いい、いい!私も最初にこの街に来たときはそんな感じだったよ!田舎から出てきてこの街を見たら誰だって度肝を抜かれるものさ!!ここに住んでる奴だって時に迷うこともあるほどに広い街だ!初めてここに来た少年が迷うのも無理はない!!」
レインが街に辿り着き、最初に話しかけたのは街を警護する衛兵だった。魔術学院に行きたいが、初めての街なので場所が分からない。探せば見つかるだろうが、この人込みではそれも億劫。そう思い衛兵に尋ねたのだが、どうやら衛兵はレインを道に迷ったと思ったようだった。
確かにレインは道が分からなかったが、それはまだ探していないからであって断じて迷ったわけではないのだ。仮にすでに街に入ってから二時間が経過していたとしても、断じて迷ったわけではないのである。
「いいか少年!向こうに大きな二つの塔が見えるか?」
衛兵の指さす方を見れば、今いる場所から数キロ離れた場所にあるにも関わらずはっきり見える二つの塔が見えた。
「あそこがフォーサイトが誇るルミエール魔術学院だ!ハルバス神聖王国でも屈指の魔術学院であり、高みを目指す魔術師が日夜研鑽を重ね高みを目指す。いわばこの国のシンボルのようなものだな!!」
「あそこが……」
「少年はもしかして新入生だったりするのかな?いや、何。この時期になると少年のような迷子が度々現れるんでね!」
「いや、だから迷子じゃないと……」
「おっと、もうこんな時間だ!すまないな少年!できれば学院まで送り届けてあげたいところだが、生憎仕事の時間のようだ!それでは頑張りたまえよ少年!神のご加護がらんことを!!」
言うが早いか颯爽と去っていく衛兵に、レインはただその後姿を見送ることしかできなかったのだった。
「だから俺は迷子じゃないんだよ……」
レインのそんな言葉を聞く者は、当然だが誰もいなかった。
◇
市街地を抜け街路を数キロ歩いた先、そこに目的地であるルミエール魔術学院はあった。
街から離れ、途中にあった川をわたり、見渡す限りの草原の中の小高い丘。そこにそびえたつのはまさに摩天楼とでも言えるほどに大きな二つの塔。
周囲には街中に会ったような高層の建物は一つもなく、そのせいもあって二つの塔はより一層その存在が大きく見える。数キロ離れた街中からでもあれだけはっきり見えたのだから大きいというのは分かっていたが、近くに来てそのスケールの違いにまた驚いてしまう。
二つの塔の間には塔とは違う中層の建物が立ち並んでおり、正門付近に立つレインにはこの学院の規模がどれほどなのかをうかがい知ることは出来ない。それほどにルミエール魔術学院は大きく、レインの想像をはるかに超える学院だったのだ。
「君、ここに何か用かな?」
そんな学院のスケールに圧倒されるレインに声がかけられた。見れば正門を警護していると思われる兵士が、訝し気にレインを見ていたのだ。
「用がないなら立ち去りたまえ。ここは伝統と栄誉あるルミエール魔術学院。ここに入ることが許されるのは選ばし者のみなのだよ」
そう言う兵士はさも誇らしそうにそう言う。果たしてこの兵士はその選ばれし者なのかを聞いてみたくもあったが、どう考えても藪蛇な気がしたのでやめておいた。レインは空気が読める子なのだ。明らかに面倒になりそうなことに首を突っ込むような子ではないのである。
「いえ、僕はここで働いているシルフィ、シルフィ・ファスタリル教授に呼ばれた者です」
「何!?ファスタリル教授だと!!あの、最年少でルミエールの教授に昇りつめた至高の賢者たるあの人の事か!?」
「えっと、多分そうかと」
「いや、そんな馬鹿な。あの人は気分屋で気難しくて有名なはず……。そうかっ!君、いくら学院に入りたいからと言って嘘はいけない。これが私のような聡明で温和な兵士だからいいが、人によってはしょっ引かれるところだぞ?他の所ならいざ知らず、ここは王国でも屈指の秘密の多い場所だ。さぁ、私が優しいうちに早く帰りなさい」
「いや、だから嘘じゃ……」
「君、こういうのには何事にも正規の手順というものがあるんだ。ちゃんと試験を受け、合格の後にこの門をくぐる。ずるをしても得られるものはないんだぞ?」
必死に言い募るレインであったが、兵士はまったく取り合ってくれない。この街の兵士はどうしてこうも人の話を聞いてくれないのかとも思うが、実際レインは端から見ればただの十六の少年だ。後ろ盾も何もない少年が、どうやら相当な地位にいるらしいシルフィの名前を出したところで信じてもらえないのも無理はない。
しかしそれでもここでなんとかシルフィに話を通してもらわなければ始まらない。わざわざリーツの街からはるばるやってきた意味が何もなくなってしまうのだ。
どうすればこの兵士を説得できるかと頭をひねるレインに、背後から救いの神が現れる。
「どうしたの?何かあった?」
振り返った先にいたのはレインと同い年くらいの少女だった。薄青のロングヘアーに透き通った碧眼をした、街中で見れば誰もが振り返らずにはいられないような、そんな美貌をもった少女がそこに立っていたのだ。
「こ、これはフリューゲル様!?いえ、大したことではありません!」
「本当に?どうも揉めてるようにみえたのだけど?」
「滅相もありません!!ただこの少年がファスタリル教授に呼ばれたとの根も葉もない嘘を言い、学院に入ろうとしていたの瀬戸際で食い止めていたところであります!!」
「ファスタリル教授に……?」
口をはさむ間もなく事実無根なことを少女に話す兵士に、もういっそのこと逃げてしまおうかと思ったレインだったが、少女の碧眼がレインを捉えたことでそのタイミングを逸してしまう。
透き通った、まるで全てを見透かすような視線がレインを貫く。あらゆる戦場をかけたレインをして、その見透かすような視線に晒された経験はない。どこか居心地が悪くなる視線から思わず目を逸らしてしまうが、その様子に少女はおかしそうに微笑んだ。
「ねぇあなた。何かファスタリル教授から渡すように言われたものはないかしら?例えば手紙のような」
「え……、あっ!そういえば……」
少女に言われて思い出す。そう言えばシルフィから届いた手紙に同封されていた紙があったはず。背負っていた鞄からそれを引っ張り出し、レインがそれを探している間も訝し気な様子で見ていた兵士に渡すと、見る間に兵士の表情に変化が現れた。
「こ、これは、間違いなくファスタリル教授の推薦状!?魔術紋に魔刻印もほ、本物!?」
「どうやら彼への疑いは晴れたみたいね?」
「は、はい!!たい、大変申し訳ありませんでした!!すぐにご案内いたしますので少々お待ちください!!」
シルフィのサインした書類をみた兵士はまさしく血相を変えてどこかに連絡を取り始めた。あまりの豹変具合にレインはこの街に来てもう何度目かわからないほどに驚いたが、そこで少女の存在を思い出した。
「あの、ありがとう」
「いいえ、私は何もしてないわ。それにあなたも新入生なんでしょう?それなら親切にしておかないとね」
そう言って微笑む少女に、思わず見とれてしまう。またもこちらを見透かすように覗く碧眼に引き込まれそうになったところで、脳内でアイシャが怒っているような錯覚にとらわれ現実に一気に引き戻された。
「あら、残念」
「今、何かしたか?」
「したといえばしたかもしれないし、何もしてないと言えばしてないわ」
あくまで微笑みを崩すことなのない少女に対し、どこか言いしれないものを感じたレインだったが、その思考は相変わらず慌てたままの兵士の言葉で中断されることとなる。
「ご案内の用意が出来ました!!ただいまからファスタリル教授のもとへご案内いたします!!」
右手と右足が同時に出るという不可思議な歩き方をする兵士が、レインを促すように歩き始める。どこか後ろ髪を引かれる気もしたが、もともとの目的のためにレインもまた兵士のあとに続こうとした。
「シャーロット・フリューゲル」
「え……?」
「私の名前。これから学友になるんだから名乗っておくべきでしょう?」
「あぁ、そうか、そうだな。俺はレイン、レイン・ヒューエスト。今日は助かったフリューゲル」
「そんな、フリューゲルなんて余所余所しい。シャーロットでいいわ」
「いや、だが……」
「本人がいいと言ってるんだからいいのよ。ねぇ、レイン?」
そう言われ、またあの碧眼がこちらを見た。三度その眼に引き込まれそうになるが、今度は脳内のアイシャに頼ることなく踏みとどまる。
「そう、だな。シャーロット、今日は助かった。この礼はいずれ。その眼をつかわないことを条件に必ず果たそう」
それだけを言い残し、俺はその場にシャーロットを残し兵士の後を追ったのだった。
残されたシャーロットは少しだけ驚ろいた顔をし、だけどすぐにまた微笑みを浮かべ去っていったレインの後姿を眺める。
「あらあら、まさかこんなに早く看破されると思わなかったわ。しかも最後はきっちり防がれてたみたいだし。これは面白くなりそうね」
そう言うと、シャーロットもまた学院の中に悠然と歩いていったのだった。
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