第3話 魔術学院への招待
第3話~魔術学院への招待~
『久しぶり、レイン!元気してる?私の事忘れてないっ?レックス傭兵団のアイドルことシルフィだよ!!』
手紙の書きだしに、思わずレインは噴き出してまった。変わっていないかつての仲間に笑顔があふれ、レインは手紙の続きへと目を落とす。
『三年前、あの島でみんなと別れて以降、私はかねてからの夢のために努力したんだ。それはもう寝る間も惜しんで、少しだけお酒を飲んでは遊んで、ちょっとむかついたら上位魔術をぶっ放してまた頑張って。とにかくそんなことを繰り返す毎日だったんだよ』
傭兵団の中でも優秀な魔術師であったシルフィだが、その欠点は酒癖の悪いところだった。少し嫌なことがあると、違うな、とりあえず夜になると酒を飲んでは無闇やたらと魔術を打ちまくる。その流れ弾に何度被害を被ったかなど、もはや数えるのも億劫になるほどだ。
「変わってないんだな……」
欠点のはずなのに、それすらも思い出すと懐かしくなるなんて、どうやらこの三年で知らず知らずのうちに寂しさを募らせていたようだとレインは苦笑した。
『だけど一年前、私はついに夢を叶えることに成功したのです!!』
手紙越しにでも伝わってくるシルフィの喜び。満面の笑顔を浮かべるシルフィの顔が容易に想像できる。
『ハルバス神聖王国の中でも三大魔術学院と言われる、ルミエール魔術学院の教授職に就任したんだよ!どう?すごいでしょ!!』
シルフィの夢。それは魔術をもっとたくさんの人に広めたいというものだった。
この世界は魔術というものが中心に位置し、全ての人、いや、全ての者が大なり小なり魔術の恩恵を受けて暮らしている。しかし実際にちゃんとした魔術を行使できるものは一握りであり、多くの者は自分の才能にすら気づかずに人生を終えることがほとんどだ。
もし魔術を正しく学べていれば、失われずに済んだ命もあっただろう。
魔術は便利である反面、悪事や、それこそ魔導大戦のような戦争に用いられればその被害は計り知れないものになる。それを身を持って知っているシルフィだからこそ、魔術という者を使う者に正しく学んでほしかった。
だからこそ、その第一歩として魔術学院での教鞭をとる道を志したのだ。
手紙に書かれたルミエール魔術学院と言えば、ハルバス神聖王国第二の都市である、フォーサイトにある名門校だ。聞くにそこに入るにはただ魔術の才だけが条件であり、仮に貴族や、王族ですらどれだけの金を積んだとしても入学することは叶わない。
仮に入学が出来たとしても、そこから卒業するまでに大半の者がふるい落とされる。だが、もしもそこから卒業できたなら、その者は必ず成功が約束されると言われるほどの名門中の名門。そこの教授になったというのだから、いかにシルフィが努力したかなど想像に余りあるというものだろう。
夢を叶えたかつての仲間、姉のような存在に、俺は嬉しさで胸がいっぱいになった。
夢を叶えたことの報告。今度何か祝いの品でも送らないとと考えながら、レインは手紙の残りを読み進めるが、そこで気づく。どうやらここまでは導入のようなもので、ここからが本題だということに。
『そこでレインにお知らせ、というか招待かな?ルミエール魔術学院は十六歳から十八歳までの三年間が在学期間なんだけど、レイン、確か今年から十六だよね?というわけで教授の推薦枠を使ってレインをルミエール魔術学院へご招待―!!入学式は四月だから、それまでにフォーサイトに来てねー!!もう入学手続きは済ませてるから逃げることは許しません!それじゃ、レインに会えるのを楽しみにしてるね!そうだそうだ、一度フォーサイトについたら私のとこに顔出してくれるかな?いろいろと説明することもあるからねー。門番さんに同封した手紙を見せれば一発OKだからよろしく!』
読み終えると同時、封筒からもう一枚の用紙が覗いていることに気付き拾い上げてみれば、そこにはレインの身分をシルフィの権限で保証するという一文が。
「シルフィ……」
レインは手紙を机に放り投げ、こめかみを抑えた。
傭兵団で一緒にやっていた頃から破天荒なシルフィであったが、まさか魔術学院に放り込まれることになるとは思っていなかった。
「俺のことは知っているだろうに……」
そう深くため息をつくが、シルフィがそう決めた以上、弟分であるレインが逃げられないというのはもはや決定事項のようなもの。もちろん本気でレインが嫌であれば断ることも可能だが、シルフィは確かに破天荒な性格をしているが、本気で人が嫌がることはしない。つまり、レインは本心ではそれほどルミエール魔術学院への入学が嫌なわけではないのだ。
むしろかつての仲間からのお誘いに喜びすら感じているのだが、それでも心から喜べないのにはそれなりの訳があるからなのだが、シルフィがそれがわかっていないはずがない。となればもうレインには、フォーサイトに行く以外の選択肢は残されていないのだ。
「二か月後か。世話になった人たちに挨拶くらいはしないとな」
レインはリーツの街の人たちの顔を思い出し、ようやく馴染んできたこの街と別れることに、少し、寂しさを覚えるのだった。
◇
その日、リーツの街に衝撃が走った。
「ほんとに、ほんとにリーツの街を出て行っちゃうんですか?」
「あぁ、俺には過ぎた誘いなのはわかってるんだけどさ。やっぱり大切な仲間からの誘いだから、断るわけにはいかないんだよ」
シルフィからのルミエール魔術学院への誘い、というか半ば強制的な入学を勧告されたレインは、リーツの街でお世話になった人たちにそのことを伝えていたのだが、予想外の街の人たちからの惜しむ声に非常に動揺をしていた。
「で、でも、せっかくこの街にも馴染んできたのに……。ハンターランクだって、こうやって銀級のプレートがようやくできあがったのに……」
そう言ってアイシャが受け付けの上に置いてくれたのは、レインの名が彫られた銀色のプレート。ハンターには当然だが、ランクが存在し、駆け出しの白色、実力を身に着け一人前と認められた銅級、ハンターの中でもリーダー格となったものに与えられる銀級、全てのハンターの中でも一線を画した金級、その上に白銀級というのもあるのだが、世界を見ても数人しかいいない存在であるため例外中の例外だ。
この三年のハンター活動が認められ、レインも銀級に昇り詰めるまでになったがゆえの銀色のハンタープレート。レインはそれを受け取ると、アイシャに声をかける。
「何もずっとフォーサイトに行くわけじゃないんだ。卒業したら戻ってくるつもりだぞ?」
「え……?戻ってきてくれるんですか?」
「もちろん向こうで心変わりがないとは言わないけど、何もない俺を受け入れてくれたこの街が俺は好きだからさ。だから学院を卒業したら戻ってくるつもりでいるよ」
レインにとって、このリーツの街は自分を受け入れてくれた街だ。魔導大戦が終わり、他の傭兵団のみんなとは違い行く当てのなかったまだ年端もいかない自分を受け入れてくれた街。
最初は金もなく、街の中で住むことが出来なかったため、すでに住む人がいなくなった森の中の廃村で暮らしていたのだが、そんないかにも不審者な俺に対し、最初は訝しげにしていた人が多かったがそれでもレインに対し優しくしてくれる人もおり、今やこのリーツの街は第二の故郷といってもいいくらいだと思っている。
「だから俺が戻ってくるのを待っていてくれるか?」
「えっ!?あ、あの……!?」
「アイシャ?」
「ひゃ、ひゃい!!もち、もちろんでしゅ!!」
レインのその言葉にアイシャは盛大に噛んだ。普段ギルドの受付嬢として、どんなときでもはきはきとハンター達に応対するアイシャが今やしどろもどろの茹蛸状態だ。
ギルドにいる者達はその様子を非常に生暖かい目で見守っていた。無理もない。リーツの街のハンターギルドで誰もが認めるハンターであるレインとギルド職員として人気の高いアイシャの二人が、真昼間からアオハルかよっ!と誰もが叫びたくなるような雰囲気を作り出しているのだから。
ちなみにレインもアイシャもどちらも人気が高く、狙う輩は一定数いるのだが、誰もがみなこの雰囲気のもと血涙を流していたのは言うまでもない。あくまで生暖かい目で見守っているのはすでにパートナーのいる者か、あるいはそれなりに年のいった者達だけだ。それでも二人の間に割って入る者がいない当たり、すでに二人の仲は公認だったりするのだが、知らぬは当人ばかりなり。
「それじゃあ、また!!」
「ぜ、絶対帰ってきてくださいよ!私、待ってますからね!!」
「ああ、土産でも買ってくるから楽しみにしててくれ!!」
そんなこんなでギルドでの非常に甘いひと時もあったのだが、数日をかけてリーツの街の人たちに挨拶をして回ったレインは、王都を目指し出発したのだった。
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