第三話 元・《魔王》様、友達一〇〇人作るべく学園へ

 一週間後。俺とイリーナは親への別れのあいさつを済ませ、馬車へと乗りんだ。

 そして数日の旅路を経て、俺達は王都・ディサイアスにとうちやくした。

 王都の様相は、やはり古代世界とは大きく異なっている。

 まず、かべや門が存在しない。前世の時代では都市=じようかく都市という認識であったのだが、この時代はちがうらしい。まぁ、この国がとくしゆなだけかもしれんが。

 きよだいな都市が平野のただなかにドンと配置されていて、それを守るための門や壁がない、という有様は、俺にとって非常にしんせんなものであった。そんな王都ディサイアスの入り口にある馬車降り場で、かごから降りてぎよしやに礼を述べた後、俺達は王都の景観をながめた。

「ほう……これはこれは、見事なものですね」

 まるで異世界に来たような気分だった。王都の景観は、村のそれとはまるで別物だ。

 俺もよく知る石造りやレンガ造りの建造物もチラホラ見られるが、しかし、そのほとんどがどういった素材で、どのような建築技術で成り立っているものなのか見当が付かない。あの雲をつらぬかんとする巨大な建物など、古代世界では想像もつかぬものだ。

 こういうのが、転生のだいというやつなのだろうな。

 さりとて、いつまでもこの光景に見とれているわけにもいかない。

 これからくだんほう学園の長に挨拶をしにいく予定である。まさかそれをすっぽかすわけにもいかないので、俺達はとなり並んで歩き出した。

 活気あふれる大通りを行く。左右には道をはさみ込むように多種多様な建造物が並び、いしだたみそうされた道を、人々が陽光を浴びながらみしめる。

 学園までの道のりは、へいおんそのものであった。

 ……ろう共のた視線が、イリーナちゃんにさり続けていることを除けば。

「なんだあの子、すげぇ可愛い……声かけてみようかな?」

「やめとけよ、学園の制服着てるってこたぁ、お貴族様かごうかのどっちかだぜ」

「まさにたかはなってやつだよなぁ」

 野郎共がヒソヒソと話す通り、イリーナと俺は学園の制服を着用している。

 まだ入学したわけではないが、内定者ということで学園側から送られてきたのだ。

 男子用のそれは特筆する点がどこにもない。ただ、女子用のそれは……

 しゆつが、高いのである。

 ゆえにイリーナちゃんの健康的な太ももや、形の良いきよにゆうだいたんに露出しており、彼女の最高に愛らしい外見も相まって、一〇人中一二人が視線を送りつけてくるというわけだ。

「ふふん! みな、あたしに夢中って感じね!」

「えぇ。イリーナさんの美貌にり向かぬ方が無理というものでしょう」

 表向き穏やかに返してはいるが、内面でははらわたえくりかえりそうだった。

 ウチのむすめれつじようよくを向けるなど、万死に値する重罪である。

 こうなればこちらもはんとなり、イリーナに向けられた視線をどくせんしてやろうか。

 半ば本気でそう思った矢先。

「るっせぇな! たかだかねこブッ殺しただけだろうが!」

 けんのんな声に、俺とイリーナは同時に足を止めた。

 何やらめんどう事のにおいを感じ取りながら、声の方へと目を向ける。

 大通りのすみ、建物のへきめんに、ガラの悪いオークの男達と……

 彼等に囲まれた、一人の美しい少女の姿があった。

 年の頃は一八かそこら、だろうか。たけはイリーナよりは低い。

 これといった身体的とくちようふんもないので、人種は俺と同様ヒューマンか。

 目を引くのは、やはりその容姿と格好。彼女の顔立ちはまるで人形のようにせいで、欠点がどこにもない。長くれいなプラチナブロンドのかみが、その容姿に神々しさを加えている。

「……キミ達は、そのたかがねこよりもよっぽど無価値な存在だと思うけどね」

「あぁッ!? んだと、コラァッ!」

 殺気立つオーク達。……これはもう、話し合いで解決できる空気ではないな。

「助けなきゃっ!」

 前に出ようとしたイリーナを、俺は手で制した。

「お待ちなさい、イリーナさん。貴女あなたはこの場で静観なさい。ここは私が出ます」

 この子は俺の友人にして教え子である。ゆえにせんとうの心得がある。とはいえ優れたがんきよう性をほこるオークを複数相手どって、スマートな決着を付けられるほどのレベルではない。

 よって、ここはしよう、元・《おう》、現・村人の俺が出張ることにした。

 イリーナを納得させると、俺は集団のもとへ向かい──

 手近なオーク男一人の後頭部にこぶしたたき込み、一発でこんとうへと追い込んだ。

 不意打ちに対し、相手集団は全員、頭が真っ白になったような顔をする。

 そうしたすきいて、さらに手近な者達へげきを加えていく。

 あごしようかんへと前り。二発の打撃で二人をたおす。残りは立ち並んだ三人。

「なんだ、テメェはッ!」

 げきこうした様子で、彼等はこちらへ接近しようと体に力を入れるが……

 それよりも早く、こちらが踏み込んでいた。いつしゆんで間合いをめる。そうして立ち並んだ三人の頭部へと次々に打撃を叩き込み、全員を地面に転がした。

「ご無礼」短い一言を彼等に放った後、俺は少女を見やり、声をかける。

「おはありませんか? お嬢さんレデイ

 少女は目をぱちくりさせた後。

「あぁ。キミのおかげで、ね。先刻の戦いり、実に見事だったよ」

 ニッコリ微笑ほほえむ少女。その横に、いつの間にかイリーナが立っていて。

「そうでしょ! すごいでしょ! アードはあたしのお友達なんだからっ!」

 俺がめられたことを我がことのように喜ぶイリーナちゃん。その姿はマジ天使。

「うん、本当に素晴らしいよ。少年、キミがさっき見せたの魔法、アレは本当に大したものだった。相手方をぎ倒すさまを見て、思わずかんせいを──」

おそれながら。私は先ほどのやり取りで魔法の類いを一切使っておりません」

「えっ? ……いやいや、冗談だろ? キミ、ヒューマンだよね? ヒューマンがオークを素手で倒すなんて、そんなの不可能だよ」

 信じられない、という顔をする少女に、俺は微笑しつつ首を横に振った。

「力の込め方、打撃を加える場所とタイミング。それらを工夫すれば造作もございません」

「い、いや、でも。さっきの踏み込みなんかは、ヒューマンの限界を超えてるようにしか」

「それもまた、工夫にございます。地面に転がっているこちらの方々は魔法の心得を持たぬ素人と見受けました。そうした手合いに魔法の行使はやや大げさと考えましたので、今回は無手ののみで対応させていただきました」

「へぇ……」

 少女のひとみが、スゥッと細くなる。しゆんかん──

 ゾクリと、寒気が走った。

 なぜ? この相手にそうした感覚を味わう要因はないはずだが。

 疑問に思っていると、少女は俺の背中をバシバシ叩きながら、

「ハハッ、キミは実に凄いやつだな。気に入ったよ!」

 それから、彼女は別の話題を切り出した。

「ところでキミ達、その制服を着ているということは、魔法学園の生徒かい?」

「いえ、まだ入学前の身です。こちらのイリーナさんも同様、ですね」

「ふむ。あぁ、そういえば。今年は二人、合格内定者がいると聞いたのだけど、キミ達のことだったのか。なるほど、キミ達であればなんの文句も出ないな」

「……貴女は学園の関係者、ですか?」

「その通りさ。今年から講師になったんだ。それも、史上最年少のね」

 どんなもんだいとばかりに得意顔となりながら、大きな胸を張る。

 それから少女は自己しようかいをしてきた。

「ボクはジェシカ。ジェシカ・フォン・ヴェルグ・ラ・メルディース・ド・レインズワース。こうしやく家の三女だけれど、かたひじらずに接してほしいな」

 ニコニコと明るい笑みをかべながら、積極的にあくしゆを求めてくる。

 そんな彼女に応えながら、俺達も自己紹介。

「アードくんに、イリーナくん、だね。ボクも学園に用事があるから、いつしよに行こうか」

 俺達は並んで目的地へとおもむき、学園の門をくぐって校庭へと入った。

 ラーヴィル国立魔法学園は国内最大にしてさいせんたんの学び舎である。そのしき面積は外見から想像できる以上に広々としており……俺とイリーナは校舎の巨大さや校庭の広さにあつとうされた。そんな俺達に、ジェシカがクスリと笑う。

「ま、三日もすりゃ慣れちゃうだろうさ。……ボクは職員室に用があるから、ここでお別れだね。次は生徒と講師として会おう」

 じゃあね、と明るく言葉をつむいで、彼女は手を振りながら去って行った。


 ジェシカと別れた後、俺達は校庭にいる生徒達を何人かつかまえ、学園長室の場所を聞きつつ歩く。そうした生徒達がまとう制服には、二種のバリエーションがあった。

 デザインの違いは身分の違いを表しているとのこと。こうした区別があるところを見ると、貴族と平民にはまだまだかくぜつ的な身分差というものがありそうだな。

 そんなことを考えつつ、イリーナと共に学園内を歩き回り、ようやっと学園長室に到着。

 ドアの前でノックをして、入室する。

「おうおう、よう来た、よう来た」

 こうこう然とした調子でむかえ入れてくれたこの男が、当学園の長。名をゴルドと言う。

 広々とした一室の中央、しつ机を前にする彼はすでに一〇〇近いろうれいとのことだが、その外見はねんれいを感じさせぬほどの活気に溢れている。

 貴族としてのしやくはくしやくであり、《どう》としての格は《第六格ヘキサゴン》。これは最高位の一つ下であり、国内でもここに格付けされる者は一〇に満たぬという。

 前世での俺ならばまだしも、今はただの村人でしかない俺ではまずたどり着けぬ境地だ。

 そんなゴルド伯爵の横にはみようれいの女性が立っていた。おそらくは秘書か何かであろう。

 彼女は先程からずっと押しだまり、こちらへするどい視線を送っていたのだが。

「……流石さすが、あの三人の子供達といったところでしょうか。両者共に規格外、ですね」

 こんなことをポツリとつぶやいた。この女、人を見る目がないな。俺達のどこが規格外──

「左様。どちらもすさまじい。話に聞いた以上に出来そうだわい」

 ……どうやら、伯爵の方もしんがんのレベルは低いらしい。

 ただの村人とぼんじん以下な貴族の娘を捕まえて規格外とはこれいかに。

「君達の武勇伝はよく耳にしておるよ。ゆえに実技試験はめんじよとする。問答無用で満点じゃ。特にアード君。君と試験官を相対させたなら、下手をすると試験官が死んでしまうやもしれぬ。いやはや、まっことおそろしい才能じゃわい」

 あからさまなリップサービスだな。まぁ、仕方がない。我が両親は歴史に名を残すほどの大えいゆうであるからして、その子供をあつかうことはできんということだろう。

「しかしのう。すまぬが筆記だけは受けておくれ。君等にとっては簡単な問題集だとは思うが……それすら解けぬようでは、さすがに入学は認められん」

 ふむ。筆記はいつぱん教養を試すものなんだろうな。確かに、教養のない人間を学園に入れるわけにはいかんだろう。だから、俺達は素直にうなずいた。

「うむ。……少々早いが、言っておこうかの。ようこそ、我がラーヴィルほう学園へ。君達を迎えられることを、ワシは誇りに思うよ」

 なんとも大げさな言い草だな。俺もイリーナも、つうかそれ以下だというのに。


 それから数日後。俺達は学園内の一室にて、他の受験生達と共に筆記試験を受けていた。

 ……おかしい。これは、おかしいぞ。いくらなんでも簡単すぎる。多分、これは引っかけ問題というやつだろう。問題の裏の裏まで読み取って解答を導き出せと、そういうことにちがいない。さもなくば、こんな三歳児でも答えられるような問題を出すわけがないのだ。

 さすがは、万能な人材を育成すべく国家の誕生と共に創設された、ちよういちりゆう校。

 タフな問題を出してくれるじゃないか。実に面白い。


 試験を終えた翌日の朝。俺はイリーナと共に学園の前へとやってきていた。

 合否発表は学園の門前にあるけいばんけいさいされる。そこには俺達以外にも多くの受験生が立ち並んでいて、おのおの泣いたり笑ったりなど、お受験にありがちな光景を作っていた。

「ま! あたし達が落ちるわけないわよねっ! むしろワン・ツーフィニッシュよっ!」

 自信満々といった調子で大きな胸を張りながら突き進んでいくイリーナ。

 彼女と共に受験生の集団へと近づき、掲示板を見る。

 合否確認はすぐに終わった。何せ俺達の名は一番上に記載されていたのだから。

 イリーナの筆記テストは満点合格。かしこい。ウチのイリーナちゃん賢い。

 一方、俺の方はというと……

「ね、ねぇ、アード。なんか、おかしくない?」

「そ、そうですね。ちょっと、意味がわかりません」

 こんわくの言葉を口にする。それも当然のことだろう。

 俺の筆記テストの点数は──


〝〇点〟であった。

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