第四話 元・《魔王》様、ヤバい奴と再会する

 ……何度見直しても、俺の筆記試験の点数は〇のままであった。

 にもかかわらず、俺は主席合格の扱いになっている。

 これはどういうことだ? ていうか、〇点のとなりに(一〇〇億満点)とかいう、子供じみた数字が並んでいるのだが、これもどういうことなんだ?

 わけもわからず、イリーナ共々首をかしげていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「やぁやぁキミ達。合格おめでとう!」

 悲喜こもごもな受験生の集団の中に、プラチナブロンドのはつとくちよう的な少女、ジェシカが立っていた。彼女はニコニコと笑いながら、こちらに手招きをして、

「ついてきなよ。学園長が今回の結果について説明してくれるようだから、さ」

 ジェシカに付き従いながら移動し、学園長室に入った、その瞬間。

「アード君! 君は天才だ! いや、天才どころのさわぎではないっ! もはやかいぶつ、いや、それすらまだぬるいっ! 神! そう、君は神だっ!」

 入室した矢先、ゴルド伯爵がしようさんの言葉を飛ばした。

「……申し訳ありません、学園長。おっしゃることの意図がつかめかねます」

「あ、あぁ。うむ。すまんな、年なく興奮してしもうて」

 ずかしそうに頭をきながら、ゴルドは言った。

「アード君。君の筆記試験の点数について、じゃが」

「えぇ。〇点、ですよね? 率直に申し上げますと、予想外の結果なのですが」

「ふむ……ちょっと聞いておきたいのじゃが、何を思ってあのような解答を?」

「問題があまりにも簡単すぎましたので、引っかけ問題か何かかと」

「簡単すぎる、か。一応、我が校の筆記は世界的にも最難関と言われているんじゃがのう」

 苦笑するゴルドに、俺は首を傾げた。最難関? あんな三歳児でも解けそうなものが?

「まぁ、ともあれ。君の解答は全てちがっておった。全て……本来の解答よりも、遥か先にある答えじゃった」

 ゴルドのひとみが、再びかがやき出す。

「いったい何をどうすればあのような発想が出てくるのかね!? とくしゆほうじん構築時におけるりよくぞうふく回路の改良案など、だれも思いつかんようなアイディアじゃぞ! 魔法術式改変のアイディアに至ってはまさに神の領域じゃっ! その他もろもろ、ワシがあと数百年生きたとしても、とんと出てこんような内容ばかりじゃった!」

 そして、ゴルドは興奮したまま結論づけた。

「君の解答はテストとして見れば〇点じゃが、魔法学の論文として見れば満点どころではない! これを学会に発表すれば世界にげきしんが走る! そんな歴史的な内容ばかりじゃ! ゆえにアード君、君はぶっちぎりの主席合格とするっ! というかもう、きようべんをとってくれっ! 生徒だけでなく教師じんも導いてくれっ!」

 俺の両手をにぎり、なみだになりながらこんがんしてくる。……なぜ、こんなことを言われるんだ? 俺は極めてへいぼんな、普通の村人のはず、なのだが。……しかし、まぁ。

「ふっふ~ん! そうよ! アードはすごいのっ! だってあたしのお友達で、先生なんだからっ! この世界にアードより凄い人なんかどこにもいないわっ!」

 うれしそうに微笑ほほえむイリーナ。この表情の前に、さいな疑念はっ飛んでしまう。

 イリーナちゃん、マジ可愛い。


 合格が決まってからすぐ、学生りようへの移転がかんりよう。その翌日、俺達は入学式に参加した。

 俺は主席合格者だが、入学式にてあいさつなどはしなくてよいとのこと。

 これはありがたいことだった。出るくいは打たれるもの。目立っていいことなど何もない。

 をすると、前世みたくイジメられかねんしな。

 しかし、イリーナにはそれが気に入らなかったらしい。

「なんでアードがだんじように立たないのよ……! カッコいい晴れ姿が見たかったのに……!」

 さっきから俺の隣でぶつくさと呟いている。

 ともあれ、入学式に集中した。美人な生徒会長の挨拶だとか、四大こうしやく家の長達による答辞だとか……正直言って、つまらなかった。イリーナなど船をぎ始めている。

 そして入学式の最後。学園長・ゴルド伯爵のスピーチが始まった。

「さて、新入生諸君。君達は極めて厳しい試験をとつした、まさしく選ばれし者であるが……しかし、我々からしてみればひよっこも同然である。増長せず、常に精進せよ」

 うむ。ゴルドの言うとおり、俺達はひよっこもいいところだ。ゆえに、ここはゴールではなく通過点。ちゃんと気を引きめて、けんきよな気持ちで学ば──

「しかしながら。今年の新入生には、ひよっこにが一頭、神が一柱混ざっておる。彼等については例外である。まったく、諸君等は極めて運がいい。歴史を変えるであろう天才達を、間近で見続けることができるのだから」

 ……は? ちょっと待て。どうした学園長? なぜこちらを見る?

「ふふんっ! 学園長もいきなことをしてくれるじゃないのっ!」

 いや、イリーナちゃん? なぜテンションを上げて──

「行くわよ、アードっ! あたし達のたいへっ!」

「はぁっ!?」引っ張られる。イリーナに引っ張られ、俺は無理やり壇上に立たされた。

 ゴルドはそんな俺のかたに手を置いて、

「この少年の名は、アード・メテオール! そしてこの少女の名は、イリーナ・リッツ・ド・オールハイド! これだけでも理解できるだろう!? 諸君!」

 ゴルドの問いかけに、場がざわついた。

「メテオール?」「オールハイド?」「おい、まさか……」「う、うそだろ?」

「そうっ! この二人は何をかくそう、かの大英雄達のご子息であるっ!」

 解答をあたえるようにさけぶゴルド。そのしゆんかん

「マ、マジかよっ!?」

「あの大どう様の子供っ!?」

「ま、まさか、大英雄のご一族と共に学べる日が来るだなんて……!」

 我が両親はずいぶんと尊敬されているらしい。かんふるえる者、涙を流す者、果てには感動しすぎたのか失神した者までいる。……だが、それは平民に限っての話。

 貴族の子供達は、多くがマイナスの反応を見せた。

「大魔導士といえども、しよせんは平民だろうが」

せんな血を引く者の分際で、我々を見下ろすとは……!」

 これは、非常にい。

 今の俺は単なる村人であるからして、前世みたくいじめを受けたならどうにもできない。

 退学後のお礼参りだって、できはしないのだ。

 そして今。あまりにも悪目立ちしまくっている俺は、一部の生徒達に着々と敵視されていることだろう。このままでは転生した意味がなくなってしまう。

 危機感を覚えた俺は、ゴルドに対し声をかけたのだが。

「あ、あの、はくしやく様。も、もうおやめに──」

「彼は諸君等とちがい、本物の天才である! アード君に比べれば諸君等なんかアレだ! はなくそみたいなものだ! みな、彼を目標にして日々精進するといい!」

 こんなことを言いくさったもんだから。

「レイルせんぱいれんらく取ろうぜ。天才りだ、天才狩り」

「いや、マーちゃんの方がよくね?」

「なんにせよ、あいつはつぶすリストに入ったな」

 終わった。俺の学園生活、入学式と同時に終わった。

 ゴルドが引き起こした大争乱の中、俺は心の底から思う。

 どうしてこうなった?


 入学式しゆうりよう、クラス分けが発表される。俺とイリーナは同じクラスになった。

 それから講師の引率を受け、教室へと足を運び、担当講師がとうちやくするのを待つ。

 ……大勢の生徒達に、囲まれながら。

 イリーナの周りは男子が、俺の周りは女子が固めていて、歯のくようなお世辞を述べてくる。これにイリーナは白銀色のかみを「ふぁさっ」と搔き上げながら、

「ふふんっ! まぁ、あたしはあたしだからねっ! 当然よっ!」

 その一方で、俺はといえば。

「アード君っ! わ、わたしクレラって言うの!」

「なにけしてんのよっ! アード君、こいつのことは無視していいからねっ!」

けつこんを前提に付き合ってくださああああああああああいっ!」

「あぁっ! 先されたっ!」

「……は、はは」

 初めてのじようきように、こんわくしている。

 前世で学園に入った時はこんなふうにならなかった。教室のすみっこにいるアレとか、なんかうすやつとか、そういうふうに呼ばれ、後ろ指を差され続けていた。

 それが今はどうだ。世にはんらんする青春小説の主人公のようではないか。

 ……これはおそらく、かたきが要因であろう。

 前世で学園に入学した際は、なんの肩書きも持ってはいなかった。されど、今は大魔導士の息子という肩書きがある。それに人々が群がっている形だろう。

 なんにせよ、嬉しいことだ。おそおののくわけでなく、見下すわけでなく、一人の生徒として、多くの人々が向き合ってくれている。それは本当に嬉しいことだ。……とはいえ。

「チッ。調子こいてんじゃねぇぞ、平民が」

「死ねばいいのに。マジでウゼぇわ」

 少しはなれた場所でヒソヒソと話しむ連中を見るに、嬉しいだけの状況ではないらしい。

 それもこれも学園長がげんきようである。奴がさんざんちようはつ的なことを言いやがったものだから、特に男子からはかなりきらわれてしまった。

 今後、いじめなどにどうやって対応すればいいのだろう。考えれば考えるほど胃が痛くなる。これほどの苦境は、前世にて神々の軍団に追いめられたとき以来だ……!

 これはどうしたものかと本気でなやんだ、そのときだった。

「……ぃ……だなぁ……」

「っ……」

 生徒達が生み出すけんそうの中、どうにも不快な音色が聞こえてきた。

 まるで、一人の男子が何者かをとうしているような。

 音が飛んできたとおぼしき場所を見やる。そこには短いオレンジの髪をオールバックにしたちゆうるい顔の男子と……ももかみの女子がいた。

 制服のデザインからして、両者共貴族の子供か。男子の方はエルフだな。随分ときようぼうな顔立ちでエルフらしくないが、イリーナと同様、とがった耳を持っている。

 女子の方は……特別な身体的とくちようはないが、不可思議な引力を感じる。

 肩までびたあざやかなももいろの髪。白磁のような白いはだ。大人びたぼう

 そして、しゆつの高い制服からのぞく形のいいきよにゆうと、ムッチリしたふともも

 そうした彼女の肉体を見ていると……じようよくほのおが勝手に芽生えてくる。

 ふむ。彼女はおそらく、サキュバスであろう。極めて希少な人種だ。

 そんなサキュバスの女子に、エルフの男子が暴言をぶつけていた。

「無能女でも学園に入学できるたぁ、おどろいたぜ。学園長に体でも売ったのかぁ?」

「そ、そんなこと、してません……」

 ニヤニヤと笑いながらこうげきする男子と、涙目になる女子。胸くその悪い光景であった。

「……皆さん。あのお二人のこと、ご存じですか?」

「えっ? う、うん。男子の方はエラルドね。かなりの有名人よ。名門公爵家、バークスの天才児、だからね。それで……もう片方はジニーね。こっちは逆に才能がないってことで有名。生まれは結構な名門伯爵家なんだけどねぇ」

「彼女の家はエラルド君の家に仕えてる身分で……昔っからあぁしていじめてるみたいよ」

「ほう。それはそれは……のがせませんね」

 眼光をするどくする。ここで動けばまたもや悪目立ちするのだろうが、それがどうした。

 どうせ俺がいじめられることは確定しているのだ。それならばもはやこわいものはない。

 ゆえに奴のこうをやめさせるべく、声を放とうとしたのだが──そうするよりも前に。

「やめなさいよ、あんたっ! その子、いやがってんじゃないのっ!」

 イリーナが決然としたせいを放った。……流石さすが、我が友人である。

 エラルドがそんなイリーナに目をやった後。俺もまた奴に近寄り、声を投げた。

「我が友人のおっしゃる通り。貴方あなたはそちらのジニーさんに謝罪すべきですよ」

 対し、エラルドは舌打ちを一発かまし、

えいゆうだんしやくのアホむすめに、大魔導士のバカ息子か。やれやれ、随分と調子に乗ってやがるみてぇだな、親の七光りの分際で」

「七光りかいなかなど、どうでもよろしい。そつこくジニーさんに謝罪してください。そして、彼女を二度と苦しめないとちか──」

「うっせぇんだよ、バァーカ」

 俺の足下につばくエラルド。この態度に、生徒達がそうぜんとなる。

「流石はエラルドだぜ、もっとやれ」

「大魔導士様のご子息にあの態度……神童に怖いものはなし、か」

 かれの声を聞き流しながら、俺は告げる。

「どうしても、こちらの願いを聞き入れてはくれない、と?」

「そうだなぁ。ま、オレとけつとうして勝ったら、聞いてやらなくもねぇよ? お前等にそんな勇気があればの話だがなぁ?」

 この言葉に、イリーナが真っ先に反応……しなかった。

 意外なことに、彼女はくやしそうな顔をしてエラルドをにらむのみだった。

「どうされました? イリーナさん。貴女あなたのことですから、売られたけんはすぐさま買うものと思っておりましたが」

「あいつは、その……に手が出せないのよ……数百年に一人の天才とか、神の子とか呼ばれてて……あたし達と同い年なのに、もう《第四格スクウエア》の《魔導士》で、だから……」

 ふむ。イリーナでさえきように負けてしまうほどの力量なのか、こいつは。

 それならば──と、思った矢先のことだった。

「おい。なんのさわぎだ」

 りんぜんとした女の声がひびわたり、クラス中にきんちようかんが走った。それを発したのは、教室の出入り口前に立つ女。種族はじゆうじんか。頭部にねこのような耳と、でんから長いが伸びる。

 そのしつこくの髪はこしもとまで伸びており、肌はとうめいかんある純白。

 たけは俺と同程度。女性にしては高身長の部類だ。

 ツンとすましたような美貌は見る者をいやおうなしにりようするほど美しい。

 身にまとう衣服は動きやすさを重視しているのか、布面積が小さく……なまめかしい、やわらかそうな太腿がだいたんしゆつしている様が、非常にせんじよう的であった。

 ……いや、待て。ちょっと待て。な、なぜ、奴がここにいる?

 他人のそら似でなければ、あの女は──

「オ、オリヴィア様っ!?」

「えっ!? あ、あの伝説の使徒様……!?」

「学園の特別講師をやってらっしゃるとは聞いていたが……ま、まさか、入学初日にご尊顔を拝見できるとは……!」

 そ、そう。かつての我がみぎうでにして、武官の頂点たる四天王が一人。

 オリヴィア・ヴェル・ヴァイン、その人である……!

 ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。なぜ、あいつがこんなところにいるのだ?

 四天王という経歴からして、てっきりどこぞの国のじゆうちんにでもなっているかと──

「チッ。担当クラスで初日そうそうにめ事か。まったく、めんどうなことだ」

 なん、だと……!? ま、い。こ、ここ、これは不味い。

 奴は俺の転生に腹を立てているだろう。無責任に王としての職務をほうした俺を、決して許さんだろう。そんなオリヴィアが俺の正体を知ったなら……そ、想像もしたくない。

 だというのに、これから担任になる? じようだんはよしてくれ。そんなことになったら、正体バレのリスクが高まってしまうじゃないか。……いや、そもそも。

「……この騒ぎは、貴様の仕業か。大どうの息子」

 もうすでに、悪目立ちした結果、目を付けられている。

 し、しかし、まだだいじようだ。当然ながら、奴は俺の正体にまだ気付いてはいない。

 ここはしっかりと、アード・メテオールを演じなければ。

「オ、オリヴィア様。本日もごげんうるわしゅう……」

「本日? 貴様とは初対面のはずだが?」

 し、しまった! ど、どうようしすぎて、つい旧知の仲らしくしやべってしまった!

「……フン。まぁいい。それで、何があったのだ。説明しろ」

 黒い猫耳をピクピクさせるオリヴィアに、おっかなびっくり事情を説明した。すると、

「決闘を許可する。さっさとれ。一限の授業が始まる前に済ませろ」

「い、いや、まだ私はやると決めたわけでは──」

「やかましい。だまってれ。わたしに貴様の力量を見せてみろ」

 黒いしつらしながら言葉をつむぐオリヴィア。たん、生徒達が再び騒然となる。

「お、おい、今のって……!」

「オ、オリヴィア様が品定めを……!」

すごい! さすが大魔導士様のご子息! あのオリヴィア様に興味を持たれるなんて!」

 皆がせんぼうの眼差しで見てくるのだが……

 きみ、知らんだろ。あれな、人を疑う時の目なんだよ。奴めはだれかを疑うとき、いつもあんなふうにジトっとした目でにらんできて、猫耳と尻尾をピクピクさせるのだ。

 ……決闘で下手こいたら、俺=《おう》ということがバレかねない。

 神の子と決闘することよりも、そのことのほうが、俺にとっては問題だった。

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