第15話

くそぅ。話題がないぞ。ええい、何でも良いわ。

「ええと、僕の前の席の女子ってなんていうんですかね?」

「あァ?あー、今日、俺の授業で助けて貰ってたよなぁ」

バレてたのか……。とほほ。こう見えて安岡先生は千里眼だ。

「そ、そうなんですよ。」

「もう6月だっていうのにまだクラスメイトの名前、覚えてないのか?」

「そ、そうなんですよ。」

実際半分以上は分からない。特に女子は。

「早めに席替えがあったし無理もねぇか。」

「そ、そうなんですよ。」

「ううん。そこら辺は学級役員お前らに任せてるんだから、俺に文句言われても困るぜ。」

先生はそっぽを向いてボソボソと呟く。ここまでの会話の間に僕は、ごく自然に極めて違和感なく任務を遂行していた。掲示板に左肩をついて寄りかかり、例の広告が腰の位置に隠れる場所に移動した。こうなれば、画鋲を外すのは諦めて、引き千切ってしまおう。掲示板の表面をまさぐると、指先が紙の端を捉えた。左腕が不自然な角度に曲がる。

「それでぇ、礼でも言いたいのか?」

先生の粘ったらしい声が僕の集中力を奪う。A4紙が僕の手を逃れ、画鋲を支えにしてぶらりと垂れ下がった。くぅぅっ。

「ソ、ソウなんですヨ。」

安岡先生がまたぞろ質問を重ねるが、僕は意識の外に追いやる。目は先生から離さず、口元には笑みを浮かべたまま、はっしと掴んだザラ紙をやおら引き千切った。指先に滲んだ汗のおかげで寧ろ滑らなかった。ふぅ、成功だ。そっと拳の中に握り込む。

「ソーナンデスヨ。」

安堵に包まれながら、適当な回答を続ける。

と。先生の様子が変わった。



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